「兄さんのようにはいかないな・・・」
シミュレーションでの命中率は78% 分かってはいたがこの結果に軽く溜息を吐いて、ロックオンは自分を見ている視線に気がついた。
「よぅ、どうかした?」
「うぅん、何でも・・・・・・」
慌てて首を横に振り、背中を向けた少女に近づく。
「・・・フェルトって言ったよな? 君の視線、よく感じるんだけど、何で?」
びくりと肩を震わせて、顔を背ける少女を覗き込むようにして尋ねる。
「そんなこと・・・・・・」
「フェルト、ロックオン好キ。フェルト、ロックオン好キ」
「ハ、ハロ!!!!!!」
隣で跳ねるハロに向って声を上げる少女の背中を見つめる。
( なるほど、そういうことか・・・・・・)
「俺は、兄さんじゃない」
瞳を伏せたままの少女に向って告げる。
必要以上に酷薄に聞こえないように注意した。
「・・・・・・分かってる・・・うん、分かってる」
まるで自分自身に言い聞かせるように呟く少女に、手を伸ばす。
「あんたが、それでもいいって言うんなら 」
少女の顎を上げて顔を近づける。
「 付き合うけど?」
触れるだけのキス .
「その気があるなら、後で部屋 」
最後まで言うことは出来なかった。
涙を流しながら走り去る少女の後姿を追いかけるように、ハロが跳ねている。
予想していた以上に、少女の翻した右手は痛かった。避けなかった自分に拍手したいくらいだ。
「覗き見なんて、趣味が悪いぜ?」
少女が出て行ったのとは別の入り口、開いたままの扉に向って声をかければ、一拍置いて淡い金色の髪が現れた。
「そっちこそ、女の子泣かすのは、あまりいい趣味とは思えないけど?」
どこか怒ったように告げられる言葉に、怒りたいのはこっちだと毒づきたくなる。
「気付かせてやったんだ・・・比較されたら堪らんだろう」
「・・・・・・ふ〜ん、勝手な理屈ね」
そう言ってこちらを見つめる冷えた紫の瞳に、神経が逆撫でされる気がした。
(・・・・・・・・・嫌な目しやがって・・・)
不意に湧き上がった衝動に、感情を任せてしまいたい気持ちになる。
自分を見つめ続ける瞳に向って足を踏み出した。
「・・・・・・・・・そういえばさぁ、俺、一つ気付いちゃったことがあるんだよねぇ・・・・・・」
近づきながら、変わらず見つめ続ける瞳に向って、唇を吊り上げてみせる。
「・・・・・・やっぱり特徴的だよな? その瞳も、髪も・・・」
手が届く距離まで詰め寄って、足を止める。
自分を見上げる紫の鋭い瞳に、酷薄に笑みを浮かべてみせる。
「AEUのエースが、ソレスタルビーイングにいる理由が分かんないんだけど?」
鋭さを増した紫の瞳に、一瞬身を引きそうになるのを堪えた。
「・・・・・・何のことかしら?」
「元AEUか? ・・・何年か前、俺と同年代でエースになった女性兵士がいただろ?
美人だったし、話題性もあったから、マスコミにも取り上げられたりしてた・・・・・・」
ぐっと顔を近づけてやる。
「あんたに、そっくりなんだけど? その元AEUエースの女性兵士に 」
「たまに言われるわ、それ」
そう言って、瞳の鋭さはそのままに、女は唇を吊り上げた。
「・・・・・・アタシも一つ、知ってるんだけど・・・"ジーン1"だったかしら? あなたのもう一つの名前」
告げられた言葉に、とっさに距離をとっていた。
( 何で、俺のカタロンのコードネームを!?)
互いに睨み合う。
「・・・・・・何処で聞いた?」
「教える気はないわ・・・・・・あなたが言わなければ、アタシも言う気はない」
(・・・信用できるか?)
「信用しなくていいわよ」
ぎくりとした。
どんなに虚勢を張ったところで、この女には全て見透かされているような気がした。
「お互い、上手くやりましょうよ? お互い、目的があってココにいるんだろうし?」
(こいつ・・・・・・?!)
そう言って笑いながらも紫の瞳が笑っていないことに気付いたロックオンの背中を冷たい汗が伝っていった。
「・・・・・・あのぅ、いいんですか? こんな秘密事項、僕に見せちゃって・・・・・・」
沙慈はおずおずと運んできた工具を置いて、プトレマイオスUのエンジン修理をするイアンの横に膝をついた。
イアンは「別に構わんさ」と簡単に言う。
そんな簡単なものではないと思うのだが、イアンは気にしていないようだ。
「人手が足りないんだ。宇宙技師の2種免、持ってるんだろ?」
「ええ、まぁ・・・」
「それにな、働かざる物食うべからずってな」
イアンの言葉に沙慈は苦笑を浮かべた。
「分かりましたよ、えっと・・・・・・」
「イアンだ」
出された手に、沙慈も手を差し出す。
沙慈の手を軽く叩き「イアン・ヴァスティ」と言って修理に戻っていく。
この人にも、訊いてみたいと思った。
「・・・・・・イアンさん、あなたはどうして、ここにいるんですか?」
訊いてどうするのか、何か変わるのか、自分の中で答えが出るのか、そんなことは分からない。
先に・に尋ねたときには、何だか答えをはぐらかされたような気がした。
だから、もう一度、このイアン・ヴァスティという人の答えを訊いてみたいと思った。
イアンは修理を続けながら、口を開いた。
「嫌というほど戦場を見てきて、戦争を無くしたいと思ったからだ。ここにいる連中も同じだ。
戦場の最前線へ送られた者、軍に体を改造された者、家族をテロで喪った者、ゲリラに仕立て上げられた者、戦うことを強いられた者・・・・・・みんな戦争で大切なものを失っている。世界には、そういう現実があるんだ」
「でも・・・・・・」
そう言ったものの、沙慈自身も、何が言いたかったのか分からない。
言い訳なのか、反論なのか、言葉は続けられなかった。
「罰は受ける。戦争を無くしてからな・・・・・・」
作業の手を止めて体を起こし、沙慈を見つめる瞳はとても強くて、何も言うことができなかった。
「戦う理由・・・・・・昔なら、否定していただろうな」
扉の外で、自嘲の笑みを浮かべてティエリアが、ひっそりと呟いていた。
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