AEUのアフリカタワー・低軌道ステーションを占拠したパング・ハーキュリーは、タワー内の館内放送のマイクを握った。

  「ここにいる全市民の方々に報告する。私は地球連邦軍情報作戦室所属パング・ハーキュリー大佐。
   私は同志たちとともにこのステーションを占拠した。
   駐留軍、各生命維持施設、リニアトレイン、そして太陽光発電システムも私たちが掌握している」

  ハーキュリーは、クーデターの第一段階を成功させた喜びも傲慢もなく、厳しい顔で語りかける。

  「私たちの目的はただひとつ、連邦政府直轄組織、独立治安部隊アロウズの蛮行を世に知らしめ、その是非を世論に問う為である。
   反政府勢力を排除する名目で彼らが、数百万規模の虐殺を行っている事実を、あなたはご存知か?
   中東再編の為、罪もない多くの人々が殺されたことをご存知か?
   そう、あなた方は連邦政府の情報統制によって、偽りの平和を与えられ、知らぬ間に独裁という社会構造に取り込まれているのだ」

  ハーキュリーは、マイクを握る手に力を入れた。

  「この事実を世に知らしめる間、あなた方の命を預からせてもらう。
   憎んでいただいて構わない。だが、これだけは断言する。
   我々は連邦市民の利益と安全を守る軍人だ。
   故に誤った政治、間違った軍隊を正すこともまた我々軍人の使命なのである」

  自分の行動は正しい。そう信じていた。











#16 悲劇への序章











  【アフリカタワー・低軌道ステーションを占拠した反政府勢力から、犯行声明、および連邦議会への請求が届きました。
   要求は、ステーションに在住する市民の解放と引き換えに、連邦議会の解散、反政府活動家4万5千人の釈放。
   ですが、連邦政府は要求に答えることもテロに屈することもありません。
   すでに独立治安維持部隊を現地に派遣し、事件の早期解決を・・・・・・】


  「クーデター軍による、アフリカタワーの占拠」
  ティエリアが呟いたのは、ニュースでは結局伝えられることのなかった情報だ。

  「カタロンからの情報通りだな」
  ラッセは唸って腕を組んだ。
  「アロウズが撤退したのも、それが理由ですね」
  隣に座るアニューが、納得したように頷いて呟いた。

  先のアロウズの不可思議な撤退について、皆が疑問に思っていた。
  アロウズは、念願のソレスタルビーイング殲滅を目の前にして、突然戦闘を切り上げた。
  絶好の機会を棒に振らざる得ない理由       それが正規軍が起こしたクーデターのため、というのは納得できる理由だ。

  未だ合流出来ていない刹那を除く、トレミーに乗る全員が集合したブリッジで、アレルヤが戦術予報士に視線を向けた。

  「で、どうするんですか? スメラギさん」
  「もちろん、協力するんだろ?」
  当たり前だとばかりに言ったロックオンの言葉に、しかしスメラギは慎重な態度を崩さなかった。

  「イノベイターがヴェーダを掌握している・・・・・・なのに、どうして彼らは今回の騒ぎに気付けなかったのかしら・・・?」
  「・・・本当に気付いてなかったと思う?」
  「クーデターを予測しながら、見逃していたというんですか?!」
  驚くフェルトに、は肩を竦めてみせた。
  スメラギは、厳しい表情を浮かべたまま頷いた。
  「・・・その可能性があるわ」
  暗い表情で唸ったスメラギに、溜息を吐いてラッセが振り返った。

  「だが。アロウズが動き出す以上、黙って見ているわけにはいかないぜ?」
  「そして、アロウズの裏にはイノベイターの存在がある」
  ティエリアの発言に、スメラギは表情を引き締めて頷いた。

  「彼らが何を企んでいるとしても、それを解き明かすには現地へ向うしかないわね・・・・・・それに、クーデターの情報を刹那が知ったら・・・」
  「向かってるな」
  ロックオンの軽い口調に、ラッセも微笑んで頷いた。
  「確実です!」
  ミレイナも大きく頷いている。
  そんな仲間を見回して、スメラギは息を吐いた。

