「      アタシね、AEUのMAパイロットだったんだ・・・・・・」
  「・・・・・・そうか」
  「うん・・・まだ、女性士官ってのが珍しくて、結構メディアに露出させられてね・・・だから多分、この顔を覚えてる人も多いんだよね・・・・・・」
  そう言って、は、あははと空っぽな笑い声をあげた。
  それから、ちらりとラッセを見て自嘲気味に唇を吊り上げた。

  「・・・驚かないんだ・・・・・・やっぱり、知ってた?」
  「・・・・・・ああ」
  「そっかぁ・・・・・・気、遣わせちゃってたんだね・・・ありがと」
  はどこか寂しげに微笑み、芝居がかった調子で呟いた。
  「有名人は大変だ」
  苦笑を浮かべたをラッセは黙って見つめていた。

  「アタシが誰か知ってるんなら、あえて説明しないよ?」
  は凭れていた手すりから体を起こして、真っ直ぐにラッセを見つめた。

  「もう一度戦うために、アタシの機体を調達してくる。そのために、一度トレミーを降りる」
  「・・・・・・そうか」
  「大丈夫、ちゃんと戻ってくるから」
  そう言って、は、ふっと表情を緩めて、ラッセの左腕を軽く叩いた。
  「湿気た面してないで! アタシの補佐なんかなくても、ラッセならちゃんと操艦出来るって!!」

  「・・・・・・・・・      
  「ん?」
  ラッセの呼びかけに、が視線を上げる。
  その瞳に隠された鋭さに、ラッセは躊躇いを覚える。

  サブブリッジから戻って来てから、の瞳の中にこの鋭さを感じるようになった。
  それはもしかすると、今までラッセが気付かなかっただけで、ずっとの中にあったのかもしれない。
  深く澄んだ、鋭く刺し貫く、悲しい狂気にも似た闇      .

  「・・・カタロンのあの男に救われたのは、AEUでか?」
  ラッセの問いに、の瞳に宿る鋭さが強くなる。微笑を浮かべて、が首を横に振る。
  「違うよ・・・クラウスに助けられたのは、もっと前・・・・・・・・・・・・・・・ねぇ、ラッセ      
  笑顔を浮かべたまま、の瞳に宿る闇が広がる。


  「      ラッセは、どこまでアタシを知ってるの?」


  「・・・・・・俺が知ってるのは、今俺の前に居る、だけだ」
  (・・・・・・・・・何も知らない。目の前に居る、のことだって、俺は何も・・・・・・)

  「・・・・・・その方がいいよ」
  そう言って、は一度目を閉じて、再びラッセに向けて笑顔を見せた。

  「ありがと。だから、アタシはちゃんと帰ってくるよ」
  そう言って微笑むの瞳に、さっきまでの鋭さはもうなかったが、ラッセにはその笑顔が何故か寂しげに見えたのだった。











#08 無垢なる歪み











  「あの、マリーって子、超人機関出身なんだろ? 船に乗せて、大丈夫なのか?」
  ラッセは背後に座るスメラギに声をかけた。

  まだまだ本調子とはいかないだろうが、それでも制服に袖を通したスメラギがいつもと同じように席についているだけで、ブリッジに一種の安心感がある。
  これがソレスタルビーイングのあるべき姿だ、とでも言うように。

  「一通りのチェックは済ませたわ・・・それに、アレルヤには必要なの」
  スメラギの返答に、ラッセは眉を寄せた。
  「何が?」
  「戦うための理由が・・・・・・」
  そう答えたスメラギの横で、作業するフェルトの手が止まった。


  「・・・フェルト、ミレイナ探してきてくれる? 今後のことで、みんなと話したいこともあるし」
  その様子に気付いたスメラギが、さりげなくフェルトに声をかけた。
  「・・・はい、分かりました」
  そう答えてブリッジを出て行くフェルトを見送って、スメラギが溜息を吐いた。

  フェルトが出て行き、改めてブリッジに自分とラッセしかいないことを確認して、スメラギは口を開いた。

  「ところで、ラッセ・・・・・・とは話したの?」
  「ん? ・・・・・・ああ・・・話したぜ、一応な」
  どこか含みを持たせたラッセの返答に、スメラギは額を押さえて溜息を吐いた。
  「はぁ・・・・・・いいの? それで」
  「・・・が話したくないなら、無理に聞く必要はないだろう?」
  「そうだけど・・・・・・後悔するかもしれないわよ?」
  表情厳しく言ったスメラギに、今度はラッセが肩を竦めた。
  「そうかもな・・・・・・けど、多分、俺は後悔しない。そんな気がしてる」
  ラッセの答えに、スメラギが天を仰いだ。
  「アレルヤ以上に、あなたの方が盲目なタイプだったのね・・・・・・」
  「かもな」
  否定せずに、にやりと笑ったラッセに、スメラギが呆れたように肩を落とした。
  「トレミーはどうしちゃったのかしら? もう、春真っ盛りって感じね・・・」
  そう呟くスメラギに、ラッセが苦笑を浮かべた。

