「くそったれが・・・・・・      !!?」
  ケルディムでハッチを押し上げてトレミーから出たところで、ロックオンは視界に入ったものに驚き息を呑んだ。

  「おい!! 大丈夫か!!?」
  黒い煙を上げて、宙を漂っているGNSに向かって、ロックオンは通信を開いた。
  形は保っているが、損傷が酷い。
  の乗る機体が、これほど被害を受けている姿を見るのは初めてだった。

  「おい!! 生きてるか!!?」

  ロックオンの呼びかけにも、通信機は酷いノイズを返すだけだ。
  宇宙を漂っている状態のGNSに向かって、ロックオンは呼びかけ続けた。

  「おい!! !!!!!!」

  【・・・・・・・・・わる・・・・・・・・・・・・寝てたみ、たい・・・・・・】

  ノイズ混じりに聴こえてきたの声に、ロックオンは安堵の息を吐いた。
  とりあえず、生きてはいるようだ。

  「怪我は?」
  【・・・・・・死・・・は、しない・・・・・・】

  その返答に、ロックオンは眉を寄せた。

  GNSが映像カメラが積んでないせいで、操縦席のの怪我の状態がどの程度なのか、皆目見当がつかない。
  通信の音声はノイズが酷く、普段より覇気がないという程度にしか判らない。

  「帰還出来そうか?」
  【・・・出来る・・・・・・・・・】
  「そうか・・・」

  【・・・・・・ロッ・・・オン・・・・・・】
  「何だ?」

  【・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・な・・・でも、ない・・・】
  「・・・・・・」

  GNSが、ゆっくりと機首をロックオンが開けたハッチへと向けた。

  彼女が言おうとした何かが、ロックオンは分かるような気がした。

  カタパルトを歩いて発進してきたダブルオーが、ケルディムの隣に並ぶ。
  【ロックオン、悪いが、オーライザーの奪還を優先する】
  「分かってるよ・・・」
  刹那に答えて、ロックオンは表情を引き締めた。

  ダブルオーを抱え、ケルディムは針路をオーライザーが去った方角へ向けた。
  オーライザーがGNSと一戦交えていたなら、まだそれほど遠くまで行っていないはずだ。

  「トランザム!!」

  ロックオンの声とともに、ダブルオーを抱えたケルディムは一気に加速をかけた。





















  「トランザムを使ったか!!」
  背後から迫りくるガンダムに、リバイブは苦々しく呟いた。
  計画よりも大分早い。
  これも、あんなところでガンダムですらないMAに時間を使わされたせいだ。
  リバイブは、唇を噛んだ。

  【ここまでだ!!】

  リバイブの乗るオーライザーを挟むように、ダブルオーとケルディムが立ち塞がった。
  リバイブは、悪足掻きとばかりに、その口元を歪めて呟いた。
  「・・・・・・仕方ない。オーライザーは諦めるよ・・・・・・・・・でも、手土産の一つぐらいは欲しいな!!!」











  「!!?」
  オーライザーの操縦席で銃を構えたイノベイターに、刹那は驚愕に目を見開いた。

  銃声が複数回響き、オーライザーのコックピットを映し出していたモニターが砂嵐に変わる。
  イノベイターがオーライザーの奪取を諦め、目的をシステムの破壊に切り替えたことに、刹那は怒りを滾らせた。

  「貴様ぁ!!!」

  刹那の叫び虚しく、出力が低下したダブルオーは、その機能を著しく損なっていく。
  黒煙を上げるオーライザーから抜け出したリバイブを回収しようと、トレミーから奪取された小型挺がその機体を寄せる。

  「アニュー!!!」

  その小型挺に向かって、ロックオンは銃を構えた。
  小型挺に乗っているのはアニューだ。イノベイターだ。


        私を撃つの・・・?      .


  アニューの声が聴こえた気がした。

  幻聴だ。
  聴こえるはずがない。

  リバイブを回収した小型挺が、ゆっくりと離脱していこうとしている。

  「戻れ! アニュー!! アニュー・リターナー!!!」

  照準を合わせたまま、ロックオンは叫んだ。
  しかし、小型挺は止まらない。

  撃てば、中る。反撃も、回避もない。
  撃てば、必ず命中する       それが分かっているのに      .

  (・・・・・・撃てよ・・・狙い撃てよ・・・・・・)

  引鉄にかけた指先が震え始める。
  迷っている、躊躇っている      .

