扉を開けて踏み出したところで、俯いて立つ人影に気がついた。
「ちゃんと紹介してなかったね」
アレルヤは人影に向って声をかけた。隣に立つマリーを示す。
「これからトレミーで一緒に暮らす 」
「ソーマ・ピーリス」
アレルヤの紹介を遮ったその声に、アレルヤとマリーは動きを止めた。
「・・・・・・4年前、国連軍のパイロットとして私たちと戦った」
その言葉に、マリーの表情が悲しく曇る。
「フェルト・・・」
フェルトが顔を上げて、マリーを睨みつけた。
アレルヤの胸も、締め付けられるように痛んだ。
「その戦いで、私たちは失った! クリスティナを、リヒティを、モレノさんを・・・そして、ロックオン・ストラトスを!!」
「わたし・・・・・・」
フェルトの言葉に、マリーが思わず一歩後ずさった。
アレルヤの胸にも、言葉が突き刺さる。痛かった。
「待ってくれ、フェルト! マリーは 」
「分かってる!!」
アレルヤの声を遮って、フェルトが叫ぶ。
それ以上の言葉を拒絶するように、背を向けてフェルトが言葉を紡ぐ。
「分かってます! 彼女のせいじゃないって・・・・・・でも、言わずには、いられなくて・・・・・・・・・」
何かを堪えるかのようなフェルトの肩が、アレルヤの言葉を拒絶していた。
「フェルト!! ・・・・・・・・・」
走り去るフェルトに、けれどかける言葉が何もなくて、アレルヤは唇を噛み締めた。
「・・・・・・・・・ごめんよ、マリー」
隣に立つ彼女は、健気に微笑を浮かべてみせた。
アレルヤの心が、また締め付けられるように痛んだ。
「でも・・・フェルトにとって、この船のクルーは家族同然で・・・彼女にとってここは全てなんだ・・・」
言い訳のように、マリーに告げる。
真実なのに、どうして言い訳のように聞こえるのだろう。
どうして、マリーに告げなければならないのだろう。
どうして、こんなことになったのだろう。どうして .
( どうして、人は傷つくんだろう・・・)
それでも、アレルヤは微笑んだ。
悲しく見えたかもしれない。それでも、アレルヤはマリーに微笑んでみせた。
( いやだ、いやだ!! どうして、あんなこと?!! 私、最低だ・・・・・・!!!)
ガンッ!!
自動的に閉まるはずだった扉を、誰かの手が強引に止めた。
「・・・フェルト」
かけられた声に、しかしフェルトは膝に顔を埋めた。
「・・・・・・一人に、してください・・・・・・」
迷う気配があったが、けれど立ち去ろうとはしない。
「・・・・・・放っておいてください・・・」
「嫌だ」
はっきりと否定された。
扉の内側へ入ってくる気配がした。
「嫌だよ、フェルト。アタシじゃ頼りないかもしれないけどさ、泣きたいときくらい、アタシのこと頼ってよ?」
座り込んだフェルトと、変わらない高さで声が聞こえた。
「アタシはフェルトを一人にしたくない。これ、アタシの我侭だけど」
耳障りの好い、優しい声が囁くように響く。
「フェルトには、助けてもらってるから・・・・・・だから、こういう時ぐらい、アタシのこと頼ってよ・・・」
「・・・・・・そんなこと・・・・・・」
「・・・アタシを一人で泣かせなかったでしょ? フェルトのおかげだって、アタシ知ってるんだから」
思わず顔を上げたフェルトに、が微笑んだ。
「だから・・・フェルトも一人で泣かないでよ?」
目の前で膝をついて「ね?」と優しく頷いたに、しがみ付いていた。
「あんなこと、言うつもりなんてなかったのに! 私、わたし・・・・・・!!」
「うん、分かってる」
「でも、どうして、って・・・クリスティナはもういないのに、リヒティも、モレノさんも、ロックオンも、みんなみんないないのに、どうして、彼女がって!!!」
「うん・・・」
「言っても仕方ないって分かってて、でも、言わずにいられなかった・・・!! 私、わたし・・・最低です・・・・・・・・・」
「フェルトは優しいから」
フェルトの背中を優しく撫でながら、が囁く。
「フェルトのそういうとこ、アタシ好きだよ・・・」
の言葉に、再び涙が溢れそうになり、フェルトは洟をすすった。
