「アーサー、あれはちょっと言い過ぎだったんじゃない?」
  「そうかな? あれぐらいで動揺するようなら、僕がとっくに乗っ取ってるよ」
  悪気なく、にっこりと笑った弟に、苦笑を浮かべる。

  「どうしても出席してくれって言うから、わざわざ来たけど・・・アーサー、彼女はどうしたのよ?」
  想定していた質問だったのか、弟は肩を竦めて平然と答えた。
  「あのパーティーには連れて行けないよ。彼女、報道カメラマンだし。無理でしょ 、常識的に」

  「・・・泣かせてないでしょうね?」
  「泣かされてんのは僕の方・・・・・・・・・それに、姉貴の方が、今日のパーティに興味あると思ったし」

  自分と同じ紫の瞳をまっすぐ見つめ返した。
  対向車線のヘッドライトが、舐めるようにその顔を滑っていく。

  「・・・・・・・・・どうして?」
  「別に。そんな気がしただけ」
  しれっとした顔で言った弟に、溜息を吐く。

  「・・・・・・否定しないけどね」
  「だろう?」
  そう言って、にやりと笑う弟に、もう一度溜息を吐く。

  車窓に目をやれば、光の海が広がっている。純粋に綺麗だとは、もう自分は思えない。

  「僕も楽しかったよ。綺麗な女性を伴うのは、やっぱり楽しいよ」
  「・・・よく言うわ。彼女にも言ってあげてるんでしょうね?」
  「う〜ん。僕は正直者だからね、嘘はつけないな」
  無邪気に笑って、思い出したように続ける。
  「そういえば、パーティー会場に、姉貴には負けるけど、なかなかの美人がいたよね?
   パープルのドレス着てて、主催者とワルツ踊ってた人・・・あれ、何処の誰だったのかな・・・」
  「あぁ・・・紹介して欲しい?」
  そう尋ねてみると、アーサーが驚いたように目を丸くした。
  「何だ、知り合い? 連絡先教えてよ!?」
  意趣返しのつもりだったが、ティエリアの仏頂面を思い出して、首を振る。
  「・・・・・・そういうの嫌がる人だから・・・」
  「そっか、残念。結構、好みだったのに」
  残念そうにアーサーが肩を竦める。

  「・・・・・・自分よりキツイのが好みだなんて、苦労するわよ、アーサー・・・・・・」
  「一番の好みは、姉貴だけどね」
  にっこりと笑った弟に、毎度のことなのでもう返す言葉もなく、溜息だけ吐いて視線を窓へ向けた。

  反射する窓ガラスに映りこむ、着飾った自分を改めて眺める。
  (・・・久しぶりに見たな、レジーナなアタシ・・・・・・)

  「姉貴は、あの、アロウズの開発主任みたいなのが好みなわけ?」
  「アロウズの開発主任? ・・・ああ、ビリー・カタギリ?」
  「熱心に話してたけど?」
  肩を竦めてみせる。
  「冗談・・・・・・顔繋げとけば便利かな、って。それだけ」
  「な〜んだ。心配して損した」
  そう言って、安心したように笑って、それから調子に乗ったアーサーが言う。

  「でもさ、そういうのないの? 姉貴の浮いた話とか、聞いてみたいんだけど?
   好きな異性のこととか、何か無いの、そういうの?」


  「・・・・・・彼氏、いるから・・・」


  「!!!!!!? マジで!!!!!!!!?」
  驚愕の表情を浮かべたアーサーに、自分の方が驚きながら、頭の中にラッセを思い浮かべて頷く。

  「・・・うん、マジで」
  「マジで!!!!!!?」
  見を乗り出してまで確認してくる弟に、黙って頷いた。

  「マジかよぉ〜・・・・・・・・・」
  そう呟きながら、ひっくり返って、アーサーは深々と溜息を吐き出した。


  「・・・・・・・・・・・・・・・あいつには、もう言った?」

  弟の指す"あいつ"が誰か分かって、緩慢に首を横に振る。

  「・・・・・・・・・だよなぁ・・・あいつに言う前に、僕のとこ連れてきなよ? あいつに会えるかどうか、僕が判断してやるから」
  「何よ、判断って?」
  「いや〜、うん・・・・・・マジかぁ・・・ちょっとショックでかすぎ。久しぶりに会って爆弾発言かよぉ〜」
  ひっくり返ったまま帰ってこない弟に、苦笑を浮かべて、再び視線を窓の外へと向けた。

  久しぶりに乗る高級車は、座り心地が良すぎて何だか落ち着かない。いつの間にか、トレミーのシートに馴染んでいたらしい。
  久しぶりの社交界も、腹の探りあいばかりで居場所がない。いつの間にか、トレミーの仲間に心許していたらしい。
  久しぶりに見る都会の夜景は、雑多すぎて何だか安らげない。いつの間にか、宙に広がる星々の方に安堵できるようになっていたらしい。

  未だに衝撃から抜け出してこない弟に、ちょっと悪いことをしたような気がしてくる。
  (・・・・・・明日、で、いっか・・・・・・)
  本題は明日話すことに決めて、今日はこのまま休ませてあげようと思った。多分、弟も久しぶりのパーティーで気を張って疲れているに違いない。

