「やぁ、我が愛しの妹よ! 元気そうで安心したぜ!!」
  は、思わず言葉を失った。

  「相変わらず、美人で嬉しいぜ!! さすが、俺の自慢!!!」
  その甘いマスクに似合う爽やかさで、颯爽とトラックから降り立ち、の腕をバシバシと叩く。

  「折角なんで、俺が直接持ってきた。6時間以内、間に合っただろ?」
  ニヤリと笑ったカイウス・に、は頭を抱えた。

  「・・・現役の地球連邦軍少佐が、いったい、どういうつもり・・・・・・?」
  「残念。昇進して、今は中佐だ」
  無駄にウィンクするカイウスに、は溜息を吐いた。
  「その、中佐殿が、わざわざ来るなんて・・・・・・何か、あった?」
  「いや。お前の顔を見たかったから」

  しれっとのたまって、カイウスは荷台を開けた。
  中に積んである疑似GNドライブを降ろしながら、何でもないことのように口を開く。

  「生産過程で拝借して来たから、足はつき難いはずだ。まだ製造番号も入ってないやつだからな。
   開発主任が代わった直後らしくて。新しい主任ってのが、司令官んとこのボンボンで。
   俺にかかれば、ちょろいちょろい」

  そんなわけない。
  荷物を降ろしてニヤリと笑うカイウスに、は内心で大きな溜息をついた。

  開発主任のビリー・カタギリは、アロウズ司令官ホーマ・カタギリの甥っ子で、いいとこのお坊ちゃんではあるだろうが、けっして甘くはない。
  軍の兵器開発の中心、それも極秘機密扱いの疑似GNドライブを持ち出すなんて、とんでもなく危ない橋を渡ったに違いない。

  (・・・・・・アタシがそれを依頼した・・・・・・)

  は微笑んだ。
  「・・・ありがと。何もないけど・・・何か飲んでく?」
  「じゃぁ、珈琲。どうせ、お前も飲むんだろ? その様子じゃ、全然寝てないみてぇだし」
  「了解・・・兄貴には隠し事、出来ないね。今、淹れるから」
  「隠し事なんて、50年早ぇよ」
  かけられた言葉に苦笑して、は珈琲を淹れるために、カイウスに背を向けた。











#12 宇宙で待ってる











  「落ちてたぞ」

  珈琲を持って戻ってくれば、カイウスが携帯端末を手にしていた。
  部屋の隅に放ったままだったそれ      .
  「・・・中、見た?」
  「ああ。見た」
  珈琲と引き換えに端末を受け取りながら尋ねれば、悪びれることなく頷かれた。
  咄嗟に、履歴を思い出す。

  (大丈夫・・・ソレスタルビーイングに繋がるものは残ってない・・・・・・)
  データは即時削除している。
  見られて困るようなものは何も      .


  「なぁ、お前・・・・・・男、出来たのか?」
  カイウスの言葉に、珈琲を落としそうになった。

        早く戻って来い。待ってるぞ      .

  ラッセからのメッセージを、削除出来ずにいたことを思い出した。
  ソレスタルビーイングを特定できないことを言い訳に、消せないでいた、あのメッセージだ。

  「いや、あれは、その・・・・・・」
  「彼氏なんだな?」
  言い訳を紡ぐ前に、ギロリとカイウスに睨まれて、は気まずく視線を逸らせた。
  無駄に言い訳をしても、見破られることは想像に容易く、は観念した。

  「・・・その男のためか?」
  「?」
  「その男に言われて、お前はまたに乗るつもりなのか?」
  「違う」
  「その男に頼まれて、お前はまた戦うつもりなのか?」
  「違う・・・彼は・・・・・・」
  「その男のために、お前はまた傷つくつもりか?」
  「違う! アタシの意思よ!! アタシの意思で、アタシは戦うことを選んだんだ!!!」
  「・・・お前の意思で、か・・・・・・」
  カイウスが寂しげに笑った。


  「兄貴・・・・・・・・・ゴメン」
  「ホントだぜ・・・俺が、どんだけ苦労して、お前を退役させたと思ってんだ?」
  「ごめん・・・」
  視線を落としたに、カイウスが大袈裟に肩を竦めて嘆いてみせた。

