「・・・・・・久しぶり、クラウス」
  ヘルメットを外したに、クラウス・グラードが微笑みを浮かべた。
  「元気そうでなによりだ・・・・・・何て呼べば?」
  「
  そう言って差し出されたの手を握って、クラウスが驚きを露にした。

  「・・・       それは、君が決めたのか?」
  「まさか」
  肩を竦めたに、クラウスが苦笑を浮かべた。

  クラウスが勧めた椅子をは首を振って断り、用件を伝えるために口を開く。

  「ソレスタルビーイングは、カタロンが基地を離れるための資材や食料を至急手配してます。移送が完了するまでの護衛も、こちらで準備します」
  の言葉に、クラウスが頷いた。
  「すまない、助かる・・・・・・ひとつ、確認しておく・・・疑っているわけではないのだが、アロウズにこの場所が漏れたのは、ソレスタルビーイングのせいなのか?」
  「否定はできない」
  「?!!」
  ラッセは慌てて声をあげた。
  今まで黙ってに任せていたが、そこは否定しなければならないところのはずだ。

  「おいおい・・・まさか、あんたが漏らしたんじゃないよな?」
  ロックオンも、冗談を装っているが、目つきは鋭くを睨んでいる。
  しかし、そんな二人には構わず、はクラウスを正面から見つめた。

  「ソレスタルビーイングが、この基地を知った途端に情報がアロウズに漏れた。客観的に見て、その可能性は充分過ぎるほどある。
   だから、否定はしない・・・けれど、今、表立って裏切り者を探しはしない。ソレスタルビーイングには、そんなことをしている余裕がない。
   だから、今回の件は、これで、収めてもらいたい」

  「・・・・・・・・・都合のいい話だな」
  「これは、交渉だから。ソレスタルビーイングは資材や食料、人員を提供する。その代わり      
  「      原因をソレスタルビーイングに求めるな、と」
  まっすぐ見つめてくるの視線に、ふっとクラウスは溜息を吐いて表情を崩した。

  「・・・分かった。今は、ここを離れることが最優先だからな」
  も、クラウスの言葉に表情を緩めた。
  ロックオンが、まだ納得いかないのだろう、を睨んだまま口を開いた。
  「本当に、あんたじゃないんだろうな?」
  「違う。少なくとも、アタシじゃない・・・ああ、それから、移送中にアロウズから攻撃を受ける可能性は少ないと思う。
   アロウズの優先順位は、カタロンよりもソレスタルビーイングだろうから」
  の言葉に満足したのか、ロックオンも肩を竦めてみせた。

  クラウスが笑みを浮かべた。
  「それじゃぁ、交渉は成立だな。これからは、プライベートトークでいいんだろ?」
  クラウスの言葉に、が若干嫌そうに身構えた。
  構わず、クラウスが感慨深げにを上から下まで改めて眺め、しみじみと呟いた。

  「・・・君は、あの頃からさらに綺麗になったな・・・」
  「・・・・・・なんか、その言い方、親父臭い・・・っていうか、イアンっぽい・・・」
  顔を顰めながら、最後は隣にいるラッセにだけ聞こえるように呟くに、思わず苦笑を浮かべてしまった。
  クラウスが、目ざとくラッセを指して尋ねる。
  「彼は恋人か? お兄さんは知っているのか? それより、お兄さんは君がソレスタルビーイングにいることを知っているのか・・・いや、知っているわけがないか・・・あのお兄さんが許すわけ      
  「何で兄貴にいちいち断らなきゃならんのよ・・・?」
  憮然とするだったが、ラッセの心は躍った。
  (      否定しなかった・・・・・・!!)
  気持ちを確かめ合ったのだから、今更否定されてもラッセの見の置き場がなくなるだけなのだが、純粋に嬉しかった。
  驚きを露ににラッセとを見つめるロックオンの視線にすら幸せを感じたが、情けなく顔が緩まないように表情を引き締めた。