  (・・・・・・・・・みんな、どうしてるかな・・・ラッセ・・・・・・・・・)
  窓の外を眺めながら、自分からトレミーを降りたはずなのに、もう戻りたいと思っている自分を自覚する。
  矛盾だらけの自分に苦笑を浮かべて、は、窓に映るレジーナ・を眺めていた。











#09 拭えぬ過去











        姉貴の部屋、そのまま使えるから

  そう言った弟と別れて、自分の部屋だった場所に足を踏み入れても感慨は湧いてこず、まるで他人の部屋のように感じることに、改めて苦笑した。
  何も持たずにトレミーを降りたため、荷解きするものもない。
  身につけていたアクセサリー類を外して、セットしてあった髪をかき上げて崩すと、再び部屋の扉を開けた。


  「レジーナ様、何かございましたでしょうか?」

  夜も更けたというのに、部屋の前でまるで行動を見張るかのように立っていた勤勉な執事に尋ねれば、すぐに報告が行くかもしれない。
  (・・・別に、構わないか・・・・・・探し回るのはゴメンだし・・・)

  「・・・・・・氏は、どちらに?」
  老練の執事は、丁寧に腰を折った。
  「・・・ご案内いたします。どうぞこちらへ」


  家といっても、ここは広い。
  いくつもの部屋の前を通り過ぎて、案内されたのは、最奥の一部屋だった。

  「どうぞ」

  開けられた扉の中、踏み込むのを一瞬躊躇った。
  それでも、意を決して、一歩を踏み出した。

  廊下から漏れる明かりが、まるで道のように一本真っ直ぐ伸びている。
  それを踏み外さないように、それだけが安全であるかのように、その道を辿った。
  うっすらと差し込む窓からの光源に、今日が月夜であったことを知った。

  「・・・・・・・・・・・・・・・」

  巻かれた包帯が白さを殊更強調しているようだ。
  月明かりに照らされて、さらに青白く見えるその顔をただ見下ろす。

  微かに上下する胸と、規則正しい電子音だけが、生きていることを伝えている。
  管に繋がれ、機械に頼りながら、それでもまだ生きている      .

  鼓動を光として伝えている機械に目をやった。
  次に、空気を送っている機械、栄養を送っている機械、それらの生命活動を維持する機械の数々。

  それから、部屋をぐるりと見渡した。
  染み一つない絨毯、綺麗に折り目をつけられたカーテン、テーブルの上に飾られた花、整えられた机の上、そして、ベッド       順番に視線をやって、もう一度、鼓動を示す機械に視線を向ける。
  規則正しい電子音が鳴り続けている。
  ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、鳴り続ける電子音が、部屋の中に響く。
  薄い藍色の闇に閉ざされた部屋。
  白い包帯、白いシーツ、白い肌、白い世界、白い、白い      .


  「      僕の役目だよ」

  「・・・何が?」
  「まだ生きてる?」
  「ええ・・・生きてる」
  「そう、良かった」
  部屋の中へ伸びる光の道が太くなっていた。

  振り返れば、開いた扉に凭れるようにして、アーサーがいた。
  目が合えば、にっこりと微笑む。

  「今日は休んだ方がいいよ。姉貴も久しぶりのパーティーで疲れたんじゃない? 僕も、今日は疲れたし」
  そう言って、アーサーが溜息を吐く。

  「・・・急に戻ってきた理由は、明日聞くのでもいいかな?」
  「・・・・・・アーサーが、パーティーの同伴を求めたから、アタシは来たんだけど?」
  「相変わらず、嘘が下手だよ。もっと、僕のこと頼って欲しいんだけど?」
  明るい廊下に招きながら、アーサーが苦笑する。
  「ま、僕は姉貴に会えて、それだけで嬉しいんだけどね」
  「・・・・・・・・・アタシも、アーサーの元気な顔が見られて嬉しいわよ」
  苦笑しながら呟けば、アーサーも、にやりと笑う。
  「僕は"あいつ"の顔を見ないで済めば、もっと嬉しいね」
  「・・・言い過ぎ」
  「はいはい」
  明るい廊下で軽口を叩き合う。

  「今日はもう休んで。続きは明日訊くよ」
  閉められる扉の向こう、藍色の闇に閉ざされた世界から目を逸らせて、明るい廊下で微笑を浮かべて頷いてみせる。
  「分かった、そうする。お休み、アーサー」
  「姉貴も。お休み」
  藍色の世界のことはなかったことにして、お互いに部屋へと向う。
  振り返ることなく、自らの部屋へ向って歩いていく。


  アーサーは部屋へと向う足を止めて、一度だけ、振り向いた。
  遠ざかっていく、姉の背中を見届けて、体の中から息を吐き出す。

  視線で執事に伝える。一礼して、勤勉な彼は持ち場へと戻っていく。
  多分、今夜はもう大丈夫だとは思うが、念のためだ。

  「・・・・・・・・・僕が、やる・・・」
  もう一度、姉の部屋の扉を見つめて、アーサーは自身の部屋へ向って歩き出した。








     >> #09−2








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