「まずいぞ! 未確認MSが2機、別々の方向から向ってきてる!」
  勢いよくブリッジへと駆け込んできたロックオンの言葉に、スメラギは表情を厳しくした。

  「フェルト、アレルヤとティエリアを出撃させて」
  「了解です」
  「・・・・・・やはり、こちらの位置が・・・・・・」
  心配そうに呟いたアニューの言葉が耳に届いた。
  スメラギは黙ってガンダムが発進していくのを見送った。

  (・・・ヴェーダを使って? それとも、これがイノベイターの能力? ・・・・・・どちらにしても、やっかいね・・・今、トレミーを襲われたら・・・・・・)

  「っ!? スメラギさん!!」
  フェルトの声が、思考に沈みかけたスメラギを遮った。

  「もう1機、高速でこちらに向かう機体があります!!」
  「なんですって?!!」
  フェルトの報告に、ブリッジに緊張が走る。

  「速すぎて、捉えきれません!!」
  「何なんだ、それは?!!」
  「接近する機体のスピードは、80セカンドを超えています!!!」
  「何だ、その速さは!!?」
  ラッセは驚きに目を見張った。
  「ミサイルや弾頭じゃないのか?!」
  ロックオンの当然の疑問に、フェルトが首を振る。
  「大きさが違います!! それに、疑似GNドライブの反応があります!!」
  フェルトの答えに、ロックオンが息を呑んだ。

  「・・・出る! ケルディムを出してくれ!!」
  ロックオンがブリッジを飛び出していく。

  その背中を見送って、ラッセはスメラギが何か考え込んでいるのに気がついた。

  「不明機、さらに加速しました! スメラギさん!!」
  【こっちは、いつでもいけるぜ!】
  「ケルディムの射程に入ったです!!」
  「・・・・・・分かったわ。ケルディムの砲撃を許可します」
  【オーケィ! 狙い撃つぜ!!】


  射撃スコープを覗き、点のように見えるターゲットに照準を合わせる。
  気象条件、標的の移動スピード、それら諸々の全てを考慮に入れて、ロックオンは神経を集中させる。
  後は、その瞬間、を待つだけだ。標的を狙い打つ、確かに手ごたえを感じることが出来る、その瞬間を      .

  「捉えた!!」

  直感にも似たその手ごたえに、ロックオンは引鉄を引いた。
  ケルディムの狙撃は真っ直ぐ標的に向かい、ロックオンの手ごたえに答えるかに思われた。

  「何だと・・・!?」
  ロックオンは茫然と、思わず声をあげた。

  中るはずだった砲撃は、僅かに軌道を変えた標的の横をすり抜けていった。
  80セカンドを超えて飛行する物体が砲撃を避けるとは信じられなくて、ロックオンは再びスコープに視線を戻した。

  「二度目はないぜ・・・・・・今度こそっ!!!」
  中る、という確かな手ごたえをもって放った一撃は、再度ロックオンの期待を裏切った。

  「ちっくしょう、避けやがった!!」
  旋回して綺麗にかわしてみせた標的に、思わず声を荒げたロックオンの手元で、通信機が鳴った。


  【攻撃の必要はないわ】
  「あぁ!? どういうこった?」
  【おそらく、味方のはずだから】

  通信機の向こうで、さらに疑問を口にしようとするロックオンに、戻るように指示を出して、スメラギは通信を切った。
  トレミーのカメラでも確認できるほどの距離に近づいたその機体が、ブリッジのモニターに映し出されている。
  綺麗な流線型をしたそれはMAだった。
  飛行形態のアリオスと似た形をしたそのMAを見つめて、スメラギは溜息を吐いた。

  「スメラギさん・・・?」
  訝しげに尋ねるフェルトに、スメラギは苦笑を浮かべた。
  フェルトが訝しがるのも理解できる。
  いきなり現れたMAを味方だと言う根拠が分からないのだろう。

  スメラギは安心させるように頷いた。
  ケルディムの砲撃を、あんな簡単に避けられる人間に、少なくとも自分は心当たりがあった。
  スメラギは言葉を紡がずに、モニターに映るMAに視線を向けた。

