「やはり、あなたは有名人のようだ」

  トレミーは、ラグランジュ1の資源衛星群にある秘密ドックに戻ってきていた。

  「先程スメラギ・李・ノリエガに君のことを訊かれた。その前は、刹那にも      
  淡々とダブルオーのシステム点検を続けるの背中に、ティエリアは声をかける。

  「      君は何者だ、と」

  「それで? ティエリアは何て答えてくれたのかしら?」
  モニターから目を離さず、が興味なさそうに尋ねた。

  「は、それ以外の何者でもない、と」

  肩を竦めてティエリアは答えた。
  「スメラギ・李・ノリエガには、どういうつもりか、とも訊かれたよ」
  「・・・・・・それで?」
  今度はさっきよりも興味を示したようだ。ティエリアはうっすらと笑みを浮かべた。
  「ソレスタルビーイングは人手不足だから、と」
  が声を上げて笑った。

  は手を止めてティエリアを振り返った。
  「・・・・・・で? ソレスタルビーイングの人手不足は解消出来そう?」
  挑発的に吊り上げられた口元を眺めながら、ティエリアは緩慢に首を振った。
  「まだ充分とは言い難い・・・・・・このままでは"女王"が必要になるだろう」


  「・・・・・・"女王"は戻らない」
  「本当に?」


  互いの視線がぶつかる。
  どちらももう笑っていない。


  数瞬の沈黙。


  先に視線を逸らしたのは、の方だった。
  「・・・・・・・・・まだ・・・その時じゃない・・・それに、必要なくなる可能性だってある」
  「僕もそう願う」
  ティエリアの言葉に、今度はが肩を竦めてみせた。

  「でいられるうちは、でいさせてもらうわよ?」
  「構わない。それが、君が出した条件なのだから」
  そう言って、ティエリアは笑みを浮かべて頷いた。











#03 アレルヤ奪還作戦











  「ミレイナ、アリオスとケルディムの収容は?」
  「終わってるです!」
  ミレイナの元気な声が返ってきた。

  ラッセは、今度はイアンに向けて口を開いた。
  「・・・・・・スメラギさんは、何してる?」
  「部屋に閉じこもったままだ」
  イアンの返答に、ミレイナが落胆の表情を浮かべる。間違いなく、自分もそんな顔をしているだろう。
  「ソレスタルビーイングに戻ったわけじゃないと言い張ってな・・・・・・」
  (・・・スメラギさんに、訊いてみようと思ってたんだがな・・・やっぱり無理か・・・・・・)

  先日、スメラギは明らかにを見て動揺していた。
  他のクルーも、ロックオンに瓜二つの弟の登場に驚きを隠せずにいたが      .
  (・・・スメラギさんとは、おそらく互いを知っている・・・・・・)

  は自分自身のことをほとんど話さない。
  が自ら話さないのであれば知られたくないのだろうと、そう思って今までいたのだが      .

  (気になる・・・)

  にそれとなく尋ねてみたことはあったが、さらりとかわされた。
  のことを何か知っているらしいイアンには、自分が言うことではないからと断られた。
  それと、もう一人      .
  (ティエリアなら、何か知っているのかもしれないが・・・・・・)
  あのティエリアがそう簡単に個人情報を公開するとは思えない。
  そうなると、ラッセがのことを訊ける人間は、スメラギだけになってしまう。
  だが、そのスメラギも、現在部屋に篭城中となれば、聞き出すことも難しい。

  ラッセは溜息を吐いた。
  ブリッジを見渡して、フェルトとがいないことを改めて確認する。

  「フェルトは?」
  「新しいストラトスさんの様子を見に行ったです」
  ミレイナの返答にラッセは、ライルを呆然と見つめていたフェルトを思い出した。
  フェルトにとって、ロックオンは兄のような存在だったのだろうか・・・彼と瓜二つのライルが気になっているのだろう。

  「・・・は?」
  「女王なら、あのプラウドで保護した沙慈とかいうやつのとこだ」
  イアンの返答にラッセは、しばらく固まった。

  「・・・・・・・・・なんで、そんなところへ?」
  「さあな」
  イアンの返答はそっけなかった。
  イアンも知らないということだろうか・・・別段用事もないはずだし、接点も特にないと思っていたのだが、それはラッセの思い違いだったのだろうか・・・首を捻るラッセの後ろで、ミレイナが無邪気に笑った。

  「彼にシンパシーを感じるって、さん言ってたです! それを確かめに行ったんだと思うです!!」
  ミレイナの言葉に、ラッセは、がつんと衝撃を受けて暫し思考停止した。
  (・・・・・・どういう、ことだ? 何故・・・・・・)
  ラッセの疑問に答える人間はおらず、ラッセは落ち着かない気持ちで、ここにいないのことを想った。





















