「・・・?」

  呼びかけられて、は自分がすでにトレミーの格納庫に着艦していることに気がついた。
  一度目を瞑って息を吐き出してから、はヘルメットに手をかけた。
  髪をかき上げて、コックピットを開ける。
  手摺の向こうに、心配そうな顔をしたラッセを見つけて、は無理矢理、頬を引き上げた。


  「どうしたの、ラッセ? こんなところまで?」
  重力が弱いことを利用して、一蹴りで移動し、はラッセの隣に降り立った。

  「大丈夫か? 疲れてるなら、休んだ方が      
  「大丈夫」
  「そうか? 今だって、何だかぼんやりしてたじゃねぇか・・・」
  納得いかない表情でこちらを窺うラッセに、は苦笑を浮かべた。
  「そんなこと言いに、ブリッジからわざわざ来たわけ?」
  「そういうわけじゃないが・・・・・・」
  ラッセは言葉を濁した。


  に、追求をはぐらかされたような気がした。

  格納庫まで足を運んだのは、ブリッジに座っていると、皆の視線が痛かったからだ。
  先の出撃の際のとのやり取りのおかげで、すっかりトレミー公認になってしまった。

        さんが戻ってきたのに、ラッセさん、出迎に行かないんですか?

        さんに、戻ってきたら伝える、って言ってたのに、何で行かないですか?

  視線が、隣や背後から突き刺さる状況は、なかなか居心地が悪かった。
  特に、5時の方向から突き刺さる視線が、かなりの鋭さを持っていた。

        戻ってきたら、すぐに謝るんじゃなかったんですか?

  冷ややかささえ漂わせる視線に、結局負けて、ラッセは格納庫へ向かったのだった。
  GNS着艦の連絡はすでに入っていたから、途中で出会うと思っていたのに、結局格納庫まで行き着いてしまった。
  収容場所に収まったGNSの中に、未だがぼんやり座っているのを見つけたときには、本気でその体調を心配した。


  大丈夫だと言っているが、連日連夜ほぼ休息無しで動いているが大丈夫なわけはない。
  4ヶ月前に、寝不足で倒れかけた前科もあるだけに、尚更心配だった。
  医務室のクスリをいろいろと無断で拝借しているという話も聞く。
  万全の体調ではないのだろう。
  それでも大丈夫と笑うに、ラッセは複雑な視線を向けた。


  「・・・なかなか降りてこないから、怪我でもしたんじゃないかと、心配だったんだよ」
  「そのために、わざわざ?!」
  目を丸くしたに、ラッセは乱暴に自分の髪をかき乱した。

  「それだけじゃなくてだな!! ・・・悪かった!! スマン!! お前を傷つけたこと、謝ろうと!!」
  「・・・・・・・・・」

  勢いよく頭を下げたものの、から何の反応も返ってこず、ラッセは恐る恐る顔を上げた。

  「!!? おい!! 何で泣くんだよ!?」
  ぽろぽろと涙をこぼすに、ラッセは慌てた。

  「・・・そんなつもりじゃなかったんだけど・・・ゴメン・・・・・・」
  急いで涙を拭って、は微笑を繕った。
  「疑わせたのはアタシ自身だもの・・・アタシが最初に謝らないと・・・・・・」
  「そんな必要ねぇよ! 俺が      
  「うぅん、ラッセの気持ちは、ずっと伝わってる。なのに、不安にさせるような態度をとった、アタシが悪い。それに・・・」

  そんなことはない!       そう言いたいのをラッセは堪えた。
  が濁した先の言葉が気になった。
  いつも、は肝心なことを口にしてない       そう感じたことは一度や二度じゃない。
  多分、この感覚はフェルトも感じているのだろう。だから、フェルトはあんなにものことを気にかけるのかもしれない。


  「それに・・・何だ?」
  の顔が、泣き笑いの表情に歪む。

  「・・・それに、アタシ・・・・・・ラッセを、トレミーを守るって言ったのに、撃てなかった・・・どうして      

  隕石に擬態したMSがトレミーへ接近したとき、GNSが狙いを定めていることは分かったが、そのミサイルが放たれることはなかった。
  ラッセも、トレミーに接近するMSに向かって砲撃を放とうとした瞬間、刹那と沙慈の声を聴いた。
  聴こえるはずがないというのに、彼らの止める声を聴いて、ラッセは引鉄を引かなかった。

  「・・・アタシ、撃てなかった・・・・・・もしかしたら、みんなが、ラッセがやられていたかも知れないのに・・・!!」
  「みんな無事だった。だから、いいじゃないか」
  「よくないよっ!! だって、ラッセを守れなかったら、アタシ、何のために・・・・・・」
  唇を噛み締めて、が目を閉じる。


  「・・・ねぇ・・・ラッセ・・・・・・・・・」
  ゆっくりと瞼を開けて、はラッセを見つめた。

  「・・・アタシ、あなたのこと、確かに愛してる・・・・・・だけど、アタシは、あなたを愛していいのかな・・・?」

  静かなアメジスト色の瞳に、ラッセの姿が映る。

  「こんなアタシが、他人を愛していいのかな・・・・・・?」
  「いい悪いなんて価値観は、必要ないさ」
  「だったら・・・・・・」
  は瞳を上げた。


  「・・・だったら、もしアタシが戦えなくなっても、ソレスタルビーイングに、トレミーにいても、許されるのかな・・・?」

  「許す、許さないじゃなくて、がいたいか、いたくないか、だろ?」
  「ラッセ・・・・・・」
  ゆっくりと、の顔に微笑が広がった。

  「それでいいじゃないか」
  「・・・ありがと」


  「・・・・・・・・・おっと、それから      
  格納庫まで来た本当の理由を思い出して、ラッセは姿勢を正した。

  「      俺は、お前のことが大切だ。だから、絶対、泣かせたりしない」

  「ラッセ?!」
  「・・・・・戻ったら聞くって言っただろ? まぁ、今、泣かせちまったけど、それは勘弁して欲しい・・・」
  ラッセは、困ったように笑った。

  「って、お前、不意打ちであんな通信入れるんじゃねぇよ!」
  「・・・・・・ラッセ      


  不意に、名前を呼んだの唇が、ラッセに触れた。


  の方からのキスに、ラッセは目を閉じた。
  一秒、二秒       互いに互いの存在を確かめ合うように      .

  ふっと唇が離れて、ラッセは目を開けた。
  ヘルメットを掴んだが、手摺を乗り越えて、再び機体に向かって柵を蹴るところだった。


  「おい?! ?!!」
  慌てて呼びかけたラッセに、ちらりと視線をやって、は照れたように笑った。

  「ちょっと、風に当たってくる」
  の頬が赤く染まっている。
  機体のコックピットを開けながらが、ラッセに叫んだ。

  「もし、次に、ラッセがアタシを泣かせるようなことしたら、そのときは容赦しないから!!」

  その言葉に、ラッセは参ったと両腕を上げてみせた。

  「あんまり遠くまで行くなよ? まだ、アロウズがその辺にいるだろうからな」
  「分かってる! ちょっと涼むだけ・・・・・・すぐ戻るって、皆にも伝えておいて」
  そう言って乗り込むを、ラッセは笑って見送ったのだった。








     >> #19−5








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