「・・・撃てなかったか・・・・・・・・・いいさ、それで」
指を引鉄にかけたまま、肩を落としている沙慈を見つめて、イアンが優しく声をかけた。
緊張のためだろう、荒い息を吐く沙慈から視線を外し、イアンは先ほどまで自分がいた席に座る人物に目をやった。
戦線を下げるべく遠ざかっていくジンXVを忌々しそうに睨む彼女 ・。
「・・・ち、外したか・・・・・・」
沙慈が引鉄に指をかけて叫んだその時、サブブリッジの扉が開き、が飛び込んできた。
突っ込んでくるジンXをトレミーが右へ旋回してかわし、左舷に敵機が軽くぶつかった。
衝撃に揺れたイアンを押しのけて、が操縦桿を握った。そして、すれ違おうとしていたジンXに向けて引鉄を引いた。
発射されたミサイルは、見事にジンXの右肩に突き刺さり、先行していたジンXは距離をとるように後退していった。
舌打ちをしたが、ほぅ、と深く息を吐いた。
「・・・・・・良かった。間に合って、本当に良かった・・・・・・」
そう言いながら、安堵したように沙慈を見て、が微笑を浮かべた。
それから、不意に肩を震わせた。徐々に大きくなる肩の震えにあわせるように、の口から笑い声が漏れた。
「はははは、ほんと、良かったわ・・・あははは」
顔を覆って、壊れたように笑い出したを、イアンは黙って見つめていた。
【ガンダム全機、後退して】
通信機から聞こえてきた、スメラギ・李・ノリエガの声に、ラッセは操縦桿を握る手から力を抜きそうになった。
目覚めたばかりのためか、少し疲れたような口調だったが、その言葉に緊張に包まれていたブリッジに安堵が広がる。
【敵の連携を分断させるわ、魚雷で高濃度粒子とスモークを】
【了解】
「!? かっ!!?」
イアンへの指示だったが、返ってきた声はのものだった。
通信画面を確認する前に、音声ONLYに切りかえられてしまったが、確かにだった。
(・・・間に合った、のか・・・・・・)
発射された魚雷から高濃度粒子とスモークが放たれ、視界が白く煙る。
有視界通信を遮断された敵機が撤退していき、空域が静寂を取り戻す。
(・・・・・・が撃ったのか・・・・・・・・・)
死神には渡すなよ .
不意にクラウスの言葉と、の涙を思い出した。
(・・・俺が、サブブリッジへ行くべきだったか? ・・・・・・いや、あんな状態のに操舵は任せられなかった・・・)
先の通信からの心情を量るには短すぎるものだったが、ラッセは表情を引き締めた。
(・・・後で、それとなく )
「アリオスの機体を補足できません! アレルヤが!!」
「アリオスの反応がないですって・・・?!」
ブリッジにはいないはずの人間の声を聞いて、ラッセは思わず腰を浮かせて振り返った。
「スメラギさん!!」
「体は!?」
ブリッジの扉にすがるようにして、スメラギ・李・ノリエガが立っていた。
先程までいた医務室から、そのままブリッジに来たのだろう。医療着のままのスメラギの姿に、フェルトも気遣わしげに席を立とうとする。
そんなフェルトを制して、スメラギが厳しい顔つきのまま、自分の席へと足を向ける。
「ミッションレコーダーで、アリオスの交戦ポイントを特定して。
ダブルオー収容後、セラヴィーとケルディムは、アリオスの捜索を」
「りょ、了解!」
フェルトが慌てて指示に従う。
先の戦闘で、刹那の乗るダブルオーの太陽炉からオーバーロードの警告が出ていた。
敵機が撤退していったからといって、うかうかしてはいられない。早急に艦に収容して、整備が必要だ。
ブリッジの自らの椅子に腰を下ろしたスメラギが、息を吐いた。
「は?」
「サブブリッジへ行かせた」
「そう・・・・・・」
ラッセの返答で、スメラギは状況を理解したのか、思索するように表情を引き締めた。
