さっきから鳴り続けるコール音に、アーサーは溜息を吐いた。

  確認すれば、滅多に連絡を寄越さない人物からの電話だった。
  お互いに嫌いあっているので、出来ればこの電話は取りたくない。
  取りたくないが、取らないわけにもいかない。非常事態であることは間違いない。それに      .

  「くっそぅ・・・・・・あいつにカリは作りたくなかったのに・・・」
  7度目のコール音で、とうとうアーサーは回線を開いた。

  【おい。てめぇ、さっさと出ろ。こっちはてめぇと違って、忙しいんだよ!】
  「お言葉ですが、僕だって忙しいんです」
  【はん! ボンクラ若社長の仕事なんか、書類に判押すだけだろうが! ワンコールで出やがれ!!】
  「窓際軍人と一緒にしないで下さい。不愉快です」

  お互い顔なんか見たくもなかったので、音声のみの通信だ。
  それでも、電話の向こうの男の顔が険悪になるのが分かった。

  【不愉快なのは、こっちだ。ったく、どうなってんだ?! なんで、レジーナがにいる?】
  「実家だからですよ。頭悪いんですね、相変わらず」
  【おい、口を慎めよ、ガキんちょ。一度も俺に勝てなかったくせに、でけぇ面してんじゃねぇぞ?】
  「だから嫌なんだ、単細胞は。すぐに腕力に頼る」
  【そういうお前も、すぐに逃げるじゃねぇかよ】
  二人の間の空気が、さらに険悪になる。

  ふぅ、と息を吐き出して、アーサーが折れた。
  今回は、この男にカリがある。
  この男からの情報があったから、中東へ向っていたカメラマンの彼女を止めることが出来たのだから。
  それに、この男の心配は理解できた。

  「・・・まぁ、いいです。それで、用件は?」
  【だ、か、ら!! 何で、レジーナがそこにいるんだ?!】
  「もう、ココにはいません・・・・・・今は、社が用意した軍事工場にいます」
  【・・・・・・・・・どういうことだ?】

  低く唸るように呟かれた言葉に、アーサーも溜息を吐いた。

  「さっぱり分かりません・・・言っときますけど、姉貴から言い出したんですからね?」
  【・・・・・・本当に、てめぇが頼んだわけじゃないんだな?】
  「ええ。戻ってきたと思ったら、突然、軍事開発する、って」

  アーサーの言葉に、電話の向こうでも溜息を吐くのが聞こえた。

  【ったく、何考えてんだ? ・・・・・・レジーナのやつ、俺に、疑似GNドライブを手配出来ないか、って言ってきやがった・・・】
  「ええぇ!!!?」
  【あいつは、何しようとしてんだ・・・?】

  アーサーも思わず頭を抱えた。

  「まさか、GNドライブまで使おうとしてるなんて・・・・・・」
  【おい。知ってること、全部、吐け】
  「なにも・・・と言いたいところですけど。今回だけですよ?」
  【・・・別に、お前を助けたかったわけじゃねぇよ。俺が心配してんのは、あいつのことだけだ】
  「はいはい、それは充分知ってますよ・・・」

  アーサーは表情を硬くし、口を開いた。

  「・・・姉貴は、MAを造るつもりのようです」
  【・・・・・・おい、それは      
  「姉貴の専用機、MA−3Aを・・・・・・どうやら、姉貴は戦場へ戻るつもりのようです」
  【・・・・・・何故だ。あいつに、何があった?】

  押し殺した声で唸った男に、アーサーも眉根を寄せた。

  「・・・・・・姉貴は、何も語ってくれなかった。僕には・・・」
  【・・・・・・・・・アロウズの衛星兵器の情報についても、教えてほしいと言われた】
  「・・・・・・・・・」
  【俺にも分かんねぇって言っても、しつこくな・・・】
  「・・・本当に、知らないんですか?」
  【知るわけねぇよ。俺は、アロウズじゃなくて連邦軍だからな・・・
   今回だって、中東への入国禁止指令が軍内に出されて、そいつをちょいと調べて、攻撃目標だけ把握したって程度だ】
  「・・・らしくないですね。あなたなら、さっさとアロウズに乗り換えると思ったのに」

  電話の向こう、鼻で笑うのが聞こえた。

  【あんなキナ臭ぇとこ、誘われたって行くもんかよ。俺は、戦争には興味ねぇんだよ】
  「それが、AEUの撃墜王の言葉ですか・・・本当、僕も面倒な人を兄に持ったものだ・・・」
  【はん! てめぇなんかを弟だなんて思ってねぇよ! 俺の身内は、レジーナだけだ】

