【独立治安維持部隊の反政府鎮圧作戦に対し、報復かと思われるテロ活動が各地で発生しています      

  照明を落とされた部屋の前で、は表情厳しく扉を睨みつけていた。

  沙慈・クロスロードがトレミーへと戻ってきたことに、一番反応を示したのがだった。
  戻ってくるなり部屋に閉じこもってしまった沙慈が気になるのか、は沙慈のもとを訪れていた。
  その後を追ってきたティエリアだったが、結局は部屋の扉の前で立ち止まっている。


  「・・・・・・ティエリア」

  名を呼ばれた。
  隠れているつもりは無かったので、素直に姿を見せた。

  振り返ったが、ティエリアに問う。
  「・・・・・・教えて。どうして、彼が責任を感じてるの?」
  「この惨状は彼に原因がある。彼の無自覚な悪意が、この結果を招いた」
  驚いたように、の眼が見開かれた。

  隠すつもりは無かった。
  ティエリアは沙慈・クロスロードに対して、怒りの感情を持っていた。
  カタロンに、沙慈を引き渡さなかったのは、余計なトラブルが増えるだけだと考えたからだ。
  沙慈を連れてきたソレスタルビーイングにまで、その責任が問われれば、今後余計な手間が増えるだけだと、作戦行動に支障が出ると判断したからだ。
  ティエリアは、沙慈・クロスロードの無自覚な悪意に対して、強い憤りを感じていた。
  だから、あえてソレスタルビーイングのメンバーにまで、今回の件について隠すつもりは無かった。

  の反応を見れば、具体的な言葉を使わなくても、その意図が伝わったと判断できた。
  つまり、沙慈・クロスロードが、アロウズに情報を漏らした、と      .

  「・・・・・・そう・・・彼が・・・・・・・・・」
  しかし、はティエリアが予想していたのとは、180度違う表情を浮かべた。そこにあったのは、怒りではなく、悲しみだった。

  「・・・同情しているのか? そんな必要はない」
  「・・・・・・同情じゃないわ。後悔よ・・・・・・」
  「あなたに責任はない」
  何故が責任を感じるのか、不可解だった。
  ティエリアの言葉に、は力なく首を振った。
  「いいえ・・・アタシなら、彼の心理を想像できたはず・・・・・・この惨劇を、止められたはず・・・・・・」
  顔を覆って、深く溜息を吐いたを、ティエリアは不思議な思いで見つめていた。

  「・・・あなたの、せいではない」
  もう一度言った言葉に、が悲しく微笑んだ。
  「・・・・・・ありがと、ティエリア・・・」
  「いや・・・今は、カタロンの移送を無事に終えることが、最優先だ」
  「ええ・・・分かってる」
  ティエリアの言葉にが頷いた。

  もう一度、閉じられた部屋の扉へ視線を向けてから、はティエリアとともにブリッジへと向った。





















  「スメラギさんの容態は?」
  医務室から戻ってくるのを待ち焦がれていたアレルヤが尋ねるが、ラッセが首を振った。フェルトの表情も暗い。
  「まだ目覚めていない」
  「もう暫く、安静が必要かも」

  「カタロン側の情報は?」
  ロックオンがミレイナを振り返った。
  「モニターに出します。カタロンさんたちの移送開始は、予定通り1200で行われるです」
  モニターに移された移送の様子を腕を組んで見つめながら、ロックオンは厳しく呟いた。

  「アロウズは来るぜ、間違いなくな」
  「分かっている」
  苛立った様子でティエリアが、ぴしゃりと言い放った。

  「ガンダムを出す」
  「しかし、戦術は? スメラギさんが倒れた、この状況では      
  「      それでも、やるしかないよ」
  刹那の言葉に不安を訴えたアレルヤをが遮った。
  の言葉を肯定するように、ラッセが操縦席に腰を下ろした。

  「トレミーを海岸線に向ける。敵さんに見つけてもらわなきゃな」
  「了解です」
  フェルトとミレイナも自らの座席に腰を下ろす。も操縦席に座った。

  「プトレマイオス、発進」
  「発進後、光学迷彩を解除」
  「監視衛星による捕捉予定時間は、約0037です」
  の言葉に、ミレイナが補足を加える。
  「総員、第一種戦闘態勢」
  「了解」
  トレミーは、ゆっくりとその姿を現しながら、進行を開始した。





















