誰もしばらくは、言葉を発せなかった。
足元に映し出される、カタロンの基地だった施設の惨状を誰もが痛ましげに見つめていた。
すでに太陽が去った砂漠は夜の冷たさに包まれ、悲しみを増幅させている。
壊滅した基地、負傷者を運ぶ人々、そしてもう動くことのない仲間たち 闇に溶け込むように、真っ黒なビニールシートに包まれた遺体が、数え切れないほどに並んでいる。
「・・・・・・こいつは・・・・・・・・・これがやつらのやり方かっ・・・!」
呟くラッセの横で、イアンもやり場のない怒りを押し殺している。
「アロウズめ・・・!!!」
唇を噛んで呻いたイアンに、我に返ったフェルトがそっと隣にいるミレイナの背を押した。
「・・・ミレイナは見ちゃ駄目・・・」
そう言ってミレイナを連れて部屋を出て行く。
は黙って惨状を見下ろしていた。
今もまた、仲間の遺体をビニールシートで包みながら、鎮魂の祈りが捧げられている。祈りを唱える男の肩が震えている。
視界の片隅で、人影がぐらついた。
スメラギが膝から、ふらりと崩れ落ちた。
「おい、どうした?! スメラギさん! スメラギさん!!!」
慌てて駆け寄ったイアンとラッセが倒れたスメラギに声をかけている。
「・・・・・・・・・スメラギさんを医務室へ」
そう言って、映像を消した。室内は殺風景な白い色に包まれる。
(・・・・・・・・・アタシも、気を失えたら良かったのに・・・・・・)
ラッセに運ばれていくスメラギを見て、そう思った自分に嫌気がした。
(・・・でも無理ね・・・・・・アタシは見飽きるほどに見てきたから・・・)
部屋を出るときに、今はもう何も映していない白い床を振り返った。
何でも映し出すくせに、今は澄ましたように全てを撥ね返しているその様を、まるで自分のようだと、そう思っては自嘲の笑みを浮かべた。
「精神的ショックによる一時的な意識の混濁のようです。時間が経てば、目が覚めると思いますが・・・」
治療用カプセルの中に横たわるスメラギの様子をモニターで見ながら、フェルトが心配そうに説明した。
「いったいスメラギさんに何が・・・・・・?」
腕を組んで呟いたラッセに、イアンも肩を落とす。
「分からん・・・だが、今回の虐殺事件が原因であるのは間違いないな」
電子音が鳴り、通信が入ったことを伝えた。
【おい、どうすんだよ?! ソレスタルビーイングが情報流したんじゃないかって、こっちは大変なことになってるぞ?!】
ロックオンの言葉に、フェルトが困ったように背後を振り返った。
「・・・どうしますか? スメラギさんがこんな状態では・・・・・・」
「どうするって言っても・・・なぁ?」
イアンがラッセへ視線を向けて、困ったように溜息を吐いた。
スメラギが倒れた今、作戦行動は立てられない。最善の策を求めて、顔を見合わせるしかない。
「・・・とりあえず、ここを離れた方がいいでしょうね。アタシたちも、カタロンも・・・・・・」
今まで黙ってやり取りを聞いていたが、口を挟んだ。
「カタロンが基地を離れるための資材や食料、護送の人員なんかは、手配できる?」
の問いに、フェルトが首を縦に振る。
「はい、エージェントに依頼すれば、何とかなると思います」
「じゃぁ、連絡をお願いできる?」
「分かりました」
フェルトに微笑んで、は組んでいた腕を解いた。
「・・・さてと。それじゃぁ、カタロンに説明に行かなきゃね」
「おい、まさか、"女王"が行く気か?!!」
イアンの言葉に、が溜息を吐いた。
「・・・知り合いがカタロンにいるみたいだし、そっちに挨拶がてら、今回のことも話してくるよ」
「お前、顔を晒す気か?!!! 駄目だ、バレるぞ!!!!」
イアンの剣幕に、が眉を顰めた。
「大丈夫よ・・・ヘルメットでも被っていけば。そういうことだから、ロックオン、クラウス・グラードだけを呼んでもらえる?」
【分かった・・・・・・ただし、俺も同席するぜ?】
「なら、俺もだ」
突然割って入ったラッセの言葉に、イアンが驚いた顔をする。
「お前たち・・・・・・物好きなやつらだ。勝手にしろ!!」
そう言って呆れたように天を仰いだイアンに、ラッセは苦笑を浮かべた。隣にいるに笑いかける。
「別に、構わないだろ?」
「ラッセの望むままに」
は肩を竦めて答えた。
パイロットスーツを着込んだと連れ立って、ラッセはトレミーを後にした。
「・・・・・・スメラギさんが気になる?」
ちらりと後ろを振り返ったラッセに、が尋ねてきた。
「まぁな・・・・・・は心配じゃないのか?」
「アタシは 」
微かに苦笑が漏れた。
「 心配できる立場じゃないから」
「どういう意味だ?」
「・・・・・・・・・多分、スメラギさんが倒れた原因は、アタシのせいでもあるから・・・」
それだけ言うと、はラッセを置いてさっさと歩き出した。
ヘルメットに隠れて、の表情はラッセには読み取れなかった。
狭い通路に、その音はよく響いた。
「何という、何という愚かなことを 」
沙慈の左頬を張った手をそのままに、ティエリアが表情を厳しくする。
沙慈は視線を外して、肩を震わせて呟いた。
「・・・・・・こんなことになるなんて、思ってなかった。僕は、戦いから逃れたかっただけで・・・こんなことに 」
「彼らの命を奪ったのは君だ!」
言い訳を口にする沙慈に、ティエリアは思わず語調を荒げた。息を呑んだ沙慈に、ティエリアは容赦しない。
「君の愚かな振る舞いだ! 自分は違う、自分には関係ない、違う世界の出来事だ そういう現実から目を背ける行為が、無自覚な悪意となり、このような結果を招く!!!」
「僕は、そんなつもりじゃ・・・・・・」
ついに沙慈は膝を折り、床に手をついた。
「ティエリア」
かけられた声に振り返れば、アザディスタンから戻ってきたのだろう、刹那が立っていた。
「どういうことだ、あれは?」
カタロンの基地の惨状を尋ねる刹那に、ティエリアは視線で指し示した。
「アロウズの仕業だ。そして、その原因は彼にある」
「沙慈・クロスロード・・・・・・」
茫然と呟かれた自分の名前に、沙慈は嗚咽を漏らした。
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