宙に上がってすぐ、オービタルリング上に、以前破壊したのとよく似た建造物があった。
【圧縮粒子を完全解放する! 第三システムを作動させろ!!】
「わ、分かった・・・」
沙慈がそれ以上を理解する前に、刹那から緊迫した指示が来た。
この作戦の成功に、6万人もの市民の命がかかっている 刹那の緊張感が沙慈にも伝わってくる。
沙慈はモニターに目を落として声をあげた。
「敵!?」
沙慈の報告と敵機の攻撃と、ほぼ同時だった。
【沙慈!!】
電磁拘束ムチに捕らえられ、意識が飛びそうになるなかで、刹那の声が聴こえた。
必死で、モニターのカウントを確認する。
あと少し、あと少し 完了の表示が出た瞬間に、刹那が叫んだ。
【トランザムライザー!!!】
敵の機体が、真っ二つに割れた。
粒子ビームが衛星兵器へと接近し、ビームサーベルとなって軌道を変えた。
【うぉぉぉぉぉぉぉ!!!】
「あ、やったぁ!」
衛星兵器へと突き刺さったビームに、沙慈は先ほどの攻撃による痛みも忘れて喜びの声をあげた。
【駄目だ!!!】
しかし、刹那の悲鳴が通信機から響いた。
沙慈も、再び衛星兵器へと目を向けた。
衛星兵器の下部、砲台の部分が、熱を集めて光っている。
【や、やめろ!! やめろぉ!!!!】
刹那の悲痛な声も届かず、破壊し切れなかった発射口から、一筋の光がアフリカタワーに向かって放たれた。
衛星兵器から放たれた一撃が、アフリカタワーを直撃する様子を、スメラギは息を呑んで見つめていた。
(・・・・・・間に合わなかった・・・・・・)
津波のような後悔がスメラギを襲う。
しかし、スメラギはそれに耐えた。
「レーザーがピラーに着弾! ピラーの外装部が、オートパージュされています!!」
(・・・・・・後悔は、いつだって出来る! それに、今は、まだ、やれることがある・・・・・・!!)
スメラギは口を開いた。
「成層圏より上の破片は、断熱圧縮による空気加熱で燃え尽きるけど・・・・・・」
ブリッジの皆の視線が、心配そうに自分に集まるのを感じながら、スメラギは言葉を紡いだ。
「それより下の部分は・・・地上に落ちる・・・・・・・・・」
ラッセも、眉を寄せてモニターを見た。
被害予測は、アフリカ上空を覆っている。とてもじゃないが、ソレスタルビーイングで対応しきれるものじゃない。
(・・・・・・・・・・・・)
どうにもならないと分かっていながら、ラッセはその空の下にいるだろう彼女の名を心で呼んだ。
6万もの人命が失われること、さらにアフリカ全土にピラーによる二次災害が予測されること とても楽観視できない状況に、ブリッジは悲壮な雰囲気に呑まれていった。
「何だ?」
敵を狙い撃とうとしていた当にその時、ロックオンは異変を感じて空を見上げた。
「まさか・・・?!」
愕然と、アレルヤも空を見上げた。
「軌道エレベーターが、崩壊していく?!!」
1世紀以上かけて作られた人類の英知の結晶が崩れいく様に、恐怖を感じながら、ティエリアも空を見上げた。
「・・・っち。間に合わなかったか・・・・・・」
アフリカタワーまであと少しというところ、は舌打ちをして操縦幹を握り締めた。
すでに疑似GNドライブはフル稼働している。
速く、速く 1秒が、コンマ1秒が惜しかった。
どんなに機体を速くしたって、どうしても間に合わない瞬間がある。それがイヤだった。
限界まで操縦幹を押し込んで、少しでもスピードを上げようとする。
これ以上は無理だと分かっているのに、それでも、少しだけでも .
