アーサー・は、溜息を吐いた。
  一体、自分は何をしているのだろう       そう思いながらも、結局従ってしまっている自分に、アーサーはもう一度溜息を吐いた。

  目の前には一枚の図面       MA−3A改良型の設計図が広がっている。
  軍を除隊し転がり込んできた、血の繋がらない兄のことを思い出して、アーサーはもう何度目かも分からない溜息を吐いた。


        おい。俺の造れ。レジーナが造ったのと同じものだ。お前なら、造れんだろ?      .


  いつの間にか居座ってしまったその男は、上官だった頃と同じように不敵に笑って嘯いたのだ。


        設計図がない? そんなもん、お前なら何とでも出来るだろ? 一生の願いだ。なぁ、アーサー?      .


  何が"一生の願い"だ、何が!!
  何度その言葉を使ったか、覚えていないわけではあるまいに!!!

  思い出して、アーサーは溜息とともに肩を落とした。
  それでも、設計図は描きあがった。

  (・・・・・・ったく・・・姉貴に言われてなきゃ、あんな男と仲良しごっこなんかしないのに・・・・・・!!)

  あの男と姉貴は、父親が違う。
  姉貴と自分は、母親が違う。
  そして、姉貴の戸籍は、にある・・・まぁ、何度か抹消されたりしたが。
  今も一応にある・・・・・・死亡届けが出ているが。
  血縁とか、戸籍とか、そんなものに関係なく、自分は、姉貴が好きだった。大切だった。
  その姉貴が、あの男と仲良くしろと言った。
  それなら、自分は努力するだけだ。どんなに、性格が合わなくても・・・

  (向こうに、その気があるかは知らないけど・・・・・・)

  今も、あの男ことカイウス・は、よく分からない連中と部屋で何やら話し合いの真最中だ。
  その連中を屋敷に招待するときにも"一生の願い"を使われた。
  さらに、期間無制限でそいつらを出入りさせるときにも"一生の願い"を使われた気がする。

  (・・・あの男の"一生"ってのは、何回あるんだよ・・・・・・!)

  面倒ごとには極力係わりたくないので、何の話をしているのかは知らないことにした。
  今更な気もするが、自分は社の社長だ。知らない方がいいだろう。
  このMA−3Aの設計図のことも、完成品のことも、知らないことになっている。


  アーサーは、また溜息を吐いて、気晴らしにラジオのスイッチを入れた。
  流れ出した歌に、息を吐き出して、背もたれに体を預ける。
  ここ最近のお気に入りだ。
  誰が歌っているのかも知れない、子供たちの歌声が響くその曲が、何だか泣けるほど好きだった。


        まだ、生きてやがったのか・・・・・・俺が殺っていいか?      .


  不意に、の屋敷に転がり込んできたカイウスが、口にした言葉を思い出した。

  (・・・・・・どうして、頷かなかったんだろう・・・・・・)

  自分の手を汚さずに、あいつを       父親と呼ぶのも嫌なあの男を、今度こそ葬り去るチャンスだったのに・・・・・・
  心の底ではあいつを父親だと思っているから?       それはない。











  「邪魔するぜ」

  ノックもなく、カイウスが扉を開けて入ってきた。
  この男には、遠慮というものはないのだろう。
  ずかずかと部屋に入り込み、机の上の設計図を眺めながら、机にどっかりと腰を下ろした。

  そこは座る場所じゃない、と言おうかと思ったが、止めた。
  せっかく流れる歌を喧嘩で遮りたくなかった。


  「・・・・・・キライじゃないぜ、この歌」

  呟かれた言葉に、アーサーは片眉を上げてカイウスを見た。
  設計図から顔を上げ、流れる歌にニヤリと唇を曲げて、カイウスが呟く。

  「ああ・・・悪くねぇ」
  「意外だ・・・」
  「そうか? ・・・まぁ、そうかもな・・・・・・」
  珍しく素直に認めたカイウスに、アーサーは初めて、この男に話してもいいかもしれないと思った。


  「・・・・・・・・・あの男は・・・殺した方がいいと思う?」
  「・・・・・・お前は、どう思ってるんだ?」
  「僕は・・・・・・殺したら、姉貴が苦しむ気がする・・・・・・」

  カイウスが黙ってアーサーを見つめた。
  自分とは違う碧眼だ。

  「姉貴が手を汚すぐらいなら・・・そう思った。だけど・・・・・・・・・」
  「実際、レジーナは撃った・・・極悪非道の男は死に損ねたがな」

  「・・・・・・あの男が生きていて姉貴が苦しむなら、何度だって殺してやろうと思った・・・だけど・・・・・・」
  「・・・・・・・・・俺は、の人間じゃねぇからな・・・現場は知らねぇよ・・・お前と違ってな・・・・・・」

