車に乗り込んだレジーナ・は、休む間もなく携帯を取り出した。すぐに、通信回線を開く。
「アーサー。例の件、進めて頂戴」
イヤホンから聞こえる弟の声に、うっすらと笑みを浮かべる。
「ええ。王家を潰すわ・・・・・・あなたが反対しても、無駄よ。アタシはやるわ」
車窓に広がる真っ青な空を見上げて、レジーナ・は、はっきりと宣言した。
「アロウズに協力するわ。それが、王留美を潰す、一番手っ取り早い方法よ」
【これから、工場に戻るわ・・・・・・ええ、そうよ・・・・・・たとえ、あなたをの社長から解任しても、ね・・・・・・・・・文句は聞かない。試作機がロールアウト間近なの・・・】
「 お嬢様・・・」
口をつけたカップをゆっくりとソーサーに戻してから、王留美は紅龍の呼びかけに答えた。
「気付かないなんて、あの女も口先だけね」
部屋の隅で沈黙する紅龍の仕事を褒めるように、王留美は微笑を向けた。
「発信機の方も、感度は良好のようね・・・よかったわ」
「お嬢様・・・・・・」
咎めるような紅龍の言葉を気にせず、王留美はさも当然のことのように言う。
「これで、開発中の兵器の場所もつかめるし、煩わしいこともないわね」
「・・・・・・」
「これは、王家の危機よ。わたくしの危機なのよ 分かっているわね?」
「しかし・・・!」
何か言いかけた紅龍を、王留美は鋭く睨みつけた。
「あなたが出来ないと言うなら、別の人間に頼むだけのこと! ネーナを呼んで頂戴!!!」
「・・・お嬢様・・・・・・」
紅龍は、その唇を噛み締めて、王家の当主の視線に耐えていたが、ついに深々と頭を垂れたのだった。
「衛星兵器の破壊、確認しました!!」
炎を上げて爆発炎上するメメントモリの横を、トレミーは減速せずに走り抜けた。
モニターに映し出されたメメントモリが崩れゆく映像を見つめ、衛星兵器の破壊ミッションの成功を確認して、スメラギは気を引き締めてブリッジに指示を出した。
「トレミー、速度を維持したまま、現宙域を離脱。ダブルオーライザーに後退を」
「了解です!」
ミレイナが刹那に連絡を入れる。
まさかの衛星兵器の破壊に、アロウズ側は混乱に陥っているようで、トレミーを追ってくる様子もない。
「トレミー、戦闘エリアを離脱したです」
ミレイナの言葉に、ブリッジの面々がそれぞれ緊張に詰めていた息を吐いた。
「やったな」
「みんなのおかげよ」
満足気に笑ったラッセに、スメラギも微笑を浮かべて頷く。
ブリッジが柔らかな空気に包まれようとした当にその時、突然警報音が響き渡った。
「Eセンサーに反応! 敵機です!!」
「何ですって!!!?」
フェルトの報告に、スメラギは驚きの悲鳴を上げた。
こんなところまで敵が隠れているとは予想していなかった。
焦るスメラギを嘲笑うかのように、攻撃を受けてトレミーが衝撃に揺れる。
「これは・・・!!?」
「アロウズの、新型MA・・・こんなものまでっ!!」
スメラギは、ぎりっと唇を噛んだ。
「・・・の報告にあった、開発中の新型・・・!」
再び、大きな衝撃がトレミーを襲った。
「船体左舷に被弾! スメラギさん!!!」
直撃を受けたトレミーは、煙を吐きながら地球へと落ちていった。
まるで、流星群のように流れる光の筋がいくつも見えた。
宇宙で起こった大規模な戦闘のせいだろう。
詳しいことは知らされていない。
アロウズが勝利したのか、それともソレスタルビーイングが勝ち残ったのか 紅龍は宙を見上げていた視線を戻した。
目の前で、真っ赤な炎が夜空を焼いている。
ほんの数十分前までは、最新の兵器を作っている工場だった建物だ。
紅龍は、発信機の受信装置を、その炎の中へ投げ入れた。
兵器工場だけあって、炎の勢いは収まりそうにない。
きっと、中にいたはずの人は、骨も残さず熱に溶けるだろう。
「・・・・・・王家のため・・・」
綺麗な人だったのに、きっとあの淡い金糸の髪も、紫水晶の瞳も、失われて何も残らないだろう。
残らない方がいい。その方がいい。
残ってしまえば、それは痛みになる。
「・・・いや、自分のため、か・・・」
時々、自分が何をしたいのか、どうしたいのか、分からなくなる。
決めたはずだったのに。
王留美のために生きると。
王留美の望みが、自分の望みだと。
王留美の幸せが、自分の求めるものだと。
なのに、それが分からなくなる時がある。
「・・・・・・レジーナ・・・・」
久しぶりに見たその人は、変わらず美しかった。
しばらく見ないうちに、さらに美しくなったと、そう感じた。
その瞳に、以前はなかった強さが、あるように感じた。
以前は感じなかった心が、そこに生まれたように感じた。
「・・・怨んでくれて構わない」
消えるなら、完全に失われてしまえばいい。自分が、何に憧れたかも解らないように。
なくなるなら、何も残してはいけない。自分が、二度と迷わないように。
「・・・幸せなど、望んでいない」
大きな音を立てて、残っていた柱が炎の中へ崩れ落ちた。
今、自分が殺した人の顔を思い浮かべて、紅龍は宙を見上げた。
未だ流れる戦いの光は、まるで流星のように宙を滑っていく。
それは、例えるなら死んで逝った魂が最後に見せる煌めきのように、紅龍の目に焼きついたのだった。
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