端末が着信を知らせるよりも一瞬早く、悪夢から醒めた。
痛む頭を押さえながら、メール画面を開き、表示されたメッセージの内容に溜息を吐く。
(・・・・・・そう・・・やっぱり間に合わない、か・・・・・・)
机の上に広げられた膨大な紙の山を押しのけて、パネルに触れる。
パソコンが、眠りに落ちる前の画面を再度表示する。そのデータが転送されるのを待つ間に、部屋のカーテンを開けた。
差し込んだ朝日に、ズキリと頭痛がした。
一瞬顔を顰めてから、軽く首を左右に動かすと、ゴキリと音が鳴った。
もう一度溜息を吐いてから、一晩中座っていた椅子に再び腰を下ろして、パソコンの中に残っているデータを削除する。
全ての作業が終了したことを確認して、椅子に埋もれるように体を沈めた。
(・・・・・・早く戻りたかったんだけど、な・・・・・・)
それならそれで、今の自分に出来る最高の仕事をするしかない。机の上に広げられたままの資料を手に取って目を通す。
が、何枚も進まぬうちに、机の上に放り投げた。
「〜〜〜〜〜あぁ、もう・・・そんなに凹まないでよ・・・・・・」
髪をかき上げ溜息を吐いて、端末を引き寄せる。
唇を尖らせて、メッセージを打ち込む。
「〜〜〜〜〜〜あぁぁぁ、何やってんだぁ・・・・・・」
しばらくそうしていたが、溜息を吐きながら机に突っ伏した。
「・・・・・・何、やってんだろ・・・」
そのままの姿勢で、打ち込んだメッセージを削除する。
白紙に戻った画面を見つめて、もう一度溜息を吐いて、ゆっくりと体を起こした。
再び端末に、しかし今度は短くメッセージを入れ、転送する。
転送完了の表示が出る前に端末を閉じて、は再び広げられた資料の山へと視線を向けた。
「ガンダム、各機収容を完了しました」
「全GNドライブ、トレミーとの接続作業開始です」
ラッセは操縦席から背後を振り返って、確認した。
「宙に上がる?」
ラッセの問いに、スメラギは頷いた。
「あたしの予測だと、12時間以内に敵が包囲網を敷いてくる。逃げられないわ」
「そうか・・・・・・」
肩を落とすラッセに、スメラギは息を吐き出して、口を開いた。
「あたしは出立前に伝えたわよ、に。こうなることはも想定していたはず」
「・・・そうなのか?」
ラッセが顔を上げた。
「ええ。には、簡単には合流出来ない可能性が高い、と」
「・・・そうか・・・」
「合流せずに宙に上がることも、に連絡したわ」
「そうか・・・・・・」
肩を落として前を向いたラッセに、スメラギは理由を付け加えた。
「それに、ラグランジュ3に行けば、ガンダムの補修とサポートメカの受け取りも出来る」
「分かった」
ラッセには悪いが、今はを合流させることよりも、包囲網が敷かれる前に宙へ脱出することが最優先だ。
心の中で溜息を吐きながら、ラッセがの合流よりも、宙へ上がることを了解してくれたことに正直安堵した。
「 スメラギさん」
「どうしたの、フェルト?」
「さんから、暗号通信です」
「何ですって?」
「からか!!?」
スメラギとラッセ、双方から大声で問い返されて、フェルトが慌てて頷く。
「何だって?!」
生き生きとした顔のラッセに促されて、フェルトはモニターに目を走らせた。
「えっと・・・読み上げますか?」
「ああ!」
「・・・お願い」
「分かりました・・・『無事大気圏離脱を祈る。こちらは合流可能時の連絡を待つ』・・・それと、スメラギさん宛に添付ファイルがあります。どうしますか?」
モニターから顔を上げたフェルトが、スメラギを振り返った。
「そうね、こっちにまわして頂戴」
「分かりました」
フェルトがパネルを操作する。
受け取ったデータを開こうとして、まだラッセが見ていることに気付いた。
「・・・・・から、他には?」
「いえ、以上です・・・他にはありません」
「・・・・・・そうか・・・・・・」
再び、がっくりと肩を落としたラッセが、溜息を吐いた。
前を向いて操縦桿を握るが、その背中から落胆を読み取れる。
(・・・何を期待してたんだか・・・これだから男って情けないったら・・・・・・!!?)
から送られてきたデータを開いて、スメラギは唇を歪めた。
「凄いわ・・・さすが女王・・・・・・・・・」
まず、アロウズの兵器データが目に止まった。
MS、MAから空母や軍艦まで、アロウズの所持する兵器の、当然機密扱いとなっているような詳細な内容 最後に注意書きまであり、この他にもアロウズが新型のMSやMA、それから宇宙でも何か兵器を開発中、詳細なデータが入り次第報告する、ともある。
短時間でここまで調べられる、の能力に、素直に感嘆の念が浮かぶ。
次のデータには人名が列挙されていた。
アロウズの司令官、幹部、主だった兵士、それからアロウズへの出資者、そういった者の名前が並んでいる。アロウズの黒幕らしき人物については名前だけで、正体まではさすがに調べ切れなかったのか記述はない。
それでもさすがとしか言いようがない。
そのデータの中、チェックの入った名前があることに気がついた。
(!!? ・・・・・・・・・・・・そんな・・・アロウズに・・・・・・?)
