扉を人が一人通れる分だけ抉じ開けて、スメラギとマイスターたちは部屋を脱出した。
艦内のシステムがウィルスに汚染されているらしく、まったく役に立たない。
非常灯の灯りが照らす通路で、刹那が皆を振り返った。
「二手に別れて、ミレイナを探す」
「スメラギさんは、ブリッジに」
「分かったわ」
頷いたスメラギとともに、アレルヤとティエリアがブリッジへ向かって進みだす。
「くっそぅ、アニューはどこに?!」
「こっちだ!」
苛立たしげに呟くロックオンを刹那が促す。
まるでどこに行けばいいのか分かっているかのように、刹那は壁を蹴ってどんどんと進んでいく。
「お、おい?!!」
ロックオンも慌ててその後を追った。
何が何でも、アニューに会わなければならなかった。
「です、着艦許可を願います」
は首を傾げた。
いつもなら、すぐに元気なミレイナの声か、落ち着いたフェルトの声が返ってくるのに、何の返答もない。
「トレミー、こちらGNS、応答を」
再び、通信を試みる。
しばらく待ってみるが、反応がない。
まさか、ブリッジに誰もいないわけはないだろう。
なら、通信が繋がっていないのか。GNSの通信機が故障したか。
は、通信を暗号回線から、有視界通信に切り替え、もう一度呼びかけた。
「こちらです、誰か聴いてる?」
やはり、反応がない。
おかしい。
トレミーからは、GNSの機体が確認できているはずだ。
ならば、通信機が故障していると仮定しても、トレミーから何かしらの反応があっていいはずだ。
なのに、トレミーからは光通信での返答も、着艦のためにハッチを開けることもない。
(・・・・・・・・・・・・まさか・・・?!)
最悪の想像を、は必死で否定した。
トレミーの中なら、まだ安全なはずだった。そう思ったから .
(・・・ラッセ!!!)
祈るように、はトレミーを見つめていた。
「脳量子波が使えるのは自分だけだと思うな!」
躊躇うことなく銃口を向けるソーマ・ピーリスに、アニューは不敵に笑った。
「あなたの存在を失念していたわ・・・Cレベルの脳量子使い、出来損ないの超兵・・・」
「すべての元凶はお前たちだ! 大佐の仇を!!」
「やめろ!!」
ソーマが引鉄を引く寸前で、刹那の声が響いた。
「セイエイさん! ストラトスさん!!」
ミレイナが嬉しげに叫ぶ。
アニューとソーマとの間に割って入ったロックオンが、悲しげな視線をアニューに向けた。
「やめとけよ、アニュー」
アニューが、再びミレイナの頭に銃を押し付けた。
「・・・・・・・・・ライル・・・」
「ふ・・・俺を置いて行っちまう気か?」
困ったように微笑んで、ロックオンが尋ねた。
その言葉の真意を図りかね、アニューが困惑しつつも、挑発するように笑みを浮かべた。
「・・・私と一緒に来る?・・・・・・世界の変革が見られるわよ」
冗談めかしたアニューの言葉に、ロックオンは表情を崩して、笑った。
「オーライ、のったぜ、その話」
「えぇ?!!」
アニューよりも、その腕に捕らえられているミレイナが驚きの声をあげた。
ロックオンはミレイナの目をさらに、まん丸にするようなセリフを口にする。
「オマケに、ケルディムもつけてやるよ」
背後にいる刹那を振り返って、ロックオンは笑った。
「そういうわけだ、刹那。今まで世話になったな・・・・・・」
「・・・・・・そうか」
刹那も、ミレイナが驚くほどあっさりとそう答えた。
刹那は、ロックオンの真剣な瞳を見返して、頷いた。
「分かった!」
すぐ隣にあったソーマの銃を奪い取った刹那は、間髪入れずにロックオンに向かって発砲した。
「きゃぁ!!!」
響く銃声に、思わずミレイナが悲鳴を上げる。
「ライル!!」
思わずロックオンに向かってアニューは腕を伸ばしていた。
そのアニューの腕の中から、倒れこみながらロックオンはミレイナを奪いとった。
アニューが気付いたときには、腕の中の人質は奪還されており、さらに刹那の握る銃が自分に向けられていた。
状況を不利と見て取って、アニューは踵を返した。
駆け去っていくアニューに発砲することなく、刹那はその背中を見逃した。
「大丈夫か?」
尋ねた刹那に、ロックオンが呆れたように顔を上げた。
「中てることねぇだろう・・・ったくぅ」
ロックオンの腕の中では、助け出されたミレイナが泣いている。
刹那の撃った銃弾が掠めて焦げたスーツに溜息を吐いて、ロックオンはアニューが去っていた方向に目を向けた。
(・・・アニュー・・・・・・)
まだ自分はアニューを愛してる。
そして、アニューも自分を愛してくれている そう思いたかった。
「第三ハッチ、オートで開いていきます! 後部ハッチもです!!」
現状を把握するだけの最低限のシステムを復旧させるだけで、精一杯だった。
今も、艦内の電力は落ちたまま、トレミーは本来の機能の10%も発揮出来ていない状況だ。
「ケルディムとダブルオーを」
座席の足元では、モニターの僅かな光源を頼りに、スメラギがラッセの傷に応急処置の止血をしている。
苦しそうに呻くラッセの声が漏れる度に、フェルトは涙が出そうだった。
けれど、今は泣いている場合ではない。
「・・・了解」
電力供給も儘ならない今、ガンダム発進のためのハッチを開けることさえ、ブリッジから出来やしない。
(・・・さん・・・・・・!!)
今この場にがいなかったことは、良かったのか、それとも ラッセの呻きと、儘ならないシステムとに挟まれて、フェルトは必死で負けそうになる自分を叱咤していた。
あの瞬間、本当に一緒に行けるかもしれないと思った。
「・・・・・・ライル・・・」
呟きは、届けたい人に届くことはなく、アニューは自分がやるべきことのために行動を起こした。
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