  「      気にしてんのか? あの、沙慈ってやつのこと」
  ラッセの問いに、が視線を向けた。自嘲の笑みを浮かべたが、緩慢に首を横に振る。
  「・・・・・・今は、そんな余裕ないでしょ?」
  のその言い方に、ラッセは苦笑を浮かべた。
  (・・・気にしてる、って言外に言ってるぞ?)
  「確かに、あまり余裕はないな」
  「でしょ? ・・・・・・駄目ね、アタシ。集中しなきゃ」
  そう言って、気合を入れなおすように短く息を吐いて、は視線を前へ戻した。

  (      『シンパシーを感じる』だったか? 前にミレイナが言っていた・・・)
  以前、確かミレイナが、の沙慈・クロスロードに対する感情をそう口にしていた。
  おそらく、何かあるのだろう。がラッセに話していないことが      .
  (・・・いつか、話してくれよ? ・・・・・・)
  ラッセは、視線をの横顔から外し、時間を確認した。


  「・・・そろそろ、こっちに気付いた敵さんがやってくる頃だ。ガンダムを出すぞ」
  「第一、第二デッキ、ハッチオープンです」
  トレミーが、ガンダム発進の準備に入る。

  「刹那、ツインドライブはまだ安定には程遠いから」
  【トランザムは使用するなよ?】
  【了解】
  とイアンの重ねての忠告に、刹那が答える。


  電子音とともに、ラッセの前に通信が開いた。
  モニターに映った人物に、ラッセは思わず驚いた。
  【カタロンの人たちを守るんですよね?! 僕にも、何か手伝わせてください!!】
  何かに追い立てられるように、沙慈・クロスロードが強い口調で訴えてきた。
  (・・・・・・おいおい・・・いきなり何だってんだ?)

  「あなたは、部屋にいて」

  ラッセが何か言うより早く、隣からの冷淡な声がした。
  ラッセが視線を上げれば、硬い表情をしたが、前を見つめたまま口を引き結んでいる。
  【お願いです! 僕にも、出来ることを      
  「駄目!! ・・・・・・あなたは、手を出さないで」
  声を荒げて遮って、すぐにまた感情を押し殺したをちらりと見やってから、ラッセはモニターの中の沙慈に視線を向けた。
  「気持ちだけ、受け取っておくよ」
  そう言って、一方的に通信を切る。

  もう一度、ラッセは、ちらりとを見たが、彼女は唇を噛み締めて前を睨んでいる。
  「      大丈夫か?」
  「平気よ」
  (そうは見えないが・・・・・・)
  ラッセはの横顔から視線を剥がした。とても大丈夫には見えなかった。


  「アロウズと思われるMSの編隊を確認しました」
  「間もなく、戦闘空域に入るです」
  フェルトとミレイナの報告に、ラッセは気を引き締めた。
  (・・・スメラギさん抜きでも、やるしかないっ!!!)

  アロウズの編隊が、次々とガンダム各機に向って攻撃を仕掛けてくる。
  アレルヤと交戦中のアヘッドに加勢しようとした機体に向って、トレミーからの砲撃が放たれる。
  しかし、その攻撃は加勢を留まらせることはできても、撃破するには程遠い、威嚇射撃のようなものだ。

  「オートでの砲撃だと、相手に当たらないです!」
  「くそぅ、リヒティがいてくれれば      
  ラッセは思わず呟いていた。

  「      いいよ、ラッセ。操舵はアタシが引き受ける」

  ラッセは、思わず隣を振り返った。
  が、操縦桿を握り、唇を微笑みの形に歪ませていた。
  「操艦はアタシがやるから、ラッセは砲撃を」
  (任せられるか? ・・・・・・・・・いや駄目だ)
  ラッセは首を横に振った。
  を信用していないわけではない。彼女なら出来るだろう       だが、今は駄目だと思った。
  が本当にAEUのエースパイロットだったとしても、今の状態では駄目だと思った。
  (・・・任せられる精神状態じゃない・・・・・・・)

