ケルディムを追い詰めながら、アリー・アル・サーシェスは剥き出しにされた神経が疼くような感覚に眉を寄せた。
「何だ・・・!? この気持ち悪ぃ感じは?!!」
〔 貴様!! 〕
「声?!!」
突然頭に直接響いた声に、アリー・アル・サーシェスは気色悪さに思わずケルディムから距離をとった。
〔 貴様みたいなやつに、兄さんたちは!!! 〕
アリー・アル・サーシェスは、唇を吊り上げた。
いきなり他人の声が聴こえるようになったのは気味悪いが、この際放っておこう。
それよりも、今聞いた事実の方が興味をそそられた。
「へへっ!! てめぇ、あの男の弟か!!」
〔 それがどうした!!! 〕
叫びとともに放たれた攻撃をかわして、アリー・アル・サーシェスは残虐に笑った。
「殺しがいがあるぜ!!」
〔 ぶっ潰す!!! 〕
明確な殺意を嗅ぎ取って、アリー・アル・サーシェスは楽しくて堪らなくて、笑いを浮かべた。
初めて感じる感覚に、ビリー・カタギリは構えていた銃のことも忘れて、パニックに陥っていた。
「な、何だ?!! この不可思議な現象は!!? 脳に直接、声が響くなんて・・・?!!」
〔 ・・・ごめんなさい、ビリー・・・・・・ 〕
「え?!」
銃を降ろすスメラギに、ビリーは目を見開いた。
〔 あなたの気持ちを知っていながら、それに甘えて・・・ 〕
「!? やめろ・・・そんなんじゃない!!」
ビリーは慌てて首を振った。
ずっと隠していた、心の奥に仕舞いこむしかなかった気持ちを、いきなり告げられて、認められなかった。
ビリーはスメラギに向けて銃を構え直した。
だが、彼女は臆することなくビリーに向かって歩み寄ってこようとする。
「僕は、恒久平和実現のために・・・そのために戦うと決めたんだ!!」
ビリーは首を振った。
まさか、そんな、彼女に裏切られたのが、自分の気持ちを踏みにじられたと思ったのがショックで、だから彼女を追い詰めようとしていたわけじゃないんだ! ビリーが必死で言い訳を浮かべているうちに、彼女は銃口の前に立っていた。
撃てば中る。彼女を殺せる 銃が、手が、震え出す。
「僕は・・・・・・君に・・・ずっと・・・・・・」
ビリーは、ついに構えていた銃を降ろした。
「僕は・・・・・・」
彼女が、ビリーの体を抱きしめた。
「ずっと・・・・・・君のことが好きだったのに・・・」
ビリーは銃を手放した。
彼女を抱きしめ返すのに、それはとても邪魔だった。
「刹那か?!!」
脳に直接響いた声に、アレルヤは顔上げた。
これは、脳量子波 .
〔 余所見してんなよ、アレルヤァ!!! 〕
突然、脳に響いた懐かしい声に、アレルヤは息を呑んだ。
「ハレルヤ?!!」
信じられなかった。
彼は、もう一人の自分は、5年前に死んだと .