  程なく、通信機が着信を告げる。


  【いきなり撃つなんて、酷くないですか?】


  聞こえてきた声に、ブリッジに驚きと笑顔が広がる。
  「腕は鈍ってないようね?
  【残念ながら、そのようです。着艦許可、頂けます?】
  「ええ。ミレイナ、お願いできるかしら?」
  「は、はいです!!」
  慌ててミレイナが着艦準備に入る。

  「・・・ガンダムマイスターの攻撃をかわすなんて・・・いったい、どんな人なんですか?」
  「アニューは、と会うのは初めてだったわね? どんな人って・・・・・・」
  アニューの問いに、スメラギは少し考えて呟いた。

  「そうね・・・もしかしたら、アニューは知ってるかもしれないわね・・・」
  「どういうことです?」
  「会えば分かるわ」
  苦笑を浮かべて答えたスメラギに、アニューが不思議そうに首を傾げた。

  フェルトが微笑んで答えた。
  「とても、優しい人です。」

  「リターナーさん、さんのことは、アイオンさんに訊くのが正解です!!」
  「え?」
  ミレイナの余計な一言で、アニューの視線がラッセへ向いた。

  「・・・出迎えに行ってくる」
  その視線から逃れるようにラッセは操縦席を立った。

  笑っているスメラギとミレイナの横を通り抜けて、ブリッジを出た。
  閉まった扉に、溜息を吐いて呟いた。
  「・・・俺だって、知らないことばかりだぜ・・・・・・」
  もう一度溜息を吐いて、ラッセは顔を上げた。
  今は、久しぶりに戻ってきたに会いたくて堪らなかった。





















  「!!」
  ヘルメットを脱ぎ捨てて彼女は手を振って答えた。
  軽いステップでMAから飛び降り、颯爽とラッセの前で足を止めた。

  「ただいま、ラッセ」
  「ああ、おかえり」
  「うん、ただいま」
  (・・・ずっと、会いたかった。待っていた・・・)

  「あ〜! ホントに、さんです!!」
  目の前で微笑むを抱きしめる寸前で聞こえた声に、ラッセは動きを止めた。
  行き場をなくした手を仕方なく、腰に当てた。
  そんなラッセに笑って、は声の方を振り返った。

  「ミレイナ、いい子にしてた?」
  「はいです!! お土産のために頑張ったです!!」
  「はいはい。ありがとね」
  苦笑するに、フェルトが眉を寄せた。
  「さん、その髪・・・・・・」
  フェルトに指摘されて、ラッセも漸く気がついた。
  トレミーを降りる前には、それなりの長さがあった淡い金髪が、ばっさりと短くなっている。
  気付かなかった罰の悪さに、ラッセは腕を組んで誤魔化した。

  「MA乗るのに、邪魔っぽかったから」
  「そうですか・・・ちょっと勿体ないなって」
  「・・・それと、DNA鑑定に必要らしくて」
  「DNA鑑定?」

  「・・・アレは、あなたのプランだったのね?」
  呆れたように溜息を吐いたスメラギに、が困ったように笑った。
  「すみません、連絡も入れずに・・・」
  「本当。危うく騙されるところだったわ」
  「でもこれで、アタシも自由に動けるし。許してください」
  舌を出してみせたに、スメラギは肩を竦めて苦笑した。
  「そういうなら、遠慮しないわ。がんがん働いてもらうわ」


  「レジーナ・・・・・・・!!」
  唐突に呟かれた名前に、が剣呑な視線を向けた。
  「まさか、社の女王が、ソレスタルビーイングに・・・?!!」

  驚きに目を見開くアニューに向って、が唇の端を持ち上げた。
  「・・・生憎だけど、その人は死んだ。ニュース見てないの? アタシは、       ところで、あなた誰?」
  「わ、私は・・・」

  「アニュー、アニュー・リターナー。どっかの誰かが放り出したトレミーの操縦担当だ」
  アニューを庇うようにロックオンが口を開いた。
  言い淀んだアニューの肩に手を置き、を見据えていた。