  「まさか、あのお兄さんに、何も言ってないのか・・・・・・?!」
  浮かれ踊る心境のラッセに、クラウスが同情するような視線を送ってきた。
  さすがに浮かれていたラッセも気になって、恐る恐る隣に尋ねた。
  「・・・、兄貴ってのは、前に言ってた・・・・・・?」
  「うん、まぁ、それ・・・・・・・・・」
  言葉を濁すから、クラウスへ視線を移せば、同情するように溜息を吐かれた。
  「気をつけたほうがいい。彼は、まぁ、何と言うか・・・・・・」
  言いかけて、こちらも言葉を濁されてしまった。
  徐々に恐ろしくなり始めたラッセに代わって、興味深深のロックオンが口を挟む。

  「      クラウスが言った"約束"ってのは、何だ?
   クラウスと"女王"は、どんな関係なんだ? やっぱり、男と女の関係ってやつか?」

  最後の方は、ラッセの方を見ながらの明らかな嫌がらせを口にして、にやりとロックオンが笑う。
  先にから聞いておいて良かったと思った。そうでなければ、今頃こんなに平静ではいられなかっただろう。
  顔色を変えなかったラッセに、ロックオンがつまらなそうに笑いを引っ込めた。

  「クラウスは、アタシの命の恩人。そう邪推しないで」
  「そんな大袈裟なものじゃない。俺は、あの時、君を撃てなかっただけだ」
  「結局、そのおかげで今ここにいるんだから、命の恩人じゃない?」
  「・・・そういうふうに大雑把に捉えるところ、確かに君たちは兄妹だ」
  「褒めてないでしょ?」
  「ははは。だが、君が約束を守って、生きていてくれて嬉しいよ」
  「笑って誤魔化したな? ・・・・・・約束は守ったって言うより、結果として守っちゃってる、と言うか・・・・・・」

  「      おい、ちょっと待て! 今の会話、おかしいだろ?!」
  笑って話すとクラウスの会話を、ラッセが止めた。明らかに何かおかしかった気がする。
  (      撃てなかった?!)
  確かにそう聞こえた。
  「ちょっと待てよ・・・、命の恩人って言ってなかったか?」
  ラッセの問いに、が首を捻る。
  代わりに苦笑を浮かべて、クラウスがに確認する。
  「言ってないのか?」
  「あー、うん、まぁ、その・・・・・・・・・言ってません」
  「何故?」
  「えっと・・・その・・・・・・うん・・・・・・ちょっと、メンドクサイから・・・」
  「レジーナ」
  クラウスが咎めるように呼んだ。
  (・・・何だか、珍しいものを見てる気がする・・・・・・)
  罰が悪そうに背を丸めるの隣で、ラッセは思った。
  いつも余裕なが、クラウスの前で悪戯を咎められた子供のように見える。

  気まずそうに視線をさまよわせていただったが、ヘルメットを手に取ると、くるりと踵を返した。

  「とりあえず、交渉は終わったので、アタシはトレミーへ戻ります。それじゃぁ、クラウス、元気で!!」
  「レジーナ!」
  ヘルメットを被って扉を開けて、クラウスの声から逃げるように、が背を丸める。
  「あー、もう! メンドクサイから、クラウスからラッセに説明しといて!!」
  「おい!! !!!」
  ラッセの声も聞こえないふりをして、が扉の向こうへ消えた。


  クラウスが吐いた深い溜息に、何故だかラッセの方が居心地が悪くなる。
  「・・・・・・ライル、あいつを連れ戻して来い」
  「へいへい、了解」
  肩を竦めて出て行くロックオンを見送って、もう一度クラウスが溜息を吐いた。

  「・・・・・・何が訊きたい?」
  その言葉に、ラッセは姿勢を正した。何故だか、試されているような気がした。

  「      いや、必要ない。言いたければ、から話すだろうし、俺もから訊く」

  正直、知りたいとは思った。それを誤魔化すつもりはない。
  だが、知ること以上に、の口から語られることに意味があると思った。

  ラッセの答えに、クラウスが満足そうに笑った。
  「君で良かった」
  そう言って、もう一度満足そうに笑って、クラウスがラッセの肩に手を置いた。

  「      君を脅すわけではないんだが、あのお兄さんは手強いぞ・・・・・・
   『怒りを向ける先が見当たらないから、とりあえず殴っておく』そう言われて殴られたからな・・・
   ・・・・・・・・・あれは、カルチャーショックだった・・・」

  クラウスは溜息をついて、ラッセの肩を同情的に叩いた。
  その時殴られたのか、クラウスは右頬を押さえた。
  思い出したのか、唇を歪ませたクラウスに、ラッセは、ぎこちなく頷いた。クラウスの顔を見る限り、相当痛かったのだろうと想像できた。