〔 マリーだけ、見てりゃぁいいんだよぉ!!! 〕
「ぐっ!!!」
ハレルヤの言葉に、アレルヤはアリオスの銃を宇宙に向けた。
「トランザム!!」
ハレルヤと自分は二人で一人、最強の超兵だ。
自分たちに不可能なことはない。
アリオスの攻撃は、襲い来ていた大量の特攻兵器を破壊した。
敵機が爆発する光が宙域一体に広がり、アリオスを照らし出していた。
マリー・パーファシーはゆっくりと瞼を開けた。
誰かが、ずっと自分を呼んでいた。
誰かが、ずっと叫んでいた。
誰かの力強い声が聴こえた気がした。
「・・・・・・アレルヤ? ・・・・・・声・・・これは、アンドレイ少尉?」
〔 ?! また声・・・ピーリス中尉か?!! 〕
聴こえるはずがないのに、脳量子波を使えないアンドレイ・スミルノフの声が聴こえた。
マリーは、脳量子波でアンドレイに語りかけた。
「あたしは、あなたが許せない・・・・・・でも、あなたを憎み続けたり、恨みを晴らしたとしても、きっと大佐は喜ばない・・・」
〔 黙れ!! この裏切り者が!!! 〕
返ってきた怒りの感情に、マリーは悲しく呟いた。
「あなたは、どうして、実の親である大佐を・・・」
〔 あの男も軍を裏切った!! 報いを受けて当然のことをした!! 恒久和平を乱す行為だ!! 〕
マリーは、悲しく瞳を伏せた。
大佐のことを、彼の息子がこんなふうに言うことに耐えられなかった。
「大佐は、そんなことをする人じゃないわ・・・」
〔 違う!! あいつは、母さんを見殺しにするような奴だ!! 信じられるか!!! 〕
激昂したアンドレイの感情が伝わってきた。
そして、その奥にある深い悲しみも。
「・・・・・・どうして、分かりあおうとしなかったの?」
〔 あいつは・・・あの男は、何も言ってくれなかった!! 言い訳も、謝罪も!! 僕の気持ちなんて、知ろうともしなかった!! だから殺したんだ!!! 〕
「?!!」
〔 この手で!!! 〕
マリーは唇を噛み締めた。
これは、怒りじゃない。
憎しみじゃない。
これは、大きすぎる悲しみだった。
裏返った後悔だった。
愛しさで、懺悔で、悲鳴だった。
「・・・自分のことを分かって欲しいなら、何故大佐のことを分かってあげようとしなかったの?」
マリーは大佐の最後の姿を思い出していた。
彼は守ろうとした、自分の息子を。
爆発に巻き込まれないように遠ざけた、自分の命が散ろうとしていたのに。
「・・・きっと大佐は、あなたのこと、想ってくれてたはずよ・・・!!」
〔 ・・・・・・ならどうして、あの時、何も言ってくれなかったんだ!! 〕
アンドレイも分かっていた。
分かっていたから、苦しんでいた。
気付いていたんだ。だけど、許せなかった。
だから、気付かないふりをしていただけなんだ。
〔 言ってくれなきゃ、何も分からないじゃないか!! 言ってくれなきゃ・・・・・・うぅぅぅぅぁぁぁぁぁぁ!!! 〕
アンドレイの慟哭を聴きながら、マリーは涙を浮かべた。
「・・・大佐・・・・・・・・・」
もう、大佐はいない。
憎み続けることも、仇をとることも、もう、意味はない。
【マリー!!!!!】
通信機から声が響いた。
GNアーチャーの状態に、初めてマリーは思い至った。
胸部が存在するのみで、首手足部分は破壊されている。これでは、まともに動かすことさえ出来やしない。
コックピットが抉じ開けられた。
「大丈夫かい? マリー!!」
不安げに覗き込むアレルヤに、マリーは微笑んだ。
「・・・大丈夫・・・もう大丈夫よ、ありがとう、アレルヤ・・・・・・」
一瞬驚いた顔をしたアレルヤが、マリーの言葉に答えるように、柔らかい微笑を浮かべた。
「いけるぞ!!」
「はい!!」
イアンの言葉に、リンダも頷いた。
先までの焦りは、不思議と感じなかった。
「敵機80%撃墜!!」
ブリッジに、嬉しそうなミレイナの声が響いた。
「気を抜いちゃ駄目よ!!」
「ハイです!!」
しっかりと答えたミレイナに、フェルトは微かに微笑を浮かべた。
「ルイス・・・・・・」
沙慈は、ルイスを抱きかかえて泣いていた。
信じられなかった。
永遠に、ルイスを失ってしまっただなんて .
〔 沙慈・・・・・・沙慈・・・ 〕
脳に直接響いた声に、沙慈はルイスの顔に視線を落とした。
聴き違いか ルイスの声が聴こえたような気がした。
「!!」
沙慈の見つめる先で、ルイスの瞼が微かに動いた。
ゆっくりと、碧色の瞳が沙慈を見つめた。
「ルイス・・・・・・!」
「沙慈・・・私、もう・・・・・・」
「・・・何も言わなくていいさ・・・分かってる」
沙慈は、きつくきつく、ルイスを抱きしめた。
ルイスの瞳から、綺麗な涙が溢れだす。
しばらく沙慈の肩に顔を埋めていたルイスが、腕を沙慈の背に回しながら、ぼんやりと呟やく。
「・・・・・・ねぇ、この温かな光は何? 心が溶けていきそうな・・・」
「刹那だよ・・・・・・彼の心の光・・・未来を照らす光だ」
今、はっきりと分かった。
これは、刹那の心の光だ。
沙慈はルイスを抱きしめながら、優しく微笑んだ。
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