「プトレマイオスからの連絡は、まだなくて?」
苛々と王留美は紅龍に尋ねた。
「ありません」
「そう・・・・・・」
王留美は手元の紙片に目を落とした。
イノベイターであるリジェネ・レジェッタに手渡されたものだ。
「ヴェーダの所在をソレスタルビーイングに伝えれば、イノベイターの計画に狂いが生じるはず・・・そして、また世界は・・・・・・」
あの取澄ましたリボンズ・アルマークの顔が苦渋に歪むところを想像して、王留美は唇を吊り上げた。
頬を張られ、酷い侮辱まで受け、王留美の心は完全にリボンズ・アルマークから離れていた。
この情報があれば、世界はまた混乱を強め、そしてリボンズ・アルマークの計画に狂いが生じる、それを想像して王留美は笑い出したい気分だった。
「お嬢様!」
「どうかして?」
だから、慌てた様子の紅龍に呼ばれたときも、まだ自らの想像の中にいた王留美は余裕を持って聞き返した。
「艦の操舵が・・・制御不能に!! 何か変です!!」
王留美はまだ状況を掴めずに、小首を傾げた。
「どういうこと?」
「分かりませんが・・・システムが全て消されて・・・!! ・・・このままでは・・・・・・」
紅龍の言葉に、ようやく王留美は事態を把握した。そして、その瞳を驚愕に見開いた。
「まさかっ!!? ヴェーダからの介入!!?」
必死でパネルを触っていた紅龍が、とうとう悲鳴をあげた。
「完全に制御不能です!!」
「脱出します。小型挺の準備を」
すぐに落ち着きを装って王留美は指示を出したが、紅龍は力なく首を振った。
「・・・無理です。艦、全てのシステムが、反応しません・・・」
今、王留美が乗るこの船は、宇宙を航海中だ。
艦の全てのシステムが沈黙したままで、宇宙に放り出された恐怖に、王留美の背中を冷や汗が伝った。
【あはははははははははははっはははははははははは!!!!!!!】
王留美がパニックに陥る寸前で、唐突に艦内に笑い声が響き渡った。
王留美は通信機に向かって叫んだ。
「ネーナ? ネーナ・トリニティ? 聴こえて?! この艦のシステムが制御できないの! 助けて頂戴!!」
一縷の望みに縋って放った言葉に、返ってきたのは狂ったような笑い声だった。
【あっははははっ! バーカ!! 知ってるわよ、そんなこと。だって、私がやってるんだから】
「あ、あなた・・・・・・?!」
返ってきた返答に、王留美はワケも分からず息を呑んだ。
今まで、ネーナ・トリニティには、よくしてやった筈だ。
保護し、存在意義を与え、その命に意味を与えてやっていたというのに、これはいったいどういうことなのか 王留美は、まったく分からなかった。
今まで砂嵐状態だったモニターが、その合間に映像を結ぶ。
そこにはネーナの乗る禍々しい色をした機体が、真っ直ぐ向かってくる様子が映し出された。
【何でも持ってるくせに、もっともっと欲しがって、そのくせ中身は空っぽ・・・・・・】
毒をもった言葉が、通信機から流れてくる。
言っていることが理解出来ずに、王留美は呆然とモニターを見つめていた。
【私ね、そんなあなたが、ずーっとキライだったの!!!】
真っ赤なGN粒子を撒き散らすその姿は、まるで最後の日に罪を裁く天使のようで、王留美はただその光に見入っていた。
【だからさぁ、死んじゃえばいいよ!!!】
「!!!」
言葉と、銃を構えるMSとが、ようやく王留美の中で結びついた。
モニターの中で、紅い機体がミサイルを乱射する。
通信機から響くのは、悪意に満ち満ちた笑い声。
艦が揺れている .
「わたしは、わたしは世界を・・・・・・」
どこかで、爆発音が聞こえる。
熱風を感じる .
「・・・・・・変革を・・・・・・」
「留美!!!」
紅龍が、爆発から守るように、王留美の体に覆いかぶさった。
【あははははははははっ!! さっいこう!!!! もう、たまんない!!!
あははははははっははははっははははは!!!】
耳鳴りのように響き続ける笑い声に、王留美は堪らず、瞼を閉じた。
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