「・・・・・・茶化さないでください・・・」
「結構、本気なんだけどな? ・・・フェルトが男だったら、絶対惚れてた」
「・・・・・・・・・・・・それって、私がラッセさんと同類ってことですか?」
フェルトの少々嫌そうな言い方に、が声をあげて笑った。
つられて、フェルトも泣きながら笑った。
「いやいや、フェルトの方がいい男だって」
「・・・・・・褒められてる気がしません・・・」
がまた笑った。
フェルトも笑った。涙は、不思議と止まっていた。
「なんかね・・・アタシ、ここの生活気に入ってるのよ。皆大好きだし・・・・・・アタシが一番加わったの遅いから、何となく甘えちゃってたけど・・・たまには、アタシにお姉さん役やらせてよ?」
そう言って、がフェルトの顔を覗き見た。
「フェルトの頼れるお姉さん役、たまにはアタシに交代させてよ、こうやって」
「頼れるお姉さん役って・・・・・・さん、私に頼ってくれないじゃないですか・・・・・・」
膨れてみせたフェルトに、が顔を顰めた。
「・・・頼ってるって・・・だから、一度トレミーを降りる決意も出来たんだから」
「トレミーを、降りる・・・?」
「ちゃんと、帰ってくる・・・・・・今は、ここが、このトレミーが、アタシの居場所だから」
そう言って、はフェルトをもう一度抱きしめた。
「帰ってくるよ、ちゃんと。フェルトは、もう、アタシの家族同然だもん・・・・・・」
淡い金色の髪に埋もれながら、フェルトはの香りを思いっきり吸い込んだ。
(・・・信じますよ? さん、家族だって言ってくれた言葉も、帰ってくるって言った言葉も、全部・・・・・・)
暫くお別れかと思うと、また涙が溢れそうになってフェルトはぎゅっと目を瞑った。
【中東再編計画は完全統一を目指す地球連邦政府にとって当面の最重要課題です。
民族的、宗教的に対立する国家間は連邦軍によって国境線を確保、自体の安定を図ります。
また、国内紛争に関しては対立民族の一方をコロニーへ移住させることも視野に入れ 】
「おいおい、無茶苦茶言ってるぞ、この女」
ミーティングルームに大きく映し出された記者会見の映像に対して、ロックオンが嘲るように唇を吊り上げた。
「それでも・・・世論は受け入れるでしょうね・・・」
腕を組んで映像に視線を向けたまま、スメラギは口を開いた。
「何故です?」
「みんな困らないからよ」
アレルヤの問いに、表情を曇らせてスメラギは答える。
「太陽光発電と機動エレベーター事業、コロニー開発で連邦の財政は安泰。
その恩恵を受けて連邦市民の生活水準は向上し、アロウズと保安局で反政府行動も抑えつつある。
問題もなければ、実害もない。文句なんて出やしないわ」
世界は弱者に対して冷たい。
自身に関係なければ、人は冷酷なまでに無関心でいられる。
「だが、その中で一方的に命を落としている者たちがいる。そんな世界が正しいとは思えない」
刹那が、表情を引き締めて言った。
ソレスタルビーイングにいる全員、そう思っているから今ここにいるのだ。
「アロウズを作ったやろうだ、そいつが元凶だ」
ロックオンの発言にティエリアが僅かに息を呑んだ。
「アロウズか・・・確かに、アロウズという組織は不明瞭よね。連邦軍直轄のくせに、その連邦軍よりも力を持ってるし・・・」
「頭を押さえない限り、何も変わらないでしょうね」
の言葉に、スメラギも頷く。
アロウズを倒しても、また同じような組織が出来ては意味がないのだ。
「ついでに、その辺りのことも探ってくる。調度いい機会もあるみたいだし」
「それじゃぁ、お願いするわ」
「了解」
親指を立ててみせたに、スメラギが頷く。
がトレミーを降りて行動することに、ティエリアは異論を唱えなかった。
が何者なのか、ティエリアは知っている。
異論を唱えるどころか、むしろ彼女が戦おうとすることに賛成だった。彼女の力は、即戦力となりえる。
他のマイスターが反対するかと危惧したが、がAEUの元エースであることに気付いたロックオンは当然だという態度だったし、刹那も何か納得する部分があったのか、何も言わなかった。