  「イアン、、アフリカタワーに着く前に、火気管制を使えるように出来る?」
  懇願するように向けられたスメラギの視線に、イアンが唸って頭を掻き毟った。
  きっと、彼の頭の中では、使える時間と残っている資材、そしてソレスタルビーイングの存在理由が激しく火花を散らしているのだろう。結果など、見えているのに。
  は、そんなイアンに構わず、軽く手を挙げてスメラギに微笑んでみせた。
  「了解。任せて」
  「分かった!! やるしかないだろう!!!」
  つられて叫んだイアンに、スメラギも微笑んだ。
  「それじゃぁ、お願いね」
  トレミーは、アフリカタワーに向けて進路を取った。





















  一服しようとやってきたラウンジで、ロックオンは携帯端末を確認しているをみつけた。
  は、じっと画面を見つめていたが、ロックオンに気付くと、溜息を吐いて端末をしまった。
  の隣に並んで、ロックオンは煙草に火を点けた。

  「・・・まさかとは思うが、俺らの居所をアロウズに教えてたわけじゃないだろうな?」
  「まさか。連邦軍にいる兄貴と連絡が取れなくなってるから、心配してるだけ」
  冗談めかして尋ねた問いだったが、まさかそんな答えが返ってくるとは思っておらず、ロックオンは驚きに固まった。
  そんなロックオンに、ちらりと目をやって、は嫌そうに顔を顰めた。
  「・・・アタシだって、心配ぐらいするんですけど?」
  「いや・・・・・・まぁ、分かってるけどよ・・・・・・・・」
  まさか、が正直に答えるとは思っていなかったなどとは言えず、ロックオンは曖昧に頷いた。


  「クラウスは? クーデターに加わってる?」
  のこの質問にも、軽く驚きながら、ロックオンは首を振った。
  「いいや。クラウスは、アフリカタワーへは向わないそうだ」
  「そう・・・なら、よかった」
  微かに微笑んでそう呟いたに、ロックオンが信じられないとばかりに片眉を上げた。
  ロックオンがそれを言葉にする前に、が口を開いた。

  「だから、心配なんだって! 巻き込まれて欲しくない。クラウスも、兄貴も」
  「・・・なんで、そう思うんだ?」
  「イノベイターは、意図的に今回のクーデターを見逃したとしか思えない・・・・・・・・・だったら、このクーデターは罠と考えた方がいい。危険すぎる・・・・・・」
  眉を寄せて答えるに、ロックオンは深く息を吐き出した。


  「・・・・・・あんた、変わったな・・・」
  ロックオンの言葉に、が首を傾げた。
  そんなを笑いながら、ロックオンが口を開く。

  「ラッセのおかげ、か? ・・・あんたが本当に社の女王だと知ったときには、信用ならないかと思ったが、今のあんたなら信じてもいいと思ってるぜ?」
  「ありがと。素直に受け取っとく・・・・・・あなたも、彼女のおかげ、でいい雰囲気なんじゃない?」
  「お?!!! ・・・・・・分かんのかよ?!」
  驚くロックオンに、が笑って肩を竦めた。

  「いい感じなんじゃない? ・・・・・・ロックオンって、甘すぎるタイプかと思ってたけど、そうでもなかったみたいだし?」
  「・・・さんきゅー。褒め言葉と受け取っとくぜ」
  ロックオンが、にやりと笑った。

  不意に、ロックオンが指に挟んでいた煙草を摘み上げ、が自分の唇にあてた。
  驚くロックオンに向って吸い込んだ紫煙を吹きかけると、再びロックオンの指に煙草を戻して髪をかき上げる。
  「少しは控えたら? ヤニ臭い男は嫌われるよ」
  そう言うと、ひらひらと手を振ってラウンジを出て行くを、ロックオンは驚いた表情で見送ったのだった。








     >> #16−2 ・ another side








     Photo by Microbiz