  父親だから殺せないんだろ?       そう言われるかと思っていたのに、カイウスの言葉は想像とは違った。
  どこか遠くを見つめながら、カイウスが呟く。


  「・・・俺はじゃねぇ・・・・・・だから、何があったか、知らない。
   だから、あいつがどうして撃ったのかも知らない。
   何で、とどめを刺さなかったのかも知らない・・・・・・今更、知りたくもねぇがな・・・
   知っても、何も出来ん。時間は戻せん・・・・・・・・・」


  カイウスは、ポケットから煙草を取り出した。
  咥えて火を吐ける。
  カイウスが煙草を吸うところなんて、初めて見た。
  上官として、一応の兄として、長年付き合ってきたはずだが、アーサーの記憶の中で、カイウスが煙草を吸っている姿はなかった。

  「・・・だが、お前はその場にいた。そのお前がそう思うんなら、そうなんだろうさ・・・・・・」


  「・・・・・・あの男は、父親なんかじゃない。許せるはずがない。殺してやりたい。
   だけど・・・・・・だけど、姉貴は震えてたんだ。あの男を撃って、震えてた・・・」

  「・・・・・・」

  「血にまみれた手で、銃を握って・・・・・・花瓶が倒れて、机の上はぐちゃぐちゃで、カーテンも引きちぎられてて、
         そして、絨毯に真っ赤な染みを広げて、あの男が倒れてた。
   その横で、震えてたんだ・・・・・・」

  「そうか・・・・・・」

  カイウスが紫煙を吐き出した。


  「それで、それから      

  言おうか言うまいか迷った。
  だけど、ここまで話したなら、最後まで言うべきだと、言ってしまった方が楽になると、そう思った。


  「      それから、姉貴は銃を自分自身に向けた・・・」


  「?!!」

  カイウスの瞳が鋭さを増した。

  「引鉄を引く前に取り上げたから、怪我はなかったけど・・・・・・」
  「・・・・・・」

  カイウスが、口の中で何か苦々しく呟いた。
  呪詛の言葉でも呟いたのだろう。誰に向けてのかは、考えたくない。

  「しばらく、気が休まらなかったよ・・・あの男を病気で倒れたことにするのも大変だったし、
   何より、目を離したら姉貴がまた自殺を図るんじゃないかとか、
   あの男をもう一度撃って自分も後を追うんじゃないかとか・・・・・・ぐっすり眠った覚えがない」

  紫煙を吐き出して、カイウスがアーサーに煙草を差し出した。


  「・・・・・・吸うか?」
  「・・・じゃぁ、1本だけ」

  アーサーは箱から1本抜き出して、口に咥えた。
  差し出された火に、驚きながらも素直に借りた。

  二人で黙って、煙草の煙を吐き出した。
  歌が、最後のフレーズを歌っている。


  「・・・・・・だから、姉貴がを出て行ったときには、少し安心した・・・大分、表面的には落ち着いてたし・・・」

  「・・・・・・・・・おかげで、余計な虫がついたようだが、な・・・」
  「なんだ・・・知ってた?」

  嫌そうに、カイウスは眉を寄せた。
  それから、紫煙を吐き出して、煙草の火を消した。


  「で。この機体はいつ出来上がる?」

  設計図を差し出して尋ねるその顔は、いつもの見慣れたいけ好かないものだった。

  「払うものさえ払ってもらえれば、今すぐにでも」

  だから、アーサーも営業向けスマイルを浮かべて答えた。

  「金、取るのかよ・・・?」
  「そりゃぁ、そうでしょう」
  「・・・一生の願いだ。まけろ」
  「嫌です」
  「っち。いけ好かねぇ奴」
  「お互い様です」

  再び舌打ちをして、カイウスが胸ポケットからカードを取り出した。

  「ほらよ」
  「足りるんですか?」
  「俺の給料口座。アロウズが凍結解けば、余裕で」

  カードを受け取りながら、アーサーは目の前の男に尋ねた。

  「で? その凍結が解かれるのは?」
  「一月以内」

  「勝算は?」
  「負ける喧嘩を、俺がやると思うか?」

  ニヤリと笑ったカイウスに、アーサーは営業用のスマイルを濃くした。

  「よかった。また家が静かになる」

  カイウスは、答えずに肩を竦めた。

  の社長としては、知らないでいた方がいいことは、案外たくさんあるのだ。








     >> #21−4








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