  「だけど、ラッセ、このままじゃ      
  【俺がサブブリッジに行って、砲撃を担当する!】
  「おやっさん!!?」
  イアンからの通信が響いた。
  【操艦に集中しろ!!】
  「了解!」
  通信を切って、隣を見れば、が唇を噛んで視線を外した。











  「イアンさん!!!」
  背後からかけられた声に、イアンはサブブリッジに向って走っていた足を止めた。
  「僕にも手伝わせてください!」
  沙慈・クロスロードだった。

  「・・・覚悟はあるのか?」
  「あの人たちを守りたいんです!!」

  迷っている暇は無かった。今は、とにかく人手が欲しかった。

  「く・・・分かった、ついて来い!」
  「はいっ!!!!!」
  走り出したイアンの後を追って、沙慈もサブブリッジに向って走り出した。











  【女王、マニュアルをこっちに回せ!】
  砲撃をオートから切り替えながら、は僅かに眉を寄せた。

  「OK、今転送したわ・・・・・・どうして両砲門? イアン一人なら・・・」
  【沙慈・クロスロードにも手伝ってもらう】
  イアンの言葉に、の顔色が変わった。
  「どうしてっ?! 彼に撃たせる気?!!」
  【言い出したのは、奴だ。とにかく今は時間がない!】
  「駄目よ!!! イアン!!!!!!」
  の叫びも虚しく、イアンからの通信は切れた。

  「・・・どうして・・・・・・駄目よ、それだけは、駄目・・・」
  は茫然と呟いた。











  「操作方法は分かったな?」
  イアンの言葉に、沙慈は我に返った。

  操縦桿の、引鉄の感触を確かめる。
  (・・・これで、撃つ・・・・・・・)

  「・・・はい」
  (      違う! 僕は、これでカタロンの人たちを守るんだ!!)
  そう言い聞かせて、沙慈は表情を引き締めた。











  「      、サブブリッジへ行け」

  ラッセの声に、茫然としていたが顔を上げた。
  「ラッセ・・・だけど      
  「操縦は俺に任せろ。気になるんだろ? 沙慈ってやつのことが・・・」
  「・・・彼が撃っては駄目・・・・戻れなくなる・・・・・・」
  血の気の失せた真っ白な顔色で呟くに、ラッセは頷いた。

  「なら、行けよ。止めて来い」

  弾かれたようにがブリッジを飛び出した。











  【敵機が2機、本艦に接近中です!】
  「突撃されたか!!」
  語調を荒げたイアンに、沙慈の体が強張った。

  2機のMSが、砲撃をしながら向ってくる。
  (・・・あれが、敵・・・・・・・・)

  「撃て! 攻撃だ!!!」
  隣から、イアンが怒鳴っている。
  (      撃たなきゃ・・・)
  そう思うのに、引鉄を引く指が戸惑う。

  その間にも、MSはどんどん近づいてくる。
  「何してる?! 撃て!!!」
  隣から、イアンの怒鳴り声が聞こえる。
  (・・・そうだ、撃たないと・・・)
  そう思うのに、人差し指が躊躇する。

  MSが接近してくる。
  「どうした?!! 早く!!!!!」
  隣から、イアンの叫ぶ声が聞こえる。
  (・・・撃たなきゃ、カタロンの人たちを守るために・・・僕は・・・・・・)
  人差し指が沙慈の心に忠実に、引鉄を引くのを躊躇っている。

  接近したMSが構える銃の、その銃口が鮮明に見えた。

  「・・・来るなぁ、来ないでくれ!!!僕は      
  (      僕は・・・撃ちたくなんかないっ!!!)
  ついに沙慈は目を閉じて、敵から顔を背けた。

  敵のMSが引鉄を引こうとするのが見えた気がした。

  「僕はっ!!!!!!!!!!!」
  叫びながら、人差し指に力が入るのを感じた。

  どこか遠くで、誰かの止める声を、そんな幻聴を聴いたような気がした。
















Photo by Microbiz

ブラウザバックでお願いします。