  「でもラッセ・・・・・・が大切なら、ちゃんと気にかけなきゃ駄目よ? 結構脆いんだから、女って」
  「分かってるって」
  せっかくの忠告に軽く返事をしたラッセに、スメラギは椅子に凭れて、また溜息を吐いた。

  「・・・だって・・・・・・・・・はぁ。あたし、戦術予報士よね? どうして、人の恋愛まで考えてるのかしら・・・」

  そう言って不貞たように片肘をついたスメラギに、ラッセは苦笑を浮かべることしか出来なかった。





















  ブリッジへ向かう途中で、ミレイナの姿を見つけた。
  何かを決心したような厳しい表情が気にかかった。

  「どうしても、確かめなきゃいけないことがあるんです! とぉっても、大事なことなんです!!」
  真剣な声で言うミレイナが気になった。

  扉の前で立ち止まって、ミレイナは息を吐き、気合を入れるように大きく頷いた。
  (ここって・・・・・・?)
  が首を傾げているうちに、ミレイナが扉を開けて体を滑り込ませた。

  「つかぬことを訊くです、二人は恋人同士なのですか?」

  部屋の中、二人っきりで話をしていたらしいマリーとアレルヤの頬が同時に赤くなった。
  その反応に、ミレイナが両手を挙げて喜ぶ。
  「おぉ!! オトメの勘が当たったです!!!」
  「ミレイナ!!!?」
  思わず叫んで、ミレイナを部屋から引っ張り出した。
  ミレイナの鼻先で扉が閉まり、は大きく溜息を吐いた。

  「・・・・・・何やってんの・・・?」
  「だって、気になります! 二人が恋人同士なのか、それを確かめる必要があったです!」
  「・・・・・・そう・・・かな?」
  「はい!! さんも気にならないですか?!」
  苦笑いのまま問えば、自信満々にミレイナが頷く。それも、とても真剣な表情で。
  「ああ・・・そう・・・・・・」
  はしゃぐミレイナに、は引き攣った笑みを浮かべた。
  (・・・これぐらいの歳の女の子って、何考えてんの・・・?)
  自身の経験を振り返ろうにも、該当する事柄が見当たらず、は珍獣でも見るようにミレイナを見つめるしかない。


  「・・・・・・・・・あの・・・」
  振り返れば、と同じように苦笑を浮かべたアレルヤが立っていた。

  「ハプティズムさん!! 恋愛相談ならいつでも聞くです!!!!!」
  「あ、ありがとう・・・」
  とアレルヤは曖昧な苦笑いを浮かべる。

  「・・・ありがとう、ミレイナ。何かあったら、相談に乗ってもらうよ」
  「はいです!!!」
  「マリーは・・・まだトレミーに来たばかりだし、仲良くして欲しいんだ」
  「もちろんです!!!」
  アレルヤの言葉に、ミレイナが嬉しそうに頷く。
  その様子に、アレルヤも嬉しそうに、にっこりと微笑む。
  「ありがとう・・・さんも、よろしくお願いします」
  「・・・・・・彼女と一緒に居られるようになって、良かったわね」
  「はい」
  の言葉に、アレルヤは、しみじみと頷いた。
  その様子が、とても幸せそうに見えた。

  「さん、これ以上は私たちお邪魔です! 撤退するです!!」
  ミレイナの言葉に、は呆れた溜息を吐いた。
  アレルヤも苦笑を浮かべる。
  「・・・・・・はいはい。戻りますとも」


  アレルヤと別れて、ミレイナと連れ立って歩き出す。
  通路を曲がったところで、向こうから来るフェルトを見つけた。探していたらしく、こちらを見つけて駆け寄って来る。
  「ミレイナ・・・・・・スメラギさんが、今後の相談もしたいから来て欲しいって」
  「了解です!!」
  明るく答えて走り出すミレイナの後を追うように、ブリッジへと歩き出していたは、ふと足を止めた。
  一緒にブリッジへ向うと思っていたフェルトがいなかった。

  「フェルト?」
  そういえば、何か沈んでいるようだった。
  どこか思いつめたような表情が気にかかった。
  声に射した翳りが気になった。
  (・・・フェルト・・・・・・?)
  は、踵を返した。








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