  「ったくよぉ。俺がどんだけ上のやつらの説得に苦労したか・・・お前、無駄にエースにまでなっちまうし」
  「うん・・・・・・ごめん」
  「ホント・・・俺がどんだけ、ホッとしたと思ってんだよ・・・・・・」
  再び寂しそうにカイウスが笑う。
  「・・・元々、軍に引き入れたのも俺だったし・・・・・・これでも責任感じてたんだぜ?」
  「うん・・・・・・知ってた」
  「軍に入れたこと、間違ってなかったと思ってるけどな・・・あのままには居させたくなかったしな・・・」
  「・・・兄貴には感謝してる」
  「俺のたった一人の家族だ・・・目の届くところで、今度こそ守りたかったしな・・・・・・」
  いつの間にか寄せてしまっていた眉間の皴を、カイウスはフッと緩めた。
  「結局、失敗しちまったけどな・・・・・・」


  「・・・ずっと訊いてみたかったんだけど・・・」
  「ん?」
  優しい瞳で促されて、は苦笑を浮かべて、カイウスに尋ねた。

  「兄貴は、アタシにコーラサワーと、くっついて欲しかった?」
  「馬鹿なこと言うなよ」
  の言葉に、カイウスが変な顔をして、それから徐に笑った。

  「そう思った時期がなかったとは言わねぇけど? ・・・・・・・・・昔の話だ。
   アイツは今、カティに首っ丈だし。お前だって、今、好きな奴いるんだろ?」

  「そうだけど・・・・・・もしかして、兄貴はそれを望んでたのかなって」
  「あの馬鹿にお前は勿体ねぇよ・・・・・・それに、肝心のお前にその気がなかったからな」
  「・・・あの頃は、そんな余裕なかったし・・・・・・」
  カイウスがニヤリと唇を吊り上げた。

  「今はあるってことか・・・・・・その"彼氏"ってのは、知り合って長いんだろ?
   お前が、好きだ、って気付けるほどの時間を一緒にいたってことだろ?
   ったく、どこの馬の骨だ・・・・・・」

  「兄貴には、関係ないでしょう・・・」
  「関係なくねぇ! 俺の大事な妹を奪おうっていう馬の骨だ! 一発や二発、殴らせてもらわねぇと!!」
  「・・・だから、シスコン呼ばわりされるんだって・・・」

  の言葉に、カイウスが楽しそうに笑った。
  声を上げて笑うカイウスに、の顔も綻んだ。
  一頻笑ったカイウスが、優しい微笑を浮かべて、を見つめた。

  「・・・俺は、間違ったとは思ってない。お前が軍に入ったことも、除隊したことも、を飛び出したことも・・・今お前がやってることも、何も間違ってないと思ってる」
  「・・・・・・」
  「だから、俺は、お前が何をしてるのか、探らない。お前のしてることを止めない。それでいいだろ?」
  「・・・ありがと」
  何とかそれだけを呟いたに、カイウスは、照れたように笑った。

  「とりあえず、馬の骨はつれて来い。アーサーよりもマシだったら、一発で許してやる」
  「何それ・・・・・・」
  「俺よりマシ、って奴はいないだろうから・・・・・・お前を何より大事にするって約束できるようなら、グーで殴るのは勘弁してやってもいい」
  楽しそうに笑って宣言したカイウスに、は苦笑を浮かべた。


  「おっと! 肝心なこと、忘れるところだった」
  唐突に、カイウスが内ポケットに手を入れた。
  「うっかり、アロウズの極秘データ、コピーしちまってよ。証拠隠滅に、貰ってくれねぇか?」
  そう言って、笑いながらカイウスは取り出したディスクをに放った。

  「これ・・・・・・?」
  「連邦政府大統領から命令が出て、太陽光発電を利用した衛星軌道上からの高出力レーザー兵器について、緘口令が敷かれた」
  軽い口調で言ったカイウスが声を落とした。
  「・・・第二射が放たれた。リチエラ王国の軍事基地だ・・・隣接する100万人規模の難民キャンプも巻添えだ。政府は発表しないがな」
  「そんな、酷い・・・!!!」
  「アロウズの上層部は『反政府組織を一掃して本当の意味で戦争がなくなる』と喜んでるらしいが・・・・・・胸糞悪ぃ!! 人間のやることじゃないだろっ!!!」
  ギリッと唇を噛み締めて、カイウスは眉を寄せた。
  「アロウズの所業に、連邦軍内でも非難の声が出始めてる・・・・・・クーデターの動きもあるみたいだ」
  「兄貴、まさか・・・?!」
  「俺は加わる気はねぇよ・・・・・・お偉いさん方は、邪魔な俺にも加わって欲しいみたいだが。踊ってやる義理もねぇしな」
  飄々としたいつもの調子で、カイウスは肩を竦めた。
  未だ心配そうなに、笑ってみせる。

