王留美は紅龍を引き連れて、颯爽とパーティー会場へと足を踏み入れた。
  その場にいる人々の目が、自分に惹き付けられるのを感じながら、王留美は満足気に微笑を浮かべた。

  「王家の当主・・・・・・美しい」
  「ますます、お美しくなられたな・・・」
  自分の美しさを称えて交わされる囁きに、王留美は傲然と顎を上げた。

  表向きは、統一世界の恒久平和実現のために尽力している経済界の人物を集めたパーティー。
  しかし、その実態は連邦の権力に縋り、利権を求める犬どもの浅ましき集まりだ。
  そんな連中だが、褒められれば悪い気はしない。

  王家の当主としてここにいる       それは正しくない。
  自分は選ばれた人間として、ここにいる       そのことに、優越感を覚える。

  利権など自分には必要ない。ただ、この犬どもが利権を巡って群がる様子が面白い。

  (わたくしは、あなたたちとは違うのです。あなたたちとは、違うものを見ているのだから・・・)
  自信に満ちた微笑を浮かべ、王留美は会場内を見渡した。
  (ソレスタルビーイングは、どこにいるのかしら?)

  自分の流した情報で、ガンダムマイスターがこの会場に潜入していることは聞いている。
  一体どんな策で乗り込んできたものか、それに興味があった。

  (      いた)

  視線の先、鮮やかなパープルのドレスを纏ったガンダムマイスターの姿を見つけた。
  王留美と目が合い、彼女は微かに微笑んで見せた。
  (女性に化けさせるなんて・・・さすがだわ。スメラギ・李・ノリエガ・・・マイスターは男性とバレテしまっているものね・・・)
  王留美も微笑みで答える。
  見事な変装のティエリアから視線を外し、王留美はさらに会場を見渡した。


  壁際にいるのは、アロウズ最大の出資者、ハレヴィ家の若き当主。
  確か歳もそう自分と変わらないはずだが、こういう場に慣れていないのだろう。全てを拒絶するかのような表情に、王留美は微かに浮かべる笑みを濃くする。

  アロウズの司令官、ホーマ・カタギリの姿も見える。
  このような場所を嫌う人なのに、今日は出席せざるを得なかったとみえる。その横にいる彼は、アロウズの開発主任だ。
  アロウズの制服を着た人間も数多く見受けられる。アロウズの上官たちだろう。

  王留美は興味なく視線を逸らせた。


  不意に、ざわめきが広がった。

  「の社長が到着したようです」
  耳元に囁かれた紅龍の言葉に、王留美は眉を寄せた。
  「・・・珍しいわね。さすがのも、とうとうアロウズに跪く気になったのかしら?」

         ソレスタルビーイングが活動を始める頃までは、AEUの武装のほぼ全てを開発・製作していた民間軍事会社だ。
  しかし、ソレスタルビーイングの声明発表後に、PMCは自社の軍事部門を縮小。結果、敵対企業のPMCトラストがAEUでのシェアを広げていった。
  しかし、その後、PMCトラストは紛争を幇助しているとして、ソレスタルビーイングに武力介入を受けることとなった。

  現在、社は軍需産業には係わっていない。
  しかし、それで落ち目になるわけでもなく、今まで開発した多くの技術を転用し、様々な分野で業績を上げている成長著しい企業だ。
  元々は軍事企業、その開発された技術の多くは今でも充分通用する。軍需産業の分野でトップに返り咲くことも難しくないだろう。なのに、今まで頑なにアロウズへの協力を拒んでいた。

  その社を軍事企業から一転させる大改革を推し進め成功に導いた若き社長       アーサー・
  その名に王の名を持つ男が、連邦の、アロウズ主催といって過言ではないパーティーに出席する。
  人々のざわめきも納得がいく。

  これはどういう意味をもった出席なのだろう? また、軍事部門へ参入するつもりなのだろうか?
  王留美は入り口の方を振り返って、表情を厳しくした。

  「・・・・・・あれは・・・」
  王留美の視線の先、特有の色彩を持った人物が二人、ゆっくりと会場へと足を踏み入れたところだった。

  「こんな公の場に出られるなんて、何年ぶりだ?!」
  「信じられない!! まさか、本人を目にすることが出来るなんて!!!」
  「まぁ、なんてお美しい・・・・・・」
  「綺麗・・・お二人並ぶと、まるで絵画のよう・・・」
  囁き交わされる言葉に、王留美は唇を噛み締めた。


  「・・・珍しい。王と女王が揃って出席だなんて・・・・・・」


  王留美に近づいてきた王の名を持つ方が、にっこりと人懐っこい笑みを浮かべて手を差し出した。
  「お久しぶりです、王さん」
  「ええ・・・こんなところでお会いするなんて、珍しいですわね」
  王留美も表情を取り繕うと、その手を握り返した。
  「ええ、そうですね。僕は人見知りが激しいんで、どうしても引きこもりがちになってしまって」
  淡い金色の髪を撫でつけて、王の名を持つ男が照れたように笑う。