唯一人、アレルヤだけが心配そうに眉を顰めた。
「無理はしないでくださいね、さん」
今もを気遣うように声をかけた。
「うん、大丈夫。ありがと、アレルヤ」
は、にっこりとアレルヤに笑いかける。
それでも、どこかアレルヤは心配そうな顔をしている。
アレルヤが再び何か口を開こうとした時、モニターにイアンの顔が映し出された。
【ダブルオーとアリオスの応急修理は一応済ませた】
イアンの後ろに、整備されたアリオスガンダムが見える。
【それより朗報だ。支援機2機が完成したらしい。ツインドライブを万全にするためにも、一足先に宇宙に上がり調整作業をしたいんだが・・・】
「了解です。ミレイナ、が戻るまで、イアンの代わりに整備を担当してもらえる?」
「はいです!!」
スメラギの言葉に、ミレイナが元気よく左手を上げて答えた。
「よろしく、ミレイナ」
「はいです! お土産、期待してるですぅ!!」
ミレイナの希望に、が苦笑を浮かべて頷いた。
着信音が鳴った。
「王留美からの暗号通信だ」
「開いて」
スメラギの指示に従って、ラッセがパネルを操作する。
音声のみに設定された通信機から、王留美の落ち着いた声が流れ出す。
【皆さん、今まで公に姿を見せなかったアロウズの上層部が経済界のパーティーに出席するという確定情報を得ました】
がスメラギに目配せした。スメラギも、頷いて答える。
【後日、その調査結果を 】
「僕も、その偵察に参加させてもらう」
「・・・ティエリア?」
王留美の言葉を遮ったティエリアの発言に、アレルヤが驚きの声をあげた。
「本当の敵を、この目で見たいんだ」
真剣に告げるティエリアに、ラッセが腕を組んで唸った。
「相手に、俺らの正体が知られている場合も」
「俺がバックアップにまわる」
刹那の言葉に、スメラギが腰に手を当てて、諦めたように息を吐いた。
「仕方ないわね・・・その代わり、あたしの指示に従ってもらうわよ?」
にやりと挑戦的に唇を歪めたスメラギに、ティエリアは頷いた。
「フェルトさん・・・・・・」
部屋の扉を開けた目の前に、フェルトがいて、マリーは思わず息を詰めた。
「この前は、ごめんなさい」
真っ直ぐに自分を見つるフェルトに、マリーは息を呑んで立ち尽くした。
「感傷的になってしまって・・・」
すまなそうに告げたフェルトに、マリーの強張りが漸く解け、ぎこちなく微笑を浮かべてみせた。
「いいえ、そんな・・・・・・」
それ以上の言葉が見つからず、視線を落としたマリーに、フェルトは踵を返した。
「あ、あの・・・!」
思わず呼び止めていた。
自分を見つめるフェルトの瞳に、この間のような拒絶の色は見当たらず、マリーは漸く自然に微笑むことが出来た。
「皆さんのこと、本当に大切に思っているんですね」
「私の、家族ですから・・・」
そう言って、フェルトも微笑を返した。
素直に謝れたことに安堵しながら進む廊下の先で、がフェルトを待っていた。
「家族かぁ・・・いいねぇ。その中に、アタシは入ってる?」
「もちろんです。さんは、私の頼れる妹分ですから」
笑って答えたフェルトの言葉に、が苦笑を浮かべる。
「頼れるけど、妹なんだ?」
「はい。私の方が、トレミーではお姉さんですから」
そう言って、にっこり笑えば、がどこか寂しそうに微笑んだ。
「ホント、こっちの方が理想の家族だ・・・・・・」
「さん?」
「・・・今から、行っててくる。フェルトには、ちゃんと挨拶しときたかったから」
そう言って、はフェルトを軽く抱きしめた。
「いってきます」
「いってらっしゃい・・・・・・でも、この後、ラッセさんにも同じこと言うんですよね?」
フェルトの言葉に、が苦笑を浮かべる。
「何それ? ヤキモチ?」
「違います」
膨れて返せば、が声をあげて笑う。
「大丈夫。ラッセにはもう言ったから。フェルトが最後」
「・・・それはそれで、何だか違う気がするんですけど?」
「いいじゃん、いいじゃん。気にしない、気にしない」
そう言って、はもう一度、声をあげて笑った。
Photo by Microbiz