「フェルト、艦内システムの状況は?」
電力が落ちたままのブリッジで、背後で復旧作業を進めているフェルトにスメラギは声をかけた。
「航行、戦闘システムともに、相当なダメージがあります・・・」
フェルトの答えは予想していた通りだった。
ブリッジではシステムの必死の復旧作業が続いている。
負傷し、現在医療カプセル内で治療中のラッセの代わりにティエリアが座り、オペレーターの二人とともに作業を手伝っている。
そしてもう一人 アニュー・リターナーが座っていた席に、かつての様に・が腰を下ろし、黙々と作業を行っている。
一言も喋らずにシステムを再構築している背中に、誰も声をかけられなかった。
イノベイターに奪取されたオーライザーと、GNSが戦ったことをブリッジが知ったのは、損傷激しいGNSがトレミーに着艦した後だった。
その際の戦闘で負傷したのだろう。
血の跡が残る包帯を頭に巻いて、無言でブリッジに現れたに、その場にいた者は思わず顔色を変えた。
ラッセとが恋人同士なのは、トレミーの全員が知っている。
そのラッセが、仲間だったアニューに撃たれた その場にいなかったに、どう伝えればいいのか .
緊迫したブリッジの空気に構わず、は、かつての自分の席に腰を下ろし、無言でシステムの復旧に取り掛かった。
隣に座るのがラッセではなく、ティエリアなのに、はそのことに一切触れなかった。
すでに、何があったか知っている そうでなければ、この異常な状況に触れないはずがない。
だったら ラッセの傍にいなくていいのか しかし、当の本人に改めて尋ねることが出来る者はいなかった。
訊いてくれるなと、の背中が拒んでいる。
「・・・ウィルスの駆除は行いましたが、完全にデリートされたデータが3456・・・・・・イノベイターに持ち出されたデータもあるようです」
フェルトの報告に、スメラギは溜息を吐くのを、ぐっと堪えた。
復旧までどれほど莫大な時間が必要か、そしてその時間を敵が与えるはずないことは分かりきっている。
スメラギは頭を抱えたい思いだった。
ピピッと電子音が鳴り、がずっと動かしていた手を止めて立ち上がった。
「・・・戦闘システムに限って重要度の高い1056のデータの再構築終了」
「えっ!!?」
驚きに手を止めたフェルトに構わず、は未だ動き続けるモニターを指さした。
「それから、283のデータは自動修復中」
「こんな短時間で・・・凄いです・・・・・・」
目を丸くするミレイナに構わず、は操縦席から離れた。
「航行システムと、システムの再起動は任せる」
「・・・さすがとしか言いようがないな。・」
ティエリアの賞賛にも構わず、はブリッジの扉へ向かった。
「・・・・・・・・・ラッセの傍に、ついててあげて」
スメラギの言葉に、は足を止めた。
「・・・今は、やめとく」
「さん!!」
「戦えなくなる・・・だから、やめとく」
「傷の手当だけでもした方が・・・・・・」
「先に、やらなきゃいけないことがある」
フェルトとミレイナの言葉に、は短く答えた。
の背中を見つめて、スメラギは悲しげに尋ねた。
「・・・出撃するつもりなのね?」
「そんな!! 無茶です!!」
フェルトが悲鳴を上げた。
GNSは損傷が激しく、自身も怪我を負っている。
こうしてブリッジで復旧作業を手伝うくらいだから、怪我の程度は軽いのかもしれない。
しかし、度重なる戦闘と、システムの復旧作業で、相当の疲労を溜めているはずだ。
そんなが出撃するなんて、フェルトには信じられなかった。
ラッセのため? 復讐のため? 浮かんだ考えに、フェルトは唇を噛み締めた。
「GNSの修理に入る。ちょっと弄れば、飛べるようにはなる」
「・・・・・・止めても、無駄なのね?」
悲しそうに確認するスメラギに、は視線を向けた。
それで、スメラギは全てを理解した。
そこにあったのは、ずっと昔、まだAEUにいた頃と同じ色をした目だった。
「悪いけど、間に合うか分からないオーライザーの修理より、GNSの修理を優先させてもらう」
「・・・人手は裂けないわよ?」
「必要ない。アタシ一人で充分」
そう告げて、は扉の外へ姿を消した。
暗いブリッジで、椅子に沈み込んだスメラギに、ミレイナが恐る恐る尋ねた。
「・・・・・・スメラギさん、さんは・・・・・・」
「今は作業に集中して。敵が来るわ」
ミレイナに言って、スメラギは自らの言葉に頷いた。
(そうよ・・・・・・とにかく今は・・・・・・)
スメラギは再び背筋を伸ばすと、格納庫にいるイアン向けて通信を開いた。
「イアン、オーライザーの修理状況は?」
【コックピットはユニットごと取り替えた。だが、第三システムの調節に時間がかかる。しばらくダブルオーは出せんぞ】
「・・・了解しました」
厳しい返答に、スメラギは声を落とした。
「・・・が、そちらに向かうと思うけど、オーライザーの修理には入れないそうよ」
【・・・・・・分かった。女王がいなくても、何とかしてみせるさ】
「・・・お願いします」
告げて、スメラギは堪えきれずに溜息を落としたのだった。
最後の外装パーツを交換しながら、は僅かに顔を歪めた。
手で触れば、微かに染み出した血が付着した。
それを手元のオイルにまみれた布で拭って、は作業を再開した。
これでも、傷ついた直後よりは大分マシだった。
出血もほぼ治まりつつあるし、痛みは薬のおかげで時折刺すような激痛が走る以外は、疼くような感覚が残るだけだ。
止血しただけで放ってある傷は、間違いなく痕が残るだろうし、完治しないだろうが、そんなことは知ったことではない。
今は何より、ラッセを撃った奴を、ラッセをこんな目にあわせたイノベイターを、撃ち殺すことだけが重要だった。
(・・・・・・絶対に、この間みたいなことにはしない・・・・・・)
引鉄にかけた指が震えだすことなんて、もう二度と許されない。
そんなことは、この・自身が許さない。
(・・・・・・絶対に、殺してやる・・・)
真っ暗な憎悪という感情が、の中で膨れ上がる。
は瞳の奥で暗く笑った。
最後のパーツの取り付けが終わった。
完全ではないが、これで飛べる。
敵を殺すには、銃一つあれば事足りる。
は操縦席に座った。
付着したままの血痕は、この際どうでもいい。
飛べて、撃てれば、事足りる。
トレミーの航行システムの復旧を後回しにしたのは、逃げ隠れしたくなかったからだ。
再びイノベイターが攻撃してくるのは明白だ。
だったら、受けてたってやればいい。
逃げて時を待つよりも、さっさとイノベイターと相対したかった。
ラッセもアニューもブリッジにいない今、本当はGNSの修理なんて放って、トレミーの操舵に回る方がよかったかもしれない。
でも、にはそんなことは出来なかった。
自らの手で、ラッセを危険にさらしたイノベイターどもに復讐したかった。
本当は、GNSでの出撃なんて諦めて、トレミーのシステムの復元や、ダブルオーのシステム修理を行った方がよかったかもしれない。
でも、はそうしなかった。
誰に何と言われても、自分の手で、やつらの息の根を止めたかった。
それに、戦場に出てないと、怖くて怖くて叫びだしそうだった。
銃で撃たれて倒れたラッセを見てしまったら、恐くて恐くて泣き叫びそうだった。
アタシのせいだ と。
【Eセンサーに反応! 速度から、敵部隊と予測されます!!】
フェルトの声に、はきつくきつく、操縦幹を握り締めた。
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