  きっぱりと言い切った男に、アーサーは晴れ晴れとした気分で笑った。
  実際、この男に弟扱いされようものなら、鳥肌が立つ。いやいや、そんな生ぬるいものではない。そんなことされようものなら、自分は男に向けてミサイルのスイッチを迷いなく押す。

  【ったく、分かった。今回の件、レジーナが自ら動いてんなら、それでいい・・・・・・話は聞かねぇといけねぇみたいだがな】
  「・・・・・・そうですね」

  アーサーは、最重要事項を伝えようか迷い、結局止めた。
  (・・・姉貴に彼氏が出来たなんて言った日には、余計な火の粉が僕に飛んでくることは明白だし・・・・・・)
  そんなことを伝えれば、この男の導火線に火が点くのは明白だ。

  【おい。一応、念押ししとくぞ】
  「?」
  【あの男には、会わせてないだろうな? まさかとは思うが・・・・・・】
  「・・・・・・僕が会わせるとでも?・・・それに、あの人は      
  【意識があろうと無かろうと関係ねぇ。あの男は毒だ。それ以外のなんでもない】
  「・・・・・・分かってます」
  【顔を合わせる前に、お前が息の根を止めておけ。絶対に、会わせるんじゃねぇぞ】
  「・・・・・・・・・分かってます」
  【もし会わせてでもみろ。俺が、お前の息の根を止めに行ってやる。覚悟しとけ】
  「・・・・・・・・・シスコン」
  【うるせぇ。てめぇこそ、だろうが? ・・・ったく、無駄な時間使ったぜ。てめぇの声なんぞ、聴きたくもねぇ】
  「僕のセリフです」
  【はん! 次があったら、半コールで出ろよ!? 俺を待たせんじゃねぇよ、ひよっこが!!】
  「冗談じゃないっ!このロー・・・・・・って、もう切ってるし」

  通信を切り、溜息を吐いて、アーサーは椅子に背を沈めた。
  (・・・・・・・・・僕の息の根を止めにくるわけか・・・)
  ああ言ったものの、すでにレジーナはあの男と顔を合わせてしまっている。

  正直、戻ってきてすぐに会いに行くとは思っていなかった。これは完全にアーサーの読み違いだ。
  顔も見たくないと思っているはずだと、会いにいくにしても、もう少し時間が経ってからだと考えていた。
  (・・・・・・姉貴の中で、カタがついたってことなのか・・・・・・いや、違うな・・・)
  アーサーは首を振った。
  月明かりに浮かび上がった彼女の顔は、けっして乗り越えた者の顔ではなかったのを思い出したからだ。あれは、未だに闇の中にいる者の顔だった。

  所有の工場へと移った彼女が、再び会う可能性は少ないとは思う。
  それでも、もし、再びレジーナが、あんな顔をしてあの男の元へ向うことがあるのなら、その前に      .
  (僕が、あの男を殺す・・・・・・)
  押さえた目頭に、ぐっと力を入れて、アーサーは自分の心に確認した。





















  どこか遠くで、コール音がする。
  しつこく繰り返されるそれに、は端末を拾い上げた。

  【今、いいか?】
  「・・・大丈夫」
  【大丈夫って感じじゃねぇぞ?】

  音声のみの設定にした端末から、苦笑するような雰囲気が漏れた。

  【頼まれてたもん、手配できたぜ】
  「どっち?」
  【現物の方】
  「・・・衛星兵器の情報は?」
  【厳しいなぁ・・・アロウズは口が硬い】
  「・・・そう・・・」
  【情報ってのは、どこかから漏れるもんだ。もう少し探ってみるさ】
  「お願い」
  【ああ。任せとけ】

  優しい声が端末から聞こえてくる。

  【俺に不可能なんて、ねぇよ。知ってんだろ?】
  「ええ・・・いつも、ありがと、兄貴」

  【・・・・・・・・・なぁ・・・何かあったのか?】

  突然、真剣な口調で尋ねられて、一瞬息が詰まった。

  【・・・聞かない約束だったが・・・独り言だ。見逃せ・・・今、何やってんだ?】
  交わした約束を破っているわけではない、そう言う彼に、戸惑った。

  【アーサーに聞いた。、作ってんだろ・・・それで、何するつもりだ?】
  答えられるはずなどなく、はただ黙り込むだけだ。

  【・・・・・・お前、カタロンに加わってんのか?】
  「違うよ」
  【そうか・・・・・・耳タコだろうが、言っとくぞ。どうせ、俺ぐらいしか言わねぇんだろうからな】
  「・・・・・・・・・?」

