暗い宇宙空間と、そこに無言で輝く星たちを見つめて、は微笑んだ。
相変わらず、状況は好転していない。
世界の行く末も、これからのソレスタルビーイングも、クラウスの生死も、カティ・マネキンの消息も、敵機を撃てなかった理由も、煙草の消費量も、すべてこれからどうなるか分からないままだ。
それでも今、の心は穏やかだった。
(・・・アタシ、本当に幸せ者だ・・・)
自分をこんなに幸せな気持ちに出来るのは、ラッセだけだ。
ラッセの言葉に救われて、自分は・を認められる。
(・・・アタシ、甘えてる・・・・・・)
もう誰にも頼らずに、一人ですべて抱えて、乗り越えて、そうやって生きていこうと、今まで肩肘張って頑張ってきた。そうしてきたつもりだった。
でも、自分は周囲の優しい人たちに、しっかりと支えられている。
ちょっと前までは、それが許せなかった。そんなに自分が弱いなんて、理解はしても、認めることなんて出来なかった。
(・・・・・・でも、それでも、いいんだよね・・・?)
変わりたいと自分はこれからも思い続けるだろう。
だけど、今はラッセのおかげで、弱い自分も認められる、許せる そんな気がする。
すべて、ラッセが傍にいてくれるからだ。
(・・・・・・信じて・・・信じようと、思ってる・・・)
信じられなかったのは、傷つくのが怖かったからだ。
今だって、怖いことは一緒だけれど だけど、ラッセのことを信じようと思う。
裏切られるのは怖い。傷つくのは嫌だ だけど、ラッセなら信じてもいい、信じたい、信じよう、そう思う。
一緒に悩みたい そう言ったラッセの言葉を、受け入れよう。
トレミーに戻ったら、ラッセに話そう。すべて。
もう、何も隠したくない。何もかも、すべて。
その結果、ラッセが自分を拒絶しても。
それでも、ラッセを信じよう。
自分が愛した男だから。
ラッセなら と。そう信じよう。
(・・・・・・ラッセ、愛してる・・・)
「ラッセ・・・」
大切な人の名前を呟いて、は幸せに微笑み、機体をトレミーへ帰還する針路を取ったのだった。
「そいつがイノベイターか?」
「ああ。間違いない」
刹那の問いに、ティエリアが頷いた。
フルフェイスのヘルメットを被ったままのイノベイターを、スメラギが正面から見据えている。
「ヘルメットを取ってもらえる?」
スメラギの言葉に逆らうことなく、イノベイターはゆっくりとヘルメットを外した。
その下から現れた顔に、ロックオンは息を呑んだ。
(・・・・・・アニュー・・・・・・)
似ている。
他のメンバーもそう思っているのだろうか ロックオンは、ぐっとイノベイターを睨み付けた。
ロックオンの視線に動じることなく、イノベイターは余裕の笑みさえ浮かべて口を開いた。
「初めまして。ソレスタルビーイングの皆さん。僕の名は、リバイブ・リバイバル。イノベイターです」
平然と名乗ったリバイブに、スメラギは、ソレスタルビーイングに捕獲されることを彼らが予測していたと、確信した。
「・・・ヴェーダがどこにあるのか、話してもらえるかしら?」
「ヴェーダの所在? さて、僕には分かりかねますが」
リバイブ・リバイバルはそう言って、余裕を感じさせる笑顔を浮かべた。
「イノベイターの君が知らないというのか?」
アレルヤの指摘にも、リバイブは浮かべた笑顔を変えずに言った。
「仮に所在を知っていたとして、あなた方は、ヴェーダをどうなさるおつもりですか?」
「奪還する」
迷いなく言い切ったティエリアに、リバイブは馬鹿にするように笑った。
「ヴェーダは本来、僕たちが使用するために作られたものですよ」
「・・・だったら、聞かせて。あなたたちは、ヴェーダを使って何をしようとしているの?」
今まで黙ってリバイブの話を聞いていたスメラギが尋ねた。
イノベイターを見つめ、自らの存在意義を確認するための質問を口にする。
「イオリアが、この計画を立案した真意は?」
「"来るべき対話"のためです」
「きたるべき、対話・・・?」
意味深な言葉に、スメラギがその単語を繰り返した。
一人、ティエリアが僅かに表情を険しくする。
「話が見えないな」
アレルヤの言葉に、リバイブが嘲笑を浮かべた。
「それが人間の限界ですよ」
「・・・・・・てめぇが万能だとは、思えないがな・・・」
今まで壁に寄りかかって黙って話を聞いていたロックオンが、初めて口を挟んだ。
「現にこうして捕まってる」
挑発するように響いたロックオンの言葉にも、リバイブは笑顔を浮かべたまま、殊更とゆっくりと口を開いた。
「わざと・・・・・・だとしたら?」
「何ぃ!!?」
熱くなったロックオンを遮るように、通信機が鳴った。
緊急事態があったら知らせるように言っておいたブリッジからで、スメラギはその通信を繋いだ。
【スメラギさん!!】
聴こえたフェルトの切羽詰った声に、スメラギは嫌な予感を覚えた。
「どうしたの、フェルト?」
【リターナーさんが・・・!!】
その名前に反応したロックオンが、通信機へと身を乗り出した。
「アニューがどうした?!!」
【ラッセさんを撃って、ミレイナを人質に・・・・・・!!】
微かに聴こえた苦しげな呻き声に、スメラギとマイスターの顔色が変わった。
「なんだって?!!」
【・・・・・・リターナーさんは、自分が、イノベイターだと・・・】
その単語に、リバイブを除く全員が息を呑んだ。
「イノベイター?!」
「アニューが?!」
「どうして・・・・・・」
それぞれが衝撃を受ける中、ロックオンはその表情を険しくした。
そんな彼らを嘲笑ったまま、リバイブが立ち上がる。
刹那が銃を向けるが、リバイブは嘲笑を浮かべたまま、事実を告げた。
「分かっているでしょ? 僕に何かあれば、人質の命は保障できませんよ・・・同じタイプである僕とアニューは、思考を繋ぐことが出来るんです」
その瞳が、不思議な光を放っている。
まるで、それがイノベイターの証だと言わんばかりに .
「・・・脳量子波・・・」
ティエリアが、ぎゅっと唇を噛んだ。
リバイブが平然と扉へ向かう。
その姿に、捕虜になったという負い目は微塵もなく、まるで自らの意思で訪問していたかのような振る舞いに、思わずロックオンが足を踏み出しかけるが、スメラギがそれを止めた。
ミレイナが人質に取られている以上、下手な動きは避けなければならなかった。
皆、リバイブを睨みつけることしか出来ない。
そんな彼らを一瞥して、リバイブは余裕の笑みを浮かべ、扉の外へ姿を消した。
「艦内システムが?!」
照明が落ちるなかで、扉に駆け寄るが、扉は開こうとしない。
艦内のシステムが、イノベイターに掌握されたに違いなかった。
「くっそう!!!」
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