ラッセの左肩に頭を預けて、は心地好いラッセの声を聴いていた。
  内容は決して楽しいものばかりではなかったが、それでもラッセの声で語られる言葉を、もっと聴いていたいと思った。

  アニューの事件から、数日が経っていた。
  ラッセの顔色も大分マシになったし、の怪我や眩暈も快復に向かっている。


  「・・・あんまり、想像つかない・・・・・・ラッセのスーツ姿って・・・」
  ソレスタルビーイングに加わる前、マフィアにいたことを話したら、がそんなことを言った。
  何世紀か前の有名な映画と混同しているような気がしたが、ラッセは訂正しなかった。

  以前は、守秘義務とか余計な配慮とか、そういったどうでもいいものに遠慮して、口にしなかったことまで全て話した。
  話して何か変わる、と楽観的にはなれなかったが、それでも互いに話すことが必要だった。


  「アタシの経歴、結構複雑。波乱万丈・・・説明するのが面倒だったってのも、本当・・・」
  「AEUのエースでPMCの開発者で、しかも現在はソレスタルビーイングってだけでも、相当だと思うがな・・・」
  ラッセの言葉に、が笑った。

  「・・・その前に、シンデレラで、人質で、テロリストだった」

  「・・・・・・・・・よくAEUに入隊できたな・・・」
  「兄貴がいろいろと工作したみたい・・・って、突っ込むとこ、そこなの?」
  そう言って、が笑った。

  笑っているが、一番好きだ。
  だから、出来ることなら彼女には笑っていてほしい。


  「・・・母が亡くなるまで、自分の父親について疑問に思ったことなかった。AEUの戦闘機乗りだった人が、アタシの父親なんだと思ってた・・・
   でも、違った。その人は兄貴の父だったけど、アタシの父じゃなかった・・・」

  当時のことを思い出したのか、が寂しそうに微笑んだ。

  「・・・一番ショックだったのは、自分だけがに引き取られたことかな・・・兄貴に会えないのが、一番辛かった」
  「・・・・・・」
  「弟が出来たのは嬉しかったけど・・・・・・父親って人のことが、まったく理解できなかった。それでも、認めてもらおうと結構頑張ったんだ・・・」
  「・・・そうか・・・・・・」

  「そんなときに、うっかり誘拐されちゃって」
  「!? 誘拐・・・?」
  「そ。弟と間違えられたみたいで。だからってわけでもないだろうけど、父は要求を呑まなかった」
  「・・・・・・」
  「その頃のはPMCとして華々しかったから、反政府武装組織に狙われたみたいで」
  困ったようにが笑う。

  「人質として価値の無いアタシをどうするかって、見せしめに殺してしまおうかって・・・・・・
   どうしても死にたくなかったから、仲間にして、って言っちゃたのよね・・・」

  軽い調子では言ったが、そんなものではなかったはずだ。
  が幾つのときの話か分からないが、相当な恐怖だったはずだ。

  「人を殺したのは、そこでが最初。何人も殺すうちに、何も感じなくなっちゃった・・・
   言われるままに殺して。そうやって生き延びてた・・・・・・けど、ある日、作戦が失敗して・・・
   アタシもそのとき、一緒に殺されるはずだった。なのに      

  「      クラウス・グラードに助けられた・・・」
  「うん・・・殺されると思ったのにね・・・・・・」
  遠い目をして、が呟いた。

  「保護されて、に戻ってみたら、アタシは死んだことになってて・・・
   アタシも戸惑ったけど、の方が困ってた。
   そうよね。死んだと思ってたのに、テロリストになって戻ってきたんだもん。そりゃぁ、困るわよね・・・
   ・・・そんなときに兄貴がAEUへ誘ってくれた。そこでの活躍は、まぁ、よく知られてるけど・・・」