【現空域にいる全部隊に、有視界通信でデータを転送します】
突然入った通信に、は我に返った。
スメラギの声だった。
ソレスタルビーイングの通信回線じゃない そのことに驚いた。
次々とデータが転送されている。
ピラーの落下予想、危険エリア、広がる災害予想マップ .
【データにある空域に進入してくるピラーの破片を破壊してください。その下は、人工密集区域です】
少しでも早く飛ぶために機体を軽くしたために、GNSに映像受信機は積んでいない。
データは処理されて次々と表示されていくが、この放送をしているだろうスメラギの顔はには見えなかった。
それでも、真剣な顔をして そして、ソレスタルビーイングでありながら素顔を曝して、この放送をしているだろうスメラギの 真剣な気持ちが伝わってきた。
【このままでは、何千万という人々の命が消えてしまう・・・だから、お願い! みんなを助けて!!】
「・・・・・・さすが、ソレスタルビーイングの、我らが戦術予報士だわ・・・・・・」
は息を吐き出した。
再び前を睨んで、は引鉄に指をかけた。
このスピードでも、この距離でも .
遠距離から放たれるGNビームがピラーに突き刺さる。
四散していく破片の、さらに上から落ちてくるピラーを狙って、ティエリアはGNキャノンを構えた。
「圧縮粒子、解放!!!」
「ったく、あの女!! 何もんだよ?!!」
先ほどから放たれるGNビームが、より精確性を増していくことに、内心舌を巻きながら、ロックオンは負けじと引鉄を引き続けた。
高速飛行で発生した風圧で、未破壊のピラーを押し戻し、ビームライフルで破壊する。
アレルヤが押し戻したピラーの破片に、GNSから発射されるビームが突き刺さる。
「くっ・・・・・・数が多すぎる!! しまった!!!」
撃ち漏らしたピラーの破片が、アリオスの脇をすり抜けていく。
慌てて銃口を向けたピラーが、別方向からのビームによって四散した。
そのビームの発射元に目をやって、アレルヤは思わず声をあげた。
「え!? あれは・・・マリー!!!?」
「これは戦いじゃないわ・・・命を守るための!!」
マリーがアリオスの支援機であるGNアーチャーに乗り、この戦場に駆けつけたのだ。
アレルヤがスミルノフ大佐と交わした約束のことは、マリーも分かっていた。
それでもこの場所に行かずには居られなかった。
一人でも多くの人の命を助けたいと思った。
だから、マリーは、アレルヤが言葉を発する前に、そう叫んでいた。
その想いが届いたアレルヤも、それ以上は何も言わなかった。
代わりに、アレルヤは一つ頷いて、GNアーチャーの隣に並んで、ピラーを破壊することに集中した。
ロックオンも、落下してくるピラーの破片の多さに、限界を感じていた。
「くそ、このままじゃ・・・!!」
密集して落ちてきたピラーの破片に向けて、ミサイルをありったけ叩き込む。
「しまった!!!」
しかし、やはり数の多さには敵わず、何枚かの破片が爆煙を抜けて、人工密集地帯に向かって落下を続けていく。
まずい、間に合わない そう思ったその時、破片が密集地帯直上、ギリギリのところで粉塵に変わった。
その原因を放った方へ視線を向けて、ロックオンは目を見開いた。
「あ・・・あれは・・・・・・カタロン!?」
砂塵を巻き上げながら、カタロン部隊がアフリカタワーを目指して向かってきている。
その目的が、ピラーの破壊に違いなく、ロックオンは、にやりと微笑を浮かべて、再び落下してくる破片に向かって銃口を向けた。
は苛ついていた。
衛星兵器が発射されたことよりも、6万人もの命をあっさりと見殺しにした連邦政府よりも、何よりも、今この場にいてピラーの破壊に手を貸そうとしない連邦軍に苛立っていた。
「・・・・・・・・・っち。腰抜けどもが・・・!」
呟いて、操縦幹を思いっきり押し倒した。
