「あ〜あ、留守番なんてツマンナイです」
ぼやくミレイナに、フェルトが苦笑した。
「そう言わないで。プトレマイオスの補修に、アロウズの新型MSの検証、ダブルオーのツインドライブの調整・・・やることがいっぱいあるのよ」
作業の手を止めフェルトが、ミレイナを諭すように言う。
「分かってますけど、ぷーぷーです。ん〜」
ミレイナが頬を膨らませる。
海底で待機しているトレミーに残っているのは、今ブリッジにいるラッセ、フェルト、、ミレイナの4人と、格納庫で補修作業をしているイアンだけだ。
沙慈やマリナを含めた他のメンバーは、中東ルブアルハリ砂漠にあるカタロンの基地へ出向いている。
頬を膨らませたままのミレイナに、が席を立った。
「・・・珈琲でも淹れようか? 甘いお菓子もあったと思うから、ミレイナも手伝って」
「わ〜い!!! さん、気が利くです!」
ころっと笑顔になったミレイナにも苦笑を浮かべた。
二人が連れ立ってブリッジを出て行くのを見送り、再び作業に戻ろうとして、ラッセはフェルトの視線に気がついた。
「どうした?」
「ラッセさん・・・・・・」
フェルトが真っ直ぐにラッセを見つめていた。
「気付いてますよね? さん、何か悩んでます」
「・・・・・・どうして、それを俺に?」
「・・・私が訊いても駄目でした。教えてくれませんでした・・・でも、ラッセさんなら 」
「・・・・・・・・・どうして、そう思うんだ?」
フェルトは、小さく微笑んだ。
「さんにとって、ラッセさんは特別なんです。見ていて分かります。
・・・ラッセさんも、本当は分かっているんじゃないですか?」
ラッセはしばらくフェルトを見つめていたが、息を吐いて腰を上げた。
「・・・・・・悪いが、ちょっと出てくる。何かあったら、構わず呼んでくれ」
「はい」
ラッセの背中がブリッジから出て行くのを見送って、フェルトは自嘲気味に笑った。
「・・・少しだけ、さんが羨ましいな・・・」
「 ・・・」
声をかけようとして、躊躇った。
湯気の立つカップを両手で抱えて、ぼんやりと海中を眺めているが酷く頼りなげに見えたからだ。
ブリッジを出たラッセは、とミレイナを追った。
どうやってと二人になろうかと悩んでいたラッセは肩透かしを喰らった。途中でミレイナ一人がブリッジへ戻ってくるのと出会ったからだ。
三人分の飲み物とチョコレートが乗ったトレーを運ぶミレイナに尋ねれば、はイアンにも珈琲を届けに行ったと言う。
が、格納庫に顔を出せば、イアンはすでにが珈琲を置いて去ったと言う。
途中ですれ違わなかったのだから、ブリッジには戻っていないはずだと見当をつけ、トレミー内をの姿を探して歩いた。
そして 見つけたは、らしくない物憂げな表情で、ラッセに気付くこともなく暗い海底を見つめていた。
「・・・・・・ラッセ?」
どうやって声をかけたものか躊躇していたラッセに、が緩慢に振り返った。
「・・・どうした?」
結局、ラッセはそう尋ねた。そう訊く以外に、どう声をかければいいか分からなかった。
「・・・・・・ごめん、ラッセ・・・・・・アタシ、分かんなくなっちゃった・・・・・・」
そう言って、が悲しげに微笑んだ。
「・・・どうしたんだ、いったい?」
「『思った通りにやる』ってアタシ、言ったばかりだったのに・・・・・・」
が笑みを消して、視線を落とした。
「・・・"思った通り"って アタシ、本当はどう"思って"るんだろう、って・・・
・・・・・・本当は、どうしたいんだろう、って・・・・・・・・・・・・もう、分かんないよ・・・・・・」
「・・・何か、あったのか?」
は首を横に振った。
「違う・・・関係ない・・・・・・アタシが、迷ってるだけ・・・・・・」
ラッセは、呟くの肩に、そっと触れた。
一瞬体を硬くして、が視線を上げた。
「ねぇ・・・・・・アタシ、どうしたらいい? どうしたらいいの? ラッセ・・・・・・」
アメジスト色の瞳が濡れていた。
「アタシ、ソレスタルビーイングが、トレミーが、ここが気に入ってる・・・好きなんだ。だから、アタシ、ここにいたい・・・
・・・・・・まだ、ソレスタルビーイングにいたい だけど・・・・・・」
言いながら、は両手で顔を覆った。
ラッセは思わずその体を抱きしめた。
その存在感からしたら、その体は随分華奢に感じた。
「いればいいだろう!? が望むなら、ここにいればいい!!」
が否定するかのように首を動かした。
「駄目だよ・・・だって、アタシは 」
言いかけて、戸惑うようにが言葉を切った。
その髪を撫でれば、腕の中でが洟をすすった。
「この先もソレスタルビーイングにいればいい・・・それで、いいじゃないか?」
腕の中で、嗚咽が漏れた。
「なぁ・・・、いてくれよ、ここに 俺の傍に」
声をあげて泣き出したを抱きしめた。
縋るようにの手が、ラッセの胸に伸びる。
「そうしたい!! そうしたい・・・・・・だけど!! アタシは !!!
どちらを選んでも、後悔する生き方なんて、もう耐えられない!!」
泣きながら、が叫ぶ。
ラッセは、その体を黙って抱きしめた。
「後悔するって、耐えられないって、知ってるのに!! だけど、アタシ、アタシは 」
しゃくりあげながら、が、ラッセを見上げた。
「・・・・・・ねぇ、ラッセ、それでも・・・そんなアタシでも ラッセの傍にいてもいい?」
が何を恐がっているのか、自分はきっと半分も理解出来てない。
だけど、迷いはなかった。迷う理由なんてなかった。
「ああ、頼む、。俺の傍にいてくれ」
が、傍にいたい、と言った。
それだけで、よかった。それだけで、満ちた。
怯えたようにラッセを見つめていたの瞳から、新たな涙が頬を伝った。
「 ラッセ・・・ラッセ、ありがとう・・・・・・ごめんなさい、ごめんなさいラッセ・・・・・・」
名前を繰り返し呼びながら、縋るように顔を埋めて泣くを、ラッセは壊れもののように抱きしめた。
「謝るなよ、・・・・・・」
泣き続けるをあやすように、その背を優しく包み込んだ。
腕の中にあるその柔らかな金の髪に唇を落として、告げる。
「俺は、が好きだ・・・愛してる、」
弾かれたように顔を上げたの、泣き濡れたアメジストを真っ直ぐに見つめた。
言葉よりも、この気持ちを雄弁に伝えられると思った。
ラッセをじっと見つめていた瞳が、切なげに微笑んだ。
「・・・アタシも、ラッセのこと愛してる」
そう告げた唇に、そっと唇で答えた。
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