  「そんなことしたら、カティに迷惑かけちまうからな・・・カティには、お前を庇ってもらった義理がある」
  「マネキンは・・・・・・どうして彼女までアロウズに?」
  「悪名高いアロウズの内情を探ってやろうとでも思ってんじゃないか?」
  「それは・・・とても、彼女らしいけど・・・・・・・・・」

  眉を寄せたに、カイウスは安心させるように口元を緩めた。
  「上層部を言いくるめて、あの事件を全て戦術予報士の自分のせいだと公言したような強い女だぞ、カティは。そんなカティが、アロウズごときに屈するわけねぇだろ?」
  カイウスの言葉に、は曖昧に笑みを浮かべた。

  優秀な戦術予報士が、誤った情報から同士撃ちをした。
  AEU内部で揉消された事件       あの事件の時、現場で一番多く同士を撃ち殺したのは、まだ新人だったレジーナ・准尉       自分だ。
  自分は躊躇なく引鉄が引けた。人を殺すことに自分は何も感じないのだと、再認識させられた事件だ。
  何も感じないことに、違和感を覚えることすらなかった。
  自分はおかしいのだと、そう理解できたのは、あの事件から随分経ってからだった。

  曖昧に浮かべたの笑みに、その心情を読み取ったのか、カイウスも気まずそうに口を開いた。

  「カティを追って、コーラサワーの馬鹿もアロウズに行ったから、問題ないだろう。・・・あいつがいれば、カティも無理はしないだろうし・・・・・・・多分」
  「多分、って・・・・・・」

  カイウスの言いように、苦笑を浮かべたの手の中で、端末がメッセージの着信を告げた。
  アーサーからだった。

  内容を一読して、は眉を寄せた。

  「やっぱり・・・・・・」
  「手伝うか?」
  「いいえ・・・・・・・・・ねぇ、兄貴      
  一度否定してから、は思い直してカイウスに尋ねた。
  「アロウズの出資者が誰か、知ってる?」

  「いいや・・・誰か、までは知らないが・・・軍内で、囁かれてる噂がある。
   アロウズの新型兵器開発に多額の寄付をした、物好きな女性がいるらしい、ってな。
   それから、メメントモリ       例の衛星兵器だが、そいつの建造にも協力した金持ちも女性らしい。ちなみに、美人って噂だが・・・・・・」

  「そう・・・・・・ありがと」
  「お役に立てたなら、嬉しい限り」
  おどけて一礼してみせたカイウスに、は微笑を浮かべた。

  「わざわざ、届けてくれて・・・本当に、感謝してる」
  「ん? 何のことだか。俺は、久しぶりに妹の顔を見に来ただけだからな」
  ニヤリと笑うカイウスに、は黙って微笑んだ。

  「会いにこなけりゃ、お前、俺に顔見せないつもりだったんだろ? ったく、酷ぇぜ。アーサーのアホんとこには顔出したくせに。お前は俺の妹だろう?!」
  「・・・・・・アーサーも、アタシの弟だけど?」
  不貞たように言ったカイウスに苦笑する。
  悪びれることなく彼は不満げに口を尖らせた。

  「俺にとっちゃ他人だ。俺の家族は、お前だけだ。あんのアホとお前が、半分でも血が繋がってるなんて、考えただけで、背筋がゾッとすらぁ」
  「・・・アタシにとっては、兄貴とアーサーが血縁関係ないのが不思議だけど・・・性格、そっくりなのに・・・」
  カイウスが、心から嫌そうな顔をした。
  が冗談で言っているわけではないと気付いて、カイウスは深々と溜息を吐いた。

  「・・・・・・それだけは、勘弁してくれ。あんな腰抜けと一緒にされたら、俺、立ち直れねぇよ・・・・・・」

  がっくりと肩を落としたカイウスに、は苦笑しながら歩み寄った。
  「ごめん、ごめん。でも、兄貴も、アーサーも、どっちもアタシにとっては家族だからさ・・・・・・喧嘩はしないでよね?」
  「・・・お前がそう言うなら、努力はするが・・・」


  「いつも、守ってくれて、大切にしてくれて、本当にありがと・・・感謝しても、しきれないよ・・・・・・」
  「・・・・・・・・・レジーナ?」

  「・・・ゴメン・・・もう一つ、甘える。近いうちに、レジーナ・は死ぬ。だけど、信じて。アタシは、死なないから」

  ふっと笑ったカイウスが、の肩に手を回した。

  「・・・俺は、いつだって信じてるさ、お前のことをな」
  「ありがと。兄貴・・・・・・」

  微笑んだに、カイウスも満足気に笑みを浮かべた。








     >> #12−2








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