  「・・・有名だったらしいな・・・」

  「だって、兵士っていっても、実際には人を殺したことのない連中ばかりで・・・
   なんで、これくらいのことが出来ないのか、不思議で仕方なかった・・・・・・」

  が、また遠い目をして笑った。

  「そんなだったから、スメラギさんや、他にもいろんな人を傷つけた。
   ・・・だけど、ある日、気付いた。
   人を殺せない彼らじゃなくて、殺しても何も感じないアタシがおかしいんだ、って。
   戦う以外に、人を殺す以外に、他に、アタシに出来ることがないのかって」

  「・・・・・・」
  「それで、兵器造ってたら意味ないのにね・・・・・・」
  ラッセは、そっとの髪に触れた。


  「アタシは・・・・・・」
  ラッセは、そっとの肩を抱き寄せた。

  この先の話を、彼女はずっと恐れていた。
  時折漏らす過去の中で、しかしで兵器開発に携わっていた頃の話に関しては、彼女は随分と慎重だった。
  家族がいるから       それだけじゃない。
  多分、それだけじゃない。

  「PMCは、兵器開発から手を引いた」
  ラッセの言葉に、が微かに首を振った。

  「あれは、弟の、アーサーの意思・・・ずっと、責任を感じてたみたいだから・・・誘拐されるはずだったのは自分だったのにって。
   PMCでさえなければ、誰もこんな目にあわなかったはずなのにって・・・」

  「随分と、出来た弟だな・・・」
  「そう。自慢の弟。だから・・・・・・」

  の体が震えだす。
  ラッセは、黙っての肩を抱いた。

  「だから・・・何としてでも、成功させたかった・・・そのために、あの男を満足させるために、
   全部、それこそアタシのすべてを差し出したのに!! あの男は裏切った!!
   アタシだけならまだしも、アーサーの想いまで裏切って、あの男は笑った!!
   だから、だから       撃ってやったの」

  虚ろには笑った。

  「あの男、まさか自分の娘に殺されるとは思ってなかっただろうな・・・撃って、清々した。あんな男、死んだほうが・・・」
  ラッセはそっと、の頬に触れた。


  「無理するな」
  「無理なんて・・・」
  「だったら      

  ラッセはの顔を覗きこんだ。


  「      なんで、泣いてるんだ?」

  ラッセは、の涙を拭った。

  「・・・ソーマ・ピーリスに苛立ったのも、父親殺しなんて、簡単に言って欲しくなかったからなんだろ?」
  「それは・・・・・・」
  「父親を殺して、平然としてられるやつなんかいないって、そう知ってたからなんだろ?」


  は、そっとラッセの胸に顔を寄せた。
  優しい声に、心に、癒されていく気がした。

  「・・・・・・・・・ねぇ、ラッセ・・・」
  「ん?」

  たとえこの耳が聴こえなくても、ラッセの声だけは聴いていたい。
  望む権利なんて無いことは分かってる。
  でも、叶うなら、最後の時もラッセの傍にいたい。
  だけど      .


  「・・・・・・アタシは、やっぱり戦うことしか出来ないみたい。
   戦ってこそ、アタシ自身に意味を持てるんだと思う・・・」

  「戦うって・・・・・・」
  ラッセは眉を寄せた。

  が、かつてのようにMAに乗ることは、もう無理なはずだ。
  だが、彼女は出来るという。戦うことが出来る、と      .


  「三半規管がイカレちゃったから、前のようには飛べない。
   右耳も、もう聴こえないから、反応も遅くなってる。
         それでもアタシはやっぱり、MA乗りなんだと思う」

  「だが      
  ラッセの言葉を、が首を振って遮った。

  「細胞異常が進行しても、ラッセはトレミーに残ることを選んだ。だったら、アタシだって・・・ね?」
  「・・・・・・頷きたくないけどな・・・」
  「アタシが、でいられるうちは、でいさせてよ?」

  そっと、互いを確かめるように唇を触れ合わせる。
  永遠にも感じられる一瞬の後、離れていく唇を寂しく想った


  「だったら      

  ラッセの言葉に、は、もう一度、口付けをかわした。








     >> #22−3








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