        憎まれて当たり前のことをしたんだ!」
  沙慈・クロスロードは、目の前にいる刹那を睨んだ。

  「世界は、平和だったのに・・・当たり前の日々が続くはずだったのに・・・!!
  そんな僕の平和を壊したのは君たちだ!!」

  声を荒げた沙慈を静かに見つめたまま、刹那は口を開いた。

  「自分だけ平和なら、それでいいのか」

  刹那のその言葉に、沙慈は目を見開いた。

  刹那にとって、世界はいつだって平和ではなかった。
  世界はいつだって争ってばかりだった。

  沙慈を責めるつもりはなかった。
  だが、その言葉が思いの外、沙慈には響いたのかもしれない。
  沙慈は首に下げた指輪を握り締め、言い訳するように呟いた。

  「そうじゃない・・・でも、誰だって不幸になりたくないさ・・・」

  重苦しい沈黙が部屋に流れる。


  刹那は、息を吐き扉へ向った。
  「・・・いつまでそこで隠れているつもりだ?」
  「え?」
  顔を上げた沙慈には構わず、刹那は部屋の扉を開いた。


  「・・・いや、何か、入り辛い雰囲気だったから、思わず」
  開いた扉の前に、苦笑いを浮かべたがいた。

  いつからいたのか、何のつもりなのか、思索する刹那に構わず、は沙慈に向って、にっこりと微笑んだ。
  その笑顔に、思わず見惚れた沙慈が慌てて目を逸らす。

  「こんなとこに閉じ込めて、ごめんなさいね。沙慈くんの言うことも、もっともだと思う」
  (・・・・・・相変わらず、嫌な目だ・・・)
  完璧に美しく微笑んでいるのに、その瞳は笑っていない。
  を視界の隅で警戒しながら、刹那は黙って二人のやり取りを見つめることにした。

  「・・・・・・あなただって、ソレスタルビーイングの一員じゃないか・・・」
  「そうね。最近入ったばかりの新人だけど、そんなことは関係ないものね?」
  見惚れていたことを誤魔化すように呟かれた沙慈の言葉に、は頷く。

  「ソレスタルビーイングのこと、許せないって言う、沙慈くんの気持ちを否定するつもりはないわ。
   許されることじゃないもの・・・やっていきたことの咎は受けなきゃいけない。
   でも、誰だって、他人を不幸にしたくないわ。それは、ソレスタルビーイングだって同じよ?」

  沙慈は黙って、の言葉を聞いている。

  「沙慈くんには、辛い思いをさせてしまったわ、ごめんなさい。
   ・・・・・・謝って済むことじゃないのは分かってるつもり。それでも、謝りたかったの」
  「・・・・・・・・・もう、いいですから・・・」
  「ありがとう」
  そう言って、は"笑顔"を浮かべた。


  「      あの、あなたは?」
  「よ。しばらくの間だけど、よろしくね、沙慈くん」
  扉を閉める前に、はもう一度、沙慈に向って微笑んでみせた。


  「・・・・・・上手いものだ」
  「ありがと。褒め言葉と受け取るわよ?」
  沙慈・クロスロードがいる部屋から少し離れたところで、刹那は前を歩くに声をかけた。
  感情を激高させた沙慈を宥めた。なかなかの手腕だった。

  「・・・捕虜の懐柔方法は、どこで覚えたんだ?」

  ゆっくりと足を止めたが振り返る。
  その顔に、笑みは浮かんでいなかった。

  「あれは、捕虜を懐柔させるための方法の一つだ・・・なかなか有効な手だ」
  「へぇ・・・そうなんだ・・・・・・」
  刹那と正面から向かい合う。

  黙ったままの刹那を見つめる紫色の瞳が不意に翳った。


  「・・・身を持って、知ってるだけよ・・・・・・」
  (     なんだ、こいつ・・・・・・・・・?)
  目を見開いた刹那に構わず、は背を向けた。

  再び歩き出しながら、は刹那に聞かせるためではなく、何かを思い出すかのように呟いた。

  「・・・誰だって不幸にはなりたくない、か・・・・・・だけど、人は自分だけ幸せでも、それを享受してしまえる、悲しい生き物・・・少なくとも、アタシはそう知っている・・・・・・・・・」

  (・・・俺と同じだ・・・・・・あの目は、俺と同じものを見ていた・・・・・・・・・)
  意味の分からないことを呟いて遠ざかるの背中を、刹那は茫然と見送った。








     >> #03−2 ・ real feeling








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