「やはり、あなたは有名人のようだ」
トレミーは、ラグランジュ1の資源衛星群にある秘密ドックに戻ってきていた。
「先程スメラギ・李・ノリエガに君のことを訊かれた。その前は、刹那にも 」
淡々とダブルオーのシステム点検を続けるの背中に、ティエリアは声をかける。
「 君は何者だ、と」
「それで? ティエリアは何て答えてくれたのかしら?」
モニターから目を離さず、が興味なさそうに尋ねた。
「・は、それ以外の何者でもない、と」
肩を竦めてティエリアは答えた。
「スメラギ・李・ノリエガには、どういうつもりか、とも訊かれたよ」
「・・・・・・それで?」
今度はさっきよりも興味を示したようだ。ティエリアはうっすらと笑みを浮かべた。
「ソレスタルビーイングは人手不足だから、と」
が声を上げて笑った。
は手を止めてティエリアを振り返った。
「・・・・・・で? ソレスタルビーイングの人手不足は解消出来そう?」
挑発的に吊り上げられた口元を眺めながら、ティエリアは緩慢に首を振った。
「まだ充分とは言い難い・・・・・・このままでは"女王"が必要になるだろう」
「・・・・・・"女王"は戻らない」
「本当に?」
互いの視線がぶつかる。
どちらももう笑っていない。
数瞬の沈黙。
先に視線を逸らしたのは、の方だった。
「・・・・・・・・・まだ・・・その時じゃない・・・それに、必要なくなる可能性だってある」
「僕もそう願う」
ティエリアの言葉に、今度はが肩を竦めてみせた。
「・でいられるうちは、・でいさせてもらうわよ?」
「構わない。それが・、君が出した条件なのだから」
そう言って、ティエリアは笑みを浮かべて頷いた。
「ミレイナ、アリオスとケルディムの収容は?」
「終わってるです!」
ミレイナの元気な声が返ってきた。
ラッセは、今度はイアンに向けて口を開いた。
「・・・・・・スメラギさんは、何してる?」
「部屋に閉じこもったままだ」
イアンの返答に、ミレイナが落胆の表情を浮かべる。間違いなく、自分もそんな顔をしているだろう。
「ソレスタルビーイングに戻ったわけじゃないと言い張ってな・・・・・・」
(・・・スメラギさんに、訊いてみようと思ってたんだがな・・・やっぱり無理か・・・・・・)
先日、スメラギは明らかにを見て動揺していた。
他のクルーも、ロックオンに瓜二つの弟の登場に驚きを隠せずにいたが .
(・・・スメラギさんとは、おそらく互いを知っている・・・・・・)
は自分自身のことをほとんど話さない。
が自ら話さないのであれば知られたくないのだろうと、そう思って今までいたのだが .
(気になる・・・)
にそれとなく尋ねてみたことはあったが、さらりとかわされた。
のことを何か知っているらしいイアンには、自分が言うことではないからと断られた。
それと、もう一人 .
(ティエリアなら、何か知っているのかもしれないが・・・・・・)
あのティエリアがそう簡単に個人情報を公開するとは思えない。
そうなると、ラッセがのことを訊ける人間は、スメラギだけになってしまう。
だが、そのスメラギも、現在部屋に篭城中となれば、聞き出すことも難しい。
ラッセは溜息を吐いた。
ブリッジを見渡して、フェルトとがいないことを改めて確認する。
「フェルトは?」
「新しいストラトスさんの様子を見に行ったです」
ミレイナの返答にラッセは、ライルを呆然と見つめていたフェルトを思い出した。
フェルトにとって、ロックオンは兄のような存在だったのだろうか・・・彼と瓜二つのライルが気になっているのだろう。
「・・・は?」
「女王なら、あのプラウドで保護した沙慈とかいうやつのとこだ」
イアンの返答にラッセは、しばらく固まった。
「・・・・・・・・・なんで、そんなところへ?」
「さあな」
イアンの返答はそっけなかった。
イアンも知らないということだろうか・・・別段用事もないはずだし、接点も特にないと思っていたのだが、それはラッセの思い違いだったのだろうか・・・首を捻るラッセの後ろで、ミレイナが無邪気に笑った。
「彼にシンパシーを感じるって、さん言ってたです! それを確かめに行ったんだと思うです!!」
ミレイナの言葉に、ラッセは、がつんと衝撃を受けて暫し思考停止した。
(・・・・・・どういう、ことだ? 何故・・・・・・)
ラッセの疑問に答える人間はおらず、ラッセは落ち着かない気持ちで、ここにいないのことを想った。
「 憎まれて当たり前のことをしたんだ!」
沙慈・クロスロードは、目の前にいる刹那を睨んだ。
「世界は、平和だったのに・・・当たり前の日々が続くはずだったのに・・・!!