  ロックオンは、ふっと表情を崩して肩を竦めた。
  「・・・・・・ったく。もうちょっとで、撃墜すっとこだったじゃねぇか。危ねぇ、危ねぇ」
  「あなたに落とされるほど、腕を鈍らせた覚えはないんだけど?」
  「おっと・・・そいつは怖いねぇ」
  剣呑に睨んでいたも、おどけたように笑った。

  高まった緊張が緩み、ほっと安心したようにスメラギが笑った。
  「それにしても、よくトレミーの居場所が分かったわね?」
  「メメントモリの戦闘宙域と離脱コース、大気圏への突入から計算して、大体の目途をつけただけ。当たってよかった」
  「さすが、ね・・・」
  苦笑するスメラギに、も苦笑いを浮かべる。

  「それにしても、疑似GNドライブなんて、どうやって手に入れたんだ?」
  「あ〜、それは・・・使える手は全部使っただけ」
  「そうか、さすが女王」
  感心したように頷くイアンに、が格納庫を見渡して首を傾げた。


  「ケルディム以外は出撃中? ・・・結局、オーライザーはイアンが動かしたの?」
  「いや、それが・・・・・・」
  イアンが言い難そうに言葉を濁した。
  他のメンバーも、口を閉ざす。

  「・・・スメラギさん、オーライザーには誰が?」
  重く緊張した空気に、嫌な予感を感じたがスメラギに視線を向けた。

  オーライザーに乗ったのは、沙慈・クロスロードだった。
  は、沙慈が戦闘に参加することを極端に嫌がっていた。
  沙慈が、オーライザーに乗って戦場に出たなどと、簡単には伝えられなかった。
  それでも、秘密にしておけないと判断したのだろう、スメラギが口を開いた。


  「・・・・・・沙慈・クロスロードよ・・・」
  溜息を吐いて紡がれたスメラギの言葉に、の瞳が剣呑な光を帯びた。
  「・・・・・・仕方なかったのよ、あの場面では、そうするしか手がなかったの・・・」
  「・・・彼を、戦闘に参加させたんですか?」
  「結果として、そうなったのが事実よ」
  の瞳が、先ほどとは比べようもないほどに鋭さを増す。
  底冷えのする冷たい声で、が再度尋ねる。
  「非戦闘員を無理矢理、戦いへ?」
  「・・・無理強いはしていないわ・・・他に選択肢がなかっただけよ」
  「それを無理矢理と言うんです!!」
  声を荒げたに、スメラギ以外のメンバーが息を呑んだ。
  こんなふうに感情を顕にするを見たことがなかった。
  いつも余裕があって、飄々として。感情を激昂させるところは、ほとんど見たことがなかった。

  「・・・、あなたはあの時トレミーにいなかった。私たちは、あの時できる最善の行動をしたの。その結果、今ここに皆そろっていられる。それが事実よ」
  「大義名分の下で、戦いを強いるのなら、ソレスタルビーイングも他と変わらない!
  そんな存在、アタシは許せない!!」

  「・・・あなたが、そこまで言う理由を教えてくれないかしら?」
  スメラギは物騒な瞳に挫けることなく言った。
  は一度唇を噛んで眼差しを険しくした。
  「理由なんて、どうでもいい。今は、彼を戦わせたことが、問題なんです!」
  「彼にオーライザーを届けてもらうしか方法がなかったのよ。それに、あの時は、沙慈くん自らの意思で      
  「そんな簡単に、彼を戦いに巻き込まないで!! 分かってないんだ!!
  周りが止めなきゃいけないのに       !!!」
<
  叫んだの体が突然ふらついた。

  「?!」
  そのまま膝を付いたに、慌ててラッセが腕を伸ばした。
  「おい! 大丈夫か?!」
  「平気だから・・・大丈夫・・・・・・」
  差し伸べられたラッセの手を断りながらも、は目元を押さえたまま立ち上がろうとしない。
  「大丈夫って・・・・・・おい、?!」
  を、ラッセが抱え起こす。
  頭を押さえ、ラッセに抱えられるようにして、ふらふらと歩いていくの後姿を見送りながら、スメラギは眉を寄せた。

  「・・・・・・・・・あなた、いったい何を背負っているの・・・・・・?」
  その問いに答える声はなく、スメラギは、ぎゅっと唇を噛み締めていた。








     >> #14−3








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