「・・・"女王"の力が必要な状況なのね・・・・・・」
呟かれた言葉の意味を、今はまだ考えたくなくて、ラッセは目の前に広がる大海へ視線を向けた。
【ケルディム発進しました】
【セラヴィー発進しました。すぐに潜行準備に入ります】
ミレイナの声が格納庫に響いた。
その声を聞きながら、刹那はいつもならダブルオーがあるべき場所を見つめていた。
今、そこにダブルオーの姿はない。
もらった!! そう思った瞬間、太陽炉がオーバーロードして失速、海へと落ちた。
気付いたときには、ビームソードが突きつけられていた。なのに、敵のアヘッドはソードを収め、去っていった。
まるで、つまらない、とでも言わんばかりの態度だった。
(・・・・・・あそこでアヘッドが引かなければ、俺は、ダブルオーは確実にやられていた・・・・・・だが )
「刹那」
振り返れば、呆れた顔をしたイアンが、当に溜息を吐かんと立っていた。
「トランザムは使うなと言っただろうが?!」
「安定しないわね・・・う〜ん、右が先に壊れて、左の太陽炉も、っと・・・」
愚痴をこぼすイアンの横では、修理のため外部装甲を外した太陽炉を覗き込みながら、がダブルオーの両肩を行き来している。
困ったように溜息を吐いて、イアンが頭を掻いて呟く。
「はぁ。ツインドライブが稼動状態にあるからいいようなものの・・・・・・」
「修理を頼む。アレルヤが」
刹那の言葉に、イアンは頭を掻いていた手を止めた。
真剣な刹那の表情に、イアンは満足気に息を吐いて頷いた。
「分かった」
「よ、っと・・・・・・じゃぁ、イアン頑張って」
ダブルオーから飛び降りたが、そう言ってイアンの肩を叩いた。
「・・・・・・・・・」
「 これくらい、アタシがいなくても直るわよ。だから、さ・・・・・・そんなに睨まないでよ」
「睨んでなどいない」
「・・・・・・なら、いいけど」
刹那の言葉に、気不味そうに視線を外したが、面倒臭そうに髪をかき上げた。
「・・・ま、女王が駄目だってんなら、他の奴に手伝ってもらうだけさ」
そう言ったイアンに、刹那が尋ねる前に、格納庫の扉が開く音がした。
「お、こっちだ」
「はい・・・・・・」
イアンが、入ってきた沙慈を呼んだ。
「・・・・・・・沙慈・クロスロード・・・・・・いいのか? お前はガンダムを 」
「カタロンの人たちが無事に逃げられるまでは、何でもやるよ」
刹那のまっすぐな視線に耐え切れなかったのか、沙慈が視線を逸らせて呟いた。
その様子に溜息を吐いて、イアンがに顔を向けた。
「・・・・・・いいんだな?」
「・・・それを彼が望むなら。だけど、イアン、彼に 」
「分かってる・・・・・・・・・そんなに嫌か?」
「ええ」
の言葉に、イアンは表情を険しくした。
「だがな、女王。いくらお前さんが望もうと、もうそんなこと構っとられん状況だって 」
「そのために。そのために、アタシは決めたのよ」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・、さん・・・?」
とイアンの二人にしか分からない会話だったが、イアンが黙ってを見つめた。
沙慈の呼びかけに、は片手を上げただけで、何も言わずに格納庫を出て行った。
「・・・・・・イアン」
「・・・さっさとダブルオー直したかったら、刹那も手伝え。ほら、お前もさっさと始めるぞ」
「あ、はい・・・!」
茫然との後姿を見送っていた沙慈を急かして、イアンはダブルオーの修理に取りかかった。
優先順位の高いものから ダブルオーを直し、そしてアレルヤを探し出す そのために、刹那もダブルオーの補修に取りかかった。
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