  【お前は悪くない。お前は間違ってない。だから、一人で背負うな・・・死んだりしたら、許さねぇぞ】

  「・・・相変わらず、アタシに甘いよ、兄貴・・・」
  【ああ。知ってるよ】

        どうして、自分の周りはこんなに優しい人たちばかりなんだろう       そう思うことが増えた。
  そして、それに甘えてしまっている自分に、悔しさを覚えることも。

  通信機の向こう側から、笑う気配が伝わってきた。
  こういうところ、この人は憚らない。だから、シスコンなんて呼ばれて、でもそれを楽しんですらいる。
  しょうがない人。アタシの、兄貴。

  【カティもコーラサワーも、一応アロウズだ。衛星兵器のことも、近いうちに聞けるだろうさ】
  「・・・うん」

  まるで簡単なことのように軽く言う彼に、はそっと頭を下げた。
  今日もまた、アタシは彼の優しさを利用する。

  【ブツは今日中に届けられる】
  「出来れば、6時間以内で、お願いできる?」
  【しゃぁねぇな。可愛い妹の頼みを、俺が断れるわけねぇだろ? 任せとけ】
  「サンキュー、兄貴」
  【おう。またな】
  プツリと回線が途切れる。

  自分勝手で優しい兄貴。
  そして、自分はそれに甘えている。

  手元の端末を、再度開いた。
  兄貴から電話が来る前に、届いたメッセージ       待っていた人からのメッセージのはずなのに、返信も返せずに、端末さえ見たくなくて、部屋の隅へ放り投げていた。
  アロウズの情報、衛星兵器のこと、僅かでも分かったことを連絡した方がいいに決まっているのに。
  今も、返信を書けずに、は眉を寄せた。
  (バカみたい・・・・・・こうなる可能性だって、分かっていたはずなのに・・・・・・)
  溜息すら吐けず、は作業に戻ろうと、端末を置いた。

  顔を上げれば、完成間近の戦闘機       開発番号MA−3A、通称
  嘗てのAEUが新型兵器の開発段階で、MSイナクトと競い合ったMAだ。
  開発はPMC
  テストパイロットは、カイウス・とレジーナ・
  試作機の段階で、イナクトとは比べものにならないハイレベルな数値を叩き出したMAだ。
  しかし、パイロットにも高い能力を求めるこのMAは、結局実戦配備されなかった。時代は、誰もが扱える兵器を必要とした。

  ソレスタルビーイングに加わる際、その機体の通称が自分のコードネームになった。
  誰よりも早く空を駆け、誰よりも上手く敵をかわし、誰よりも多く人を殺す       自分が開発したからだけじゃなく、自分がパイロットだったからだけじゃなく、きっと自分とよく似たMAだったから、その名が自分のコードネームとなったのだろう。

  MA−3Aは大量投入されなかったが、AEU時代、自分の専用機としてこれに乗っていた。
  この機体で、気付けばエースになっていた。
  この機体なら、誰よりも早く飛ぶ自信がある。
  誰よりも、残酷になれる自負がある。

  ここ数年で新に開発された新技術を追加した。
  GNドライブを主力エンジンとして搭載すれば、MA−3A、      の性能は飛躍的に上がるだろう。
  この機体で、誰かを殺すのだと理解していても、心の奥が興奮にざわついていた。
  機体を組み立てながら浮ついていた心は、届いたメッセージに横っ面を引っ叩かれて、一気に地上へと落下した。


        操舵に補充要員あり。心配するな、こっちは大丈夫だ      .


   ラッセからのメッセージを見て、はショックを受けた。
  すぐに返信しても時間差があるのに、は返信を書くことが出来なかった。

  ありがとう、了解、仕方ない       何か返さなければと思うのに、たったそれだけの文章が書けなかった。
  (・・・・・・ラッセの隣は、アタシの場所だったのに・・・・・・)
  MAで戦うことを選んだのに、ブリッジの、ラッセの隣の操縦席が、すでに自分の席ではない       そのことに傷ついた。

  は、深く溜息を吐いた。
  端末を目の届かないところへ放り、モニターにMAの設計図を呼び出した。
  すでに粗方完成したMAは、後は疑似GNドライブを搭載して、微調整をすれば終わってしまう。

  また逃げていると分かっていても、は作業に没頭しようと設計図を睨みつけた。








     >> #11−3








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