  「・・・わたくし、あなたがこのパーティーに興味あるとは思いませんでしたの」
  「もちろん、ありますよ! どんな連中が、戦争を喜んでいるのか、僕はとても興味があったんです」
  真綿に包んだ王留美の嫌味を、真っ向から受け止めて男は笑った。

  あからさまな言いように、王留美だけでなく周囲の人間も、ぎくりと体を強張らせるのが分かった。
  そんな周囲の反応を気にすることなく、男は浅黒く精悍な顔に困ったような笑みを浮かべて言う。

  「それに、それに。このパーティーに出席しないとICチップ一つ、林檎一つでさえ商売出来なくなるって聞いたので、
   仕方なく、今日は出てきたんです。嘘だと思うんですけど、念のためです」

  そう言って恥ずかしそうに笑ってから、男はアメジスト色の瞳で周囲をぐるりと見回した。

  「さてと・・・さっさと挨拶だけして帰りたいんですけど、主催者はどこです? あまり長居する気はないんです。
   だって、ここは軍事産業のお偉いさんばかりだ。一緒にされちゃぁ、困るでしょ?」

  男のアメジスト色の瞳が、すっと冷たくなる。
  一気に冷えた場の空気に、王留美の背中に嫌な汗が浮かぶ。


  「・・・・・・アーサー、少し御喋りが過ぎるわよ?」

  かけられた声に、男は照れたように笑みを浮かべた。
  纏っていた怜悧な雰囲気が、すっと消える。

  「久しぶりのパーティーで、はしゃぎ過ぎました・・・・・・王さん、僕の姉です」
  「お久しぶりです、留美さん・・・・・・何年ぶりかしら?」
  そう言って、男の横に並ぶ女王の名を持つ方が、にっこりと微笑んだ。

  今までずっと男の隣にいて好きなように言わせておいて、それでも何事もなかったようににっこりと女は微笑む。
  周囲の人間も気にしないふうを装いながらも、自分たちの会話に聞き耳を立てていることを感じ取って、王留美も負けじと微笑を浮かべてみせた。

  「本当に・・・・・・レジーナさん、全然お姿をお見かけしませんでしたから、心配していましたのよ?」
  「ごめんなさい・・・父の看病に専念しておりましたもので」
  そう言って女王の名を持つ女は、アメジスト色の瞳を伏せた。
  「まぁ・・・確か、お倒れになられたのでしたね・・・お加減、よろしくないのかしら?」
  「ええ・・・だから今日は、看病ばかりでは気も滅入るだろうって、アーサーが誘ってくれたんです」
  淡い金色の髪をさらりと流して、女が笑顔を浮かべる。
  纏った香水の匂いが、ふわりと立ち昇る。

  「でも、あまりに豪華なので驚きました・・・・・・それに、随分と軍事関係者が多いみたいね?」
  微笑みながら、アメジスト色の瞳がぐるりと周囲を見渡す。

  人々が慌てて目を逸らしていく。
  それを楽しんでから、王留美に視線を戻して、女は鮮やかな笑みを浮かべた。

  「本当、楽しみだわ・・・どんな恒久平和を描いていらっしゃるのか・・・・・・留美さんも、そう思うでしょ?」
  不覚にも、ぞくりと怯えた自分を叱咤して、王留美もぎこちない笑みを何とか取り繕った。

  「・・・・・・・・・ええ、そう思いますわ」
  「お互い楽しみましょう。それでは、失礼致します」
  微笑を湛えたまま、優雅に礼をして女が踵を返した。当然のように男も連れ立って去っていく。


  すぐにアロウズの幹部が声をかけ、のトップに君臨する者の笑みを浮かべて対応する男と女       その後ろ姿を眺めながら、王留美は唇を噛み締めた。

  「・・・・・・さすがに、元軍人は違うわね・・・・・・」
  たかが一企業の社長とその姉       そう言い切ってしまうには、二人とも鋭利な空気を纏いすぎている。


  ざわめきがの二人を中心に広がっている。
  彼らが来るまでは、自分がその中心にいたことを思って、王留美は忌々しく呟いた。

  「・・・・・・今のうちだけだわ・・・変革後の世界に、の居場所はないのだから・・・・・・」
  王留美はアロウズの司令官と談笑する二人から視線を引き剥がした。
  (そうよ・・・わたくしだけが、今、この世界の行く末を握っている者を知っているのだから・・・・・・)
  自身の胸の内で呟いて、王留美は顔を上げた。
  (変革した世界に、あなたたちは必要ないのだから・・・・・・・)
  傲然と王留美は、その顔に高慢な微笑を貼り付けた。
  (わたくしは、王家の当主よ・・・軍需企業崩れごときに、たかが美しいだけの能無しに、煩わされることなんてなくってよ・・・)

  ワルツを奏でる楽団の音楽を聴きながら、王留美は真っ赤なワインの注がれたグラスに唇を寄せ、もう一度微笑んだ。
















Photo by Microbiz

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