アロウズの大佐、カティ・マネキンがその着信に気付いたのは、補充要員の話を耳にした後だった。

  ある意味、最悪のタイミングで鳴ったコール音を無視して、マネキンはまず事実を確かめることを優先した。
  その結果が、今目の前にいる。

  「大佐を守りたいからであります!!」

  当然のことのようにのたまった男に、マネキンの眉間に皴がよる。
  こういう事態になることを考慮して、あの男自らわざわざマネキンへ連絡を寄越してきたのではなかったか。
  (      あのシスコンが・・・・・・!!!)
  額に青筋でも浮かびそうになるほどの怒りを覚えながら、今目の前にいる馬鹿を睨みつける。
  おそらく何も考えていないのだろう、馬鹿面を曝したまま、彼はさらにのたまった。

  「七度のガンダム戦を生き抜いてきた、不死身のコーラサワーです!!」
  「それは当てこすりだ!!!」
  「人気者で辛いですよね〜」
  思わず突っ込んだマネキンに悪びれることなく、パトリック・コーラサワーは嬉しそうにヘラヘラ笑っている。

  溜息を吐いて、マネキンは残る着信へ通話を試みた。
  目の前の馬鹿よりも、もう一人の馬鹿に文句が言いたかった。


  【やぁ、カティ! コーラサワーとはもう会った?】
  5回鳴ったコール音が途切れるとともに響いた軽い口調に、マネキンは今度こそ額に青筋を浮かべた。
  「貴様・・・開口一番のセリフがそれか?」
  【お? 悪ぃ悪ぃ、間違えた。今日も綺麗だね、カティ・・・ってコレ、音声だけだから分かんねぇんだけど! 悪いね、カティ】
  「・・・・・・・・・他に言い残すことはないな?」

  受話器のこちらとあちらとで、極寒の氷河と常夏の楽園ぐらいの温度差がある。
  マネキンの地を這うような声に、悪びれることなく彼は軽い口調で言葉を紡ぐ。

  【いいよなぁ・・・コーラサワーはカティの美顔を生で拝んでるんだろ? たっく、あの馬鹿には勿体ない美人だからな、カティは】
  「切るぞ」
  【でも、カティだからコーラサワーも自分から志願してアロウズなんかに行っちまったんだよ】
  「・・・・・・止められなかったのか?」
  【親友の恋路は邪魔出来ねぇよ、さすがの俺も。ま、俺はアロウズなんかに転属する気は無ぇよ? いくらカティが美人でも】
  「・・・貴様なら、何とでもあの馬鹿を止める手が打てただろう・・・」

  口を吐いて出たマネキンの呟きに、電話の向こうで笑い声があがる。

  【たまには男を立ててやれよ・・・じゃないと、婚期逃すぞ?】
  「黙れ、シスコン」
  【ひでぇな、カティ・・・でも、俺は謝んねぇぞ? 俺は、腹を括ったんだ。これで、もしコーラサワーが死ぬことになっても、俺はあいつを惜しむための涙は流さないと。悼んでも、悔やまないと・・・・・・だから、行かせた。なぁ、俺は間違ってるか、カティ?】
  「・・・・・・不吉な考えだな。私は好かん」
  【あ、そう。まぁ、いいや。じゃぁ、そう言うこと。無事にコーラサワーと会えてんなら、それでいいや】
  「相変わらず、適当なやつだ」
  マネキンは苦笑を浮かべた。

  「・・・何か、コーラサワーに伝言はあるか?」
  【ねぇよ。男にくれてやる言葉は、俺にはナイの。じゃぁ、カティ! 自分の男の面倒、しっかりみろよ!!】


  甘い顔立ちによく合う涼しげな声の余韻を残して電話は切れた。
  マネキンの眉間の皴は、話しているうちに消えていた。
  (・・・あいつは、いつも変わらない・・・あいつらしい・・・・・・)

  「・・・・・・・・・カイウス、怒ってましたか?」
  窺うようにかけられた声に、マネキンは表情を改めて厳しくした。事態は好転していない。
  (      結局、私が面倒をみることになるのか・・・・・・)

  「・・・怒ってはなかったが、呆れていたな」
  「そうスっか!! 良かったぁ・・・・・・いや〜『アロウズに行く』って言ったら、『絶交だ!!』って怒鳴られたんで」
  安心したように一息吐いてから、また馬鹿みたいに笑い出したコーラサワーに、マネキンは呆れた息を吐いた。

  例え本人に尋ねたとしても、あの男は飄々と肩を竦めて、忘れた、とのたまうのだろうと容易に想像がついた。
  (本当に、あの男らしい・・・・・・カイウス・中佐・・・・・・)
  軽口の中にほんの少しの本心を混ぜる男の、腹が立つほど整った顔を思い起こして、マネキンは表情を緩めて苦笑を浮かべた。








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