  「まぁ、頑張ってくれ・・・それと、俺に言われるまでもないだろうが、死神には渡すなよ? 一応、彼女と約束はしたが、な・・・」
  そう言って、もう一度肩を叩くと、クラウスは爽やかに笑って部屋を出て行った。


  ラッセも、トレミーへ戻ろうと部屋を出たとこに、腕を組んだロックオンが待っていた。
  「あんたの彼女、先に戻ってるとよ」
  ラッセの視線に肩を竦めて、ロックオンが伝えてきた。
  「俺たちも戻るぞ」

  「待てよ」
  背を向けたところで、ロックオンに呼び止められた。<
  「あんた、あんまりにも格好いいこと言ってたからさ、俺の知ってること教えてやるよ」
  訝しげに見るラッセに、ぐっと近寄って、ロックオンが、にやりと笑った。

  「あの女の本当の名前は       レジーナ・       だから、"女王"だそうだ」

  (〈レジーナ〉は〈女王〉・・・だから、を知ってるイアンは"女王"と・・・・・・)
  納得するラッセに、ロックオンはさらに告げる。

  「あの女、メカニックぽいことやってるが、本職は軍人だ・・・・・・AEUの元エースパイロットだぜ」

  「エースパイロット?!」

  思わず声をあげたラッセに、ようやく満足したのか、ロックオンが距離を置いた。
  「ソレスタルビーイングが人員不足ってんなら、あの女だって、戦えばいいのにな?」
  「・・・そういう問題じゃない」
  ロックオンが飄々と肩を竦めた。
  「ま、俺にはどっちだって、いいけどな」
  そう言って歩き出すロックオンの背中を見送りながら、ラッセはもう一度呟いた。

  「・・・そういうことじゃないんだろ、?」
  自分の中にわだかまった思いを抱えたまま、ラッセはトレミーへ戻るべく歩き出した





















  「どこまで、聞いたの?」
  トレミーへ戻ってすぐに、に声をかけられた。
  探るように窺うに、ラッセは首を振った。

  「クラウスってやつが、の兄貴に殴られたってとこだけ、だ」
  「それだけ?!」
  呆れたように声をあげたに、ラッセは苦笑した。
  「・・・それと、イアンがを"女王"って呼ぶ理由が、ファーストネームからだ、ってことぐらいだ」
  「・・・本当に、それだけ?」
  暫く疑わしそうに窺っていただったが、ラッセの表情を見て、溜息を吐いた。
  「・・・・・・それだけなんだ・・・・・・何で、訊いてこなかったわけ? 知りたかったんじゃないの?」
  眉を寄せるに、ラッセは、にやりと笑った。
  「いや、直接から、教えてもらいたいと思ってな」

  瞬間、が嫌そうな顔をした。

  (やっぱり、面倒ってだけじゃないんだろうな・・・・・・)
  「・・・が、話したくなったら、話してくれればいい」
  ラッセの言葉に、が気不味く視線を逸らした。

  「・・・・・・・・・一つだけなら、今、訊いてもいいけど・・・?」
  「それなら      
  一つだけ、というのなら、気になっていることがあった。


  「      クラウスと交わした"約束"ってのは、何なんだ?」


  ラッセの問いに暫し沈黙してから、が緩慢に口を開いた。

  「『自ら死を選ぶな。死んで許される罪も、死んで救われる魂もない。だから、生きろ』って」

  言って、は背を向けた。ゆっくりと歩き出す。

  「・・・・・・別に、約束を守ったわけじゃない・・・結果として、守ってしまっただけ・・・」

  数歩進んで、は振り返った。

  「まぁ・・・ラッセに会えたから、今は生きてて良かったと思ってるけど」
  冗談めかして放たれた言葉に、ラッセは溜息を吐いた。

  歩を進めて、の隣に並ぶ。
  隣から見つめてくるの視線に、もう一度息を吐いて、ラッセは笑った。

  「・・・・・・これからも、そう思ってくれよ?」

  返事の代わりに軽く肩を拳で叩かれた。
  颯爽と歩いていくの後を追って、ラッセも足を踏み出した。








     >> #06−3








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