見知った名前だった。
アロウズ所属の大佐、カティ・マネキン。そして、アロウズのMS開発主任、ビリー・カタギリ .
(・・・・・・・・・そんな、どうして・・・・・・?!)
スメラギは唇を噛み締めた。
「・・・スメラギさん?」
フェルトの心配そうな声に、スメラギは顔を上げた。
「・・・からの情報よ。アロウズの兵器と人員がまとめてあるわ」
ファイルを、皆に見えるようにモニターに表示する。
「うわ〜、さん凄いです!!」
「ほんの短時間で、ここまで調べるなんて・・・!!」
ミレイナとフェルトの驚く声が聞こえた。
「ええ・・・これで、戦術をたてやすくなるわ」
(・・・そうよ。そのために、が送ってきたんだから・・・)
衝撃は衝撃だった。けれど、すぐに彼らと戦うとは限らない。
(きっと、心の準備をするためにも・・・・・・そうなんでしょ? ・・・・・・)
「・・・仕方ないな・・・・・・俺もしっかり働かなきゃな」
ラッセも苦笑を浮かべた。
スメラギは一度目を閉じて、それから気合を入れるため、大きく息を吐いた。
「フェルト、ミレイナ。大気圏離脱シークエンスに入ってくれる?」
「了解です!」
「了解しました」
顔を上げ指示を出したスメラギに答え、ブリッジは行動を開始した。
「おはよう、アーサー」
「おはよう、姉貴。よく眠れた?」
「ええ、熟睡よ」
そう言って、にっこりと笑って、姉貴が部屋の中に入ってくる。
「・・・それ、アロウズから?」
机の上に置いてあった書類に目ざとく気付いたらしい。
溜息を吐く。
「・・・兵器開発に協力しろ、って。社は、もうPMCじゃないって言ってるのに・・・」
「・・・今の社の主力は?」
「昔から持ってる技術を、宇宙開発方面に転用したり、次世代の食料プラント開発とかね・・・・・・まぁ、いろいろやってみてる。でも、人殺しの道具だけは、誓って作ってないよ」
安心させるように微笑んでみせる。
姉貴がどこか憂いを帯びた息を吐いた。
「どうかした?」
「・・・大変じゃない? 今、世界はアロウズに傾いてる・・・アロウズの要求を蹴って、平気?」
「まぁ・・・表立っての妨害は受けてないけど。アロウズに従ってる方が、やりやすくなりつつあるのは事実だよ」
苦笑を浮かべて、出来うる限りの軽い口調で肩を竦めてみせる。
「大丈夫だって。僕の手腕を信用してよ? それにうちの技術力を、アロウズも簡単には無視出来ないし 」
「社に、兵器開発部を立ち上げることは可能?」
その言葉に、驚いた。
真っ直ぐに見つめ返してくる紫色の瞳が、姉貴の真剣さを伝えてくる。
「・・・姉貴?」
思わず聞き返した。同じ色彩の瞳が、真っ直ぐに僕を突き刺す。
「社に、兵器開発部を再設置して欲しい」
「姉貴!!?」
「アロウズに協力し、兵器を作成する」
「ちょっと待って!! どうしたんだよ!!?」
「どうもしてない」
「嘘だっ!!!」
押さえきれず、声を荒げた。
それでも姉貴の瞳は揺れず、問い詰めるように声をあげた。
「嘘を言わないでくれ! 何もなくて、姉貴がこんなこと言い出すはずがない!! どうして?!!!」
みっともなく声が震えた。動揺した。
姉貴がこんなことを言うなんて、信じられなかった。
「会社なら平気だし、姉貴が気にすることじゃない・・・・・・・・・まさか、罪悪感?
だったら尚更、姉貴が気にすることじゃないよ!! あの人のことは、姉貴が背負うことじゃない!! 姉貴は 」
「あの人のことは、関係ない」
「だったら、どうして?! 兵器開発に、姉貴は反対してたじゃないかっ!!!? 僕は 」
「アーサーは、社の社長は、ただ承認するだけ。兵器開発を承認するだけでいい」
静かな口調に、息を呑んだ。
静かな瞳の奥に、確かな知略を見た。
「・・・・・・それで、どうするんだよ?」
「所属するのは、アタシ一人。他の者は関与しない。アロウズから、最新の兵器性能を戴く」
にやりと姉貴が笑った。
「造るのは一機だけ 最新の機材と性能、そして社の技術で、最良の一機を作る」
「 まさかっ!?」
理解が追いついたことを喜ぶように、姉貴が微笑む。
「そう。作るのはMA−3A アタシのための戦闘機よ・・・もちろん、アロウズには内緒でね」
楽しそうに言い切って、姉貴はの女王に相応しい表情を浮かべた。
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