  (・・・俺は、何のためにここにいる? ・・・何のために、カタロンに、ソレスタルビーイングに・・・・・・)

  瞬間、脳裏に浮かんだのは、テロで殺された家族の顔でもなく、死んだ兄の顔でもなく、アニューの笑顔だった。

  「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

  叫び声とともに       しかし、ロックオンは引鉄を引くことが出来なかった。
  撃つことが出来なかった。

  どんどん小さくなる小型挺は、射程圏外へと遠ざかっていった。

  ロックオンは、怒りのまま拳を叩きつけた。

  「なんて情けねぇ男だ!!? ライル・ディランディ!!!」

  怒りを自分自身に叩きつけて、ロックオン       ライル・ディランディは叫んだ。

  「俺の覚悟は、こんなもんか!!! こんなぁ!!!!!!」

  慟哭は宇宙の漆黒に呑み込まれるだけで、ライルの心を救いはしなかった。

  「・・・・・・・・・ライル・ディランディ・・・・・・」
  その心のあげる悲鳴を、刹那は黙って聞いていた。





















  「・・・・・・・・・・・・アニュー・・・・・・なんでだ?! どうしてなんだよ?!! くそぅ!!!」

  トレミーの通路で、壁に拳を叩きつけてロックオンは叫びを上げた。
  引鉄を引けなかったことも、アニューがイノベイターとして去ったことも、自分の言葉がアニューを引き止められなかったことも、全てが悔しくて仕方が無かった。

  「・・・・・・彼女は戦場に出てくるぞ」

  かけられた言葉に、ロックオンは動きを止めた。
  寂しげな微笑を繕って、ロックオンは声の主の方へ顔を向けた。
  照明が落ちた通路を、刹那がゆっくりと歩いてくる。

  「この機会を逃すとは思えない」
  真剣な刹那の眼差しに、ロックオンはいつものように応じてみせる。

  「わぁかってるよ。言われなくても、やることはやる」
  真剣な刹那の瞳に耐え切れず、ロックオンは視線を逸らせて続けた。

  「相手はイノベイターだ。俺たちの敵だ。トリガーくらい      
  「強がるな」
  「な?!!」
  遮られた言葉に、ロックオンは逸らせていた視線を刹那に向けた。

  「もしものときは、俺が引く・・・そのときは、俺を怨めばいい」
  「かっこつけんなよ、ガキが!!」
  刹那の言葉に、ロックオンは思わず声を荒げた。
  しかし、ロックオンの内心の動揺を見透かしたように、刹那は淡々と告げる。

  「お前には、彼女と戦う理由がない」
  「あるだろう!!」
  理由はある。
  彼女はイノベイターだ。自分たちの敵だ。倒すべき相手だ。
  しかし、刹那は静かに首を振った。

  「戦えない理由の方が強い」

  「!!」
  ロックオンは言葉を呑み込んだ。
  アニューは、大切な人だった。愛したい人だった。愛する人だった。


  「      それなら、アタシが撃ってもいいんだろ?」

  暗い通路の先から聞こえた言葉に、二人は視線をそちらに向けた。

  「理由       アタシには、あるだろ?」

  壁に肩を預けて、がいた。
  薄っすらと灯る照明の元へ姿を見せたに、刹那は僅かに眉を寄せた。


  「・・・刹那も、あんたも、その必要はねぇよ・・・・・・俺が、トリガーを引けばいいだけの話だ」
  そう言って、自嘲の笑みを浮かべたまま、ロックオンは格納庫の方へ踵を返した。


  「・・・・・・・・・・・・譲る気はないってわけか」
  その背中が見えなくなってから、刹那の背後でが呟いた。


  刹那はゆっくりと、視線を彼女に戻した。
  は、取り出した薬を口の中で噛み砕くようにして飲み込んでいた。
  その顔色が、薄暗い廊下でも分かる程に、悪い。

  「やめた方がいい」

  刹那の言葉に、が冷たい視線を刹那に向けた。

  「それでは戦えない」
  「戦える」
  は、ぴしゃりと言い放った。

  「そのために、アタシはここにいるんだ。戦うために、引鉄を引くために、生きるために」

  そう言うと、パイロットスーツを身につけたも、踵を返した。

  見覚えのある彼女が飲んでいる薬       刹那の記憶が正しければ、あれはおそらく鎮痛剤だ。それも、かなり強い      .
  刹那は表情険しく、闇へと去った背中を見つめ続けていた










  トレミーから遠く離れた闇の中、アニューはそっと瞳を閉じた。
  「・・・・・・ほんと、愛してるのよ、ライル・・・・・・・」
  呟かれた言葉は届くことなく、宇宙に呑み込まれていった。










     >> #20−5








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