「・・・一歩遅かった・・・」
ぎゅっと眉間に皴を寄せて、スメラギ・李・ノリエガは呟いた。
トレミーの補給作業終了後、ラグランジュ3の基地を破棄すると通達したばかりだった。
各データはまだ抹消されていないだろうし、基地内のクルーの離脱も始まっていなかった。
「敵の戦力は?」
「解析不能です!!」
フェルトが答える間も、基地は多方向からのミサイル攻撃を受けており、激しい振動がトレミーを襲っている。
アロウズの動きの方が早かった。
トレミーが衛星兵器破壊ミッションに移行する前に、基地がアロウズに発見され、襲撃を受けている。
「遅くなりました」
ブリッジの扉が開いた。
アニュー・リターナーに続いて、沙慈・クロスロードとマリー・パーファシーもブリッジへと足を踏み入れる。
・の代わりに、アニュー・リターナーをトレミーに乗せた。
沙慈・クロスロードも、トレミーに残ることを自ら選んだ。
マリー・パーファシーは、アレルヤ・ハプティズムとともに歩むことを決めている。
沙慈とマリーが補助席に座るのを確認して、スメラギは前を向いた。
「ガンダム各機、発進準備! アニュー、トレミーの操舵をお願い」
「分かりました」
「頼むぜ。これで砲撃に専念できる」
空いている操縦席に座ったアニューに、ラッセが声をかける。
「補給を中止して、トレミー緊急発進! 敵をこちらに引き付けるのよ」
「りょ、了解」
いきなりの実戦に戸惑いながら、システムを操作するアニューが答えた。
当然だ。彼女は慣れていないのだから。
いきなりの実戦で、冷静でいられる人間なんて .
「補給作業中止。トレミーの固定用アームを解除します・・・ガンダム各機、発進しました」
フェルトの報告に、スメラギは頷いた。
「アレルヤ、安全圏まで輸送艇の護衛を」
【了解! アリオス、防衛行動に入る!】
基地が衝撃に大きく揺れた。
未だ基地とアームで接続されているトレミーも、大きく揺れる。
このままでは、基地の爆発にトレミーも巻き込まれてしまう。
「GNフィールド展開です!」
「ゲートオープン! 各接続アーム、切り離します!」
「プトレマイオス、発進します」
アニューの声とともに、基地爆発のエネルギーを追い風にして、トレミーは宇宙へと飛び出した。
「敵部隊が出現しました!」
「総数12です!!」
「熱源を遮断して・・・!」
フェルトとミレイナの報告に、アニューが絶望の色を滲ませる。
あぶり出されれば、そこに敵が待ち受けているのは分かっていた。
スメラギは焦らずに指示を出した。
「刹那、迎撃を」
【了解】
こちらも、落ち着いた返事が返ってきた。
「敵部隊、接近!!!」
「ティエリア!!」
【ツインバスターキャノン、高濃度圧縮粒子、解放!!】
ティエリアの乗るセラヴィーガンダムの砲門が光を放った。
しかし、敵を殲滅するはずだった光は、たった1機のMSに軌道を逸らされてしまった。
そして、セラヴィーへ接近、奇襲をしかけてきた。
【何?! 馬鹿なっ!!!】
「新型が?!!」
ティエリアとアニューが驚きの声を上げる。
スメラギは唇を噛み締めた。こんな戦術をとれる人間 .
「新型が、こんな奇襲を・・・・・・マネキン!!」
「敵部隊が!!」
「やらせるかっ!!!」
ラッセが叫んで、引