そんな僕の平和を壊したのは君たちだ!!」
声を荒げた沙慈を静かに見つめたまま、刹那は口を開いた。
「自分だけ平和なら、それでいいのか」
刹那のその言葉に、沙慈は目を見開いた。
刹那にとって、世界はいつだって平和ではなかった。
世界はいつだって争ってばかりだった。
沙慈を責めるつもりはなかった。
だが、その言葉が思いの外、沙慈には響いたのかもしれない。
沙慈は首に下げた指輪を握り締め、言い訳するように呟いた。
「そうじゃない・・・でも、誰だって不幸になりたくないさ・・・」
重苦しい沈黙が部屋に流れる。
刹那は、息を吐き扉へ向った。
「・・・いつまでそこで隠れているつもりだ?」
「え?」
顔を上げた沙慈には構わず、刹那は部屋の扉を開いた。
「・・・いや、何か、入り辛い雰囲気だったから、思わず」
開いた扉の前に、苦笑いを浮かべたがいた。
いつからいたのか、何のつもりなのか、思索する刹那に構わず、は沙慈に向って、にっこりと微笑んだ。
その笑顔に、思わず見惚れた沙慈が慌てて目を逸らす。
「こんなとこに閉じ込めて、ごめんなさいね。沙慈くんの言うことも、もっともだと思う」
(・・・・・・相変わらず、嫌な目だ・・・)
完璧に美しく微笑んでいるのに、その瞳は笑っていない。
を視界の隅で警戒しながら、刹那は黙って二人のやり取りを見つめることにした。
「・・・・・・あなただって、ソレスタルビーイングの一員じゃないか・・・」
「そうね。最近入ったばかりの新人だけど、そんなことは関係ないものね?」
見惚れていたことを誤魔化すように呟かれた沙慈の言葉に、は頷く。
「ソレスタルビーイングのこと、許せないって言う、沙慈くんの気持ちを否定するつもりはないわ。
許されることじゃないもの・・・やっていきたことの咎は受けなきゃいけない。
でも、誰だって、他人を不幸にしたくないわ。それは、ソレスタルビーイングだって同じよ?」
沙慈は黙って、の言葉を聞いている。
「沙慈くんには、辛い思いをさせてしまったわ、ごめんなさい。
・・・・・・謝って済むことじゃないのは分かってるつもり。それでも、謝りたかったの」
「・・・・・・・・・もう、いいですから・・・」
「ありがとう」
そう言って、は"笑顔"を浮かべた。
「 あの、あなたは?」
「・よ。しばらくの間だけど、よろしくね、沙慈くん」
扉を閉める前に、はもう一度、沙慈に向って微笑んでみせた。
「・・・・・・上手いものだ」
「ありがと。褒め言葉と受け取るわよ?」
沙慈・クロスロードがいる部屋から少し離れたところで、刹那は前を歩くに声をかけた。
感情を激高させた沙慈を宥めた。なかなかの手腕だった。
「・・・捕虜の懐柔方法は、どこで覚えたんだ?」
ゆっくりと足を止めたが振り返る。
その顔に、笑みは浮かんでいなかった。
「あれは、捕虜を懐柔させるための方法の一つだ・・・なかなか有効な手だ」
「へぇ・・・そうなんだ・・・・・・」
刹那と正面から向かい合う。
黙ったままの刹那を見つめる紫色の瞳が不意に翳った。
「・・・身を持って、知ってるだけよ・・・・・・」
( なんだ、こいつ・・・・・・・・・?)
目を見開いた刹那に構わず、は背を向けた。
再び歩き出しながら、は刹那に聞かせるためではなく、何かを思い出すかのように呟いた。
「・・・誰だって不幸にはなりたくない、か・・・・・・だけど、人は自分だけ幸せでも、それを享受してしまえる、悲しい生き物・・・少なくとも、アタシはそう知っている・・・・・・・・・」
(・・・俺と同じだ・・・・・・あの目は、俺と同じものを見ていた・・・・・・・・・)
意味の分からないことを呟いて遠ざかるの背中を、刹那は茫然と見送った。
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