俺もだ。待ってる .
「ありがと」
呟いて、は空を見上げた。
衛星兵器・メメントモリの破壊ミッションが行われている頃だろう。
カタロンの宇宙部隊の全戦力が、衛星兵器破壊へ動き出したという情報もある。
宙では激しい戦闘が行われているのに、地上は偽りの平和で満たされている。
(矛盾だらけね・・・・・・)
ゆっくりと止まった車から、は降り立った。
「お待ちしておりました」
「・・・パーティで、お会いして以来ね」
「どうぞ、こちらへ」
にっこりと微笑んでみせても、出迎えた彼は表情を変えずにを促した。
は小さく溜息を吐いて、紅龍の後を歩き出した。
王留美は、目の前で優雅にお茶を飲む、この女が苦手だった。
苦手、というよりも、嫌いというべきか。
淡い金色の髪も、珍しい紫水晶のような瞳も、バランスのよい長い手足も、兵器開発者としての明晰な頭脳も、軍人としての高い能力も、今目の前にいることも、すべてが嫌いだった。
王留美の心内など知る由もなく、レジーナ・は優雅にカップをソーサーに戻して、にっこりと微笑んだ。
「美味しいお茶。さすが王家ね」
「ありがとうございます。でも、早くにご連絡いただけていれば、もっと御構いできましたのに」
「これで充分よ」
言外に、突然来るなと言った王留美に、しかしレジーナ・は悪びれることなく笑った。
「その頬 」
王留美は咄嗟に、隠すように自分の頬に手を当てた。
「 打たれたの? 腫れているけれど・・・」
表情を繕って王留美は笑ってみせた。
「いいえ。何でもありませんわ」
「てっきり、恋人にでも打たれたのかと思ったわ」
「恋人? まぁ、おもしろいことを・・・・・・」
「恋人でしょ? リボンズ・アルマーク氏と」
固まった王留美に対して、レジーナ・は微笑を浮かべたまま、紫水晶の瞳を真っ直ぐ向けた。
「違わないわよね? だって、とても仲がよろしいんですもの」
「・・・ご冗談を。けっして、恋人などではありませんわ」
固まった表情を、それでも何とか微笑みにして、王留美は首を振った。
「・・・アルマーク氏とは懇意にさせていただいてますけど、けっしてレジーナさんの疑うような仲では、なくってよ」
無理矢理微笑んで、王留美は自分の前のカップを持ち上げた。
「そう? でも 少なくとも留美さんは、随分とご執心よね・・・メメントモリの建造に資金援助をするほどに」
カップに口をつけようとしたその姿勢で、王留美は体を強張らせた。
震える手を懸命に堪えてカップを戻す。
「・・・・・・何のことかしら? さっぱり・・・・・・」
「アロウズの衛星兵器よ。スイールの首都を壊滅させ、リチエラの軍事基地と隣接する難民キャンプを蒸発させた、最悪の殺戮兵器。知っているでしょ?」
レジーナ・は笑顔を浮かべたままだ。
しかし、その瞳がまったく微笑んでいないことに王留美は気がついた。
王留美の背中を恐怖に似た感情が這い上がった。
それでも、王留美は王家の当主らしく取り繕った。
「・・・・・・衛星兵器のことは、噂に聞いています・・・けれど、その建造に手を貸しただなんて・・・・・・レジーナさん、いったい何をおっしゃりたいの?」
レジーナ・の表情にうっすらと侮蔑の色が現れた。
「最低よ、王留美。暇潰しだか何だか知らないけど、命を玩ぼうなんて、身の程を知りなさい」
「・・・大層なことをおっしゃいますけど、社だって元々は死の商人。あなたはその兵器の開発もしていた・・・あなたの方が、よっぽど命を玩んでいるんでは、なくって?!」
王留美が勝ち誇ったように言い放ったが、レジーナ・は顔色一つ変えなかった。
揺るぎもしない紫水晶の瞳に、王留美の方が居心地悪く口を引き結んだ。
「・・・レジーナ・、あなた、何を知っているの・・・・・・・?」
王留美を冷たく見つめたまま、レジーナ・はゆっくりと口を開いた。
「 王留美、あなた、ソレスタルビーイングにも、情報を渡しているわね?」
今度こそ、王留美は表情を取り繕うことが出来なかった。
ゾッとする恐怖が背中を駆け上がっていく。
冷酷に王留美を睨みつけ、レジーナ・は言葉を紡ぐ。
「リボンズ・アルマークは裏でアロウズを操っている。そのリボンズに近づいて協力する一方、ソレスタルビーイングとも繋がっている・・・・・・ソレスタルビーイングは、リボンズのことを知らない。
知っていたら、アロウズを潰すために動いているでしょうから・・・そうなると、あなたはアロウズに都合の悪い情報は、ソレスタルビーイングに渡していないことになる。
リボンズは、あなたとソレスタルビーイングとの繋がりを知っているんでしょう? そして、それを利用している・・・ここ最近のあなたの行動と、王家のお金の流れがそれを物語っている。
裏切られているのは、ソレスタルビーイング、ね?」
紫水晶の瞳に尋ねられて、王留美は王家の当主としての仮面を被ることを放棄した。
「だったら? ・・・何か問題あるかしら?」
開き直って唇を吊り上げた王留美に、レジーナ・は軽蔑するように眉を寄せた。
「・・・あなた、何がしたいの? 何を求めているの? そんなに、平和が嫌い?」
「ええ。大嫌いよ。こんな世界なんて、滅びてしまえばいいと思うほどに」
王留美は、挑発的に微笑を浮かべて口を開いた。
「だから、わたくしは戦いを求める。戦いの果てにこそ、世界の変革があるから」
「そのための戦争なら仕方ないと?」
再び持ち上げたカップに口をつけて、王留美は艶然と笑った。
「ええ。そのためなら、わたくしの命だって、惜しくわないわ」
王留美の言葉に、レジーナ・は不愉快そうに口を開く。
「惜しくない? それは、あなたが平和の中にいるからでしょ。大層なこと言ってみせたって、あなたはいつも安全な場所から出ようとしない。人の命をゲームのように扱って、そんな自分に愉悦を感じる、小物に過ぎないなのよ」
「大層なことを言っているのは、あなたの方ではなくて? レジーナ・・・・理想ばかり言っても、あなたは何も出来やしないのよ」
「何か勘違いをしているわね」
レジーナ・の言葉に、王留美は僅かに眉を寄せた。
「わたくし、何か違っていて?」
「アタシはすでに行動してるわ。そして、あなたは、社に殺されるのよ」
「・・・どういうこと?」
何とか声を絞り出した王留美に、レジーナ・は社の女王としての顔で告げた。
「社は、アロウズに協力を申し出たわ。もちろん、軍事開発のね」
「・・・・・・アーサー・が、方針を変更したと?」
「いいえ。アーサーは軍事協力に反対よ。これはすべて、アタシの一存。軍需部門は、アタシが動かす」
「・・・復帰なさるおつもり?」
王留美の言葉に、レジーナ・はその名に相応しい、高みから見下すような視線を向け、艶然と微笑んだ。
「社にアタシが戻ったら、アロウズでのあなたの地位は危うくなるわよ? 覚悟しなさい、王留美」
悠然と微笑を浮かべて、社の女王ははっきりと宣戦布告した。
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