暗い宇宙空間と、そこに無言で輝く星たちを見つめて、は微笑んだ。

  相変わらず、状況は好転していない。
  世界の行く末も、これからのソレスタルビーイングも、クラウスの生死も、カティ・マネキンの消息も、敵機を撃てなかった理由も、煙草の消費量も、すべてこれからどうなるか分からないままだ。
  それでも今、の心は穏やかだった。

  (・・・アタシ、本当に幸せ者だ・・・)

  自分をこんなに幸せな気持ちに出来るのは、ラッセだけだ。
  ラッセの言葉に救われて、自分はを認められる。

  (・・・アタシ、甘えてる・・・・・・)

  もう誰にも頼らずに、一人ですべて抱えて、乗り越えて、そうやって生きていこうと、今まで肩肘張って頑張ってきた。そうしてきたつもりだった。
  でも、自分は周囲の優しい人たちに、しっかりと支えられている。
  ちょっと前までは、それが許せなかった。そんなに自分が弱いなんて、理解はしても、認めることなんて出来なかった。

  (・・・・・・でも、それでも、いいんだよね・・・?)

  変わりたいと自分はこれからも思い続けるだろう。
  だけど、今はラッセのおかげで、弱い自分も認められる、許せる       そんな気がする。
  すべて、ラッセが傍にいてくれるからだ。

  (・・・・・・信じて・・・信じようと、思ってる・・・)

  信じられなかったのは、傷つくのが怖かったからだ。
  今だって、怖いことは一緒だけれど       だけど、ラッセのことを信じようと思う。
  裏切られるのは怖い。傷つくのは嫌だ       だけど、ラッセなら信じてもいい、信じたい、信じよう、そう思う。

  一緒に悩みたい       そう言ったラッセの言葉を、受け入れよう。
  トレミーに戻ったら、ラッセに話そう。すべて。
  もう、何も隠したくない。何もかも、すべて。
  その結果、ラッセが自分を拒絶しても。
  それでも、ラッセを信じよう。
  自分が愛した男だから。
  ラッセなら       と。そう信じよう。

  (・・・・・・ラッセ、愛してる・・・)

  「ラッセ・・・」

  大切な人の名前を呟いて、は幸せに微笑み、機体をトレミーへ帰還する針路を取ったのだった。











#20 アニュー・リターン











  「そいつがイノベイターか?」
  「ああ。間違いない」
  刹那の問いに、ティエリアが頷いた。
  フルフェイスのヘルメットを被ったままのイノベイターを、スメラギが正面から見据えている。

  「ヘルメットを取ってもらえる?」
  スメラギの言葉に逆らうことなく、イノベイターはゆっくりとヘルメットを外した。

  その下から現れた顔に、ロックオンは息を呑んだ。
  (・・・・・・アニュー・・・・・・)
  似ている。
  他のメンバーもそう思っているのだろうか       ロックオンは、ぐっとイノベイターを睨み付けた。

  ロックオンの視線に動じることなく、イノベイターは余裕の笑みさえ浮かべて口を開いた。

  「初めまして。ソレスタルビーイングの皆さん。僕の名は、リバイブ・リバイバル。イノベイターです」

  平然と名乗ったリバイブに、スメラギは、ソレスタルビーイングに捕獲されることを彼らが予測していたと、確信した。


  「・・・ヴェーダがどこにあるのか、話してもらえるかしら?」
  「ヴェーダの所在? さて、僕には分かりかねますが」
  リバイブ・リバイバルはそう言って、余裕を感じさせる笑顔を浮かべた。

  「イノベイターの君が知らないというのか?」
  アレルヤの指摘にも、リバイブは浮かべた笑顔を変えずに言った。

  「仮に所在を知っていたとして、あなた方は、ヴェーダをどうなさるおつもりですか?」
  「奪還する」
  迷いなく言い切ったティエリアに、リバイブは馬鹿にするように笑った。
  「ヴェーダは本来、僕たちが使用するために作られたものですよ」


  「・・・だったら、聞かせて。あなたたちは、ヴェーダを使って何をしようとしているの?」

  今まで黙ってリバイブの話を聞いていたスメラギが尋ねた。
  イノベイターを見つめ、自らの存在意義を確認するための質問を口にする。

  「イオリアが、この計画を立案した真意は?」

  「"来るべき対話"のためです」
  「きたるべき、対話・・・?」
  意味深な言葉に、スメラギがその単語を繰り返した。
  一人、ティエリアが僅かに表情を険しくする。

  「話が見えないな」
  アレルヤの言葉に、リバイブが嘲笑を浮かべた。
  「それが人間の限界ですよ」
  「・・・・・・てめぇが万能だとは、思えないがな・・・」
  今まで壁に寄りかかって黙って話を聞いていたロックオンが、初めて口を挟んだ。
  「現にこうして捕まってる」
  挑発するように響いたロックオンの言葉にも、リバイブは笑顔を浮かべたまま、殊更とゆっくりと口を開いた。

  「わざと・・・・・・だとしたら?」

  「何ぃ!!?」
  熱くなったロックオンを遮るように、通信機が鳴った。


  緊急事態があったら知らせるように言っておいたブリッジからで、スメラギはその通信を繋いだ。

  【スメラギさん!!】

  聴こえたフェルトの切羽詰った声に、スメラギは嫌な予感を覚えた。
  「どうしたの、フェルト?」
  【リターナーさんが・・・!!】
  その名前に反応したロックオンが、通信機へと身を乗り出した。
  「アニューがどうした?!!」

  【ラッセさんを撃って、ミレイナを人質に・・・・・・!!】
  微かに聴こえた苦しげな呻き声に、スメラギとマイスターの顔色が変わった。

  「なんだって?!!」

  【・・・・・・リターナーさんは、自分が、イノベイターだと・・・】
  その単語に、リバイブを除く全員が息を呑んだ。

  「イノベイター?!」
  「アニューが?!」
  「どうして・・・・・・」
  それぞれが衝撃を受ける中、ロックオンはその表情を険しくした。

  そんな彼らを嘲笑ったまま、リバイブが立ち上がる。
  刹那が銃を向けるが、リバイブは嘲笑を浮かべたまま、事実を告げた。

  「分かっているでしょ? 僕に何かあれば、人質の命は保障できませんよ・・・同じタイプである僕とアニューは、思考を繋ぐことが出来るんです」

  その瞳が、不思議な光を放っている。
  まるで、それがイノベイターの証だと言わんばかりに      .

  「・・・脳量子波・・・」
  ティエリアが、ぎゅっと唇を噛んだ。


  リバイブが平然と扉へ向かう。
  その姿に、捕虜になったという負い目は微塵もなく、まるで自らの意思で訪問していたかのような振る舞いに、思わずロックオンが足を踏み出しかけるが、スメラギがそれを止めた。
  ミレイナが人質に取られている以上、下手な動きは避けなければならなかった。

  皆、リバイブを睨みつけることしか出来ない。
  そんな彼らを一瞥して、リバイブは余裕の笑みを浮かべ、扉の外へ姿を消した。

  「艦内システムが?!」
  照明が落ちるなかで、扉に駆け寄るが、扉は開こうとしない。
  艦内のシステムが、イノベイターに掌握されたに違いなかった。

  「くっそう!!!」


  ロックオンの叫びと、皆も同じ気持ちだった。








     >> #20−2








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