瞬時に反応した機体が、半ロールする。
高度を限界まで落としたその姿勢のまま、連邦軍の中を突っ切る。
布陣の最後尾まで走り抜けて、反転しながら急上昇。
の動きに反応できた何機かが、こちらを追尾しようとしたのを視界の隅で捉えながら、再び連邦軍のほうへ機首を向ける。
反転した視界、背面で飛びながら、連邦軍には目もくれず、湧くように降ってくるピラーの破片に向かって、引鉄を引く。
粉塵となったその中を飛び抜けながら、地面に向かって急降下。
軽く機体を振って、再び地面と水平になったときには、を追尾しようとして追って来た連邦軍機の横をすり抜けて、再度布陣の後方へと飛び去る。
大きくカーブを描きながら、また別のピラー片に向かって引鉄を絞る。
「・・・遅ぇんだよ・・・・・・」
GNSに挑発されたと気付いた連邦軍が、ピラー片に向かってその武器を構えるのを視界の隅に捉えながら、は引鉄を引く指に力を入れた。
ティエリアも、ピラーの破壊に苦心していた。
先ほどから砲撃を繰り返すが、落下するピラーは終わりがないかのように降り続けている。
それでも諦めずに破壊を続けていたが、セラヴィーの攻撃力をもってしても、防ぎきるのは難しく思われた。
放った砲撃で破壊し切れなかったピラー片が、別の攻撃によって破壊されて、ティエリアは地上に目を向けた。
「クーデター派の機体か?!!」
連邦軍の機体が、セラヴィーに加勢するかのように、その銃口をピラーに向けていた。
「なんだ?! ・・・正規軍まで!!」
一斉に破壊されて粉塵となっていくピラーに、アレルヤも驚きの声をあげた。
今まで手出しを控えていた正規軍が、続々とピラーの破壊に協力し始めていた。
「都市への直撃は、何とか避けられそうです!!」
トレミーの火気もピラー破壊に回しながら、ラッセはミレイナの報告に頷いた。
「・・・・・・ありがとう・・・」
モニターでその様子を確認しながら、スメラギも瞳を伏せて呟いた。
有視界通信で呼びかけたことは、けっして間違っていなかったことに安堵した。
これ以上の犠牲を払わずに済むことを喜んだ。
多くの命が守られたことに感謝した。
「こんな状況で、全てが一つに纏っていく・・・!」
「皮肉なもんだな」
アニューの呟きにそう答えて、それからラッセは堪えきれず笑みを浮かべた。
「だが、悪くない」
(・・・そうだろ、?)
あの空の下を飛んでいるに向かって、そう尋ねる。
彼女も、肩を竦めて笑うだろう。悪くない、と。
ブリッジのつかの間の安堵を打ち破るように、警戒音が響いた。
「左舷より、MS部隊が接近!! アロウズです!!!」
表情を硬くしたフェルトの報告に、ラッセは舌打ちを漏らした。
「っち。この時を狙っていたのか!!」
「アーデさんたちに撤退を!!!」
「このまま続行よ!!」
ミレイナの焦った声を遮って、スメラギが言った。
覚悟を決めたスメラギの表情に、フェルトが驚いて確認する。
「いいんですか!?」
ぎゅっと前を見つめて、スメラギは表情を険しくした。
「・・・・・・指揮官が彼女なら、きっと!!!」
静かに、しかし確信を込めて、スメラギはそう言い切った。
「・・・アロウズが・・・!!!」
「マジかよっ?!」
「・・・ピラー破壊に協力している?!!」
「・・・・・・感謝するよ、マネキン・・・・・・」
あれほどガンダムに執着していたアロウズが、目もくれずに横をすり抜けてピラーの破壊へと向かうのに、一種の感動を覚えたのはだけではないはずだ。
おそらく、納得出来ていないパイロットもいるだろうが、はこの指示を出したであろう、かつての上官に礼を述べた。
アロウズという憂いを絶たれた今、やるべきことは明確だった。
は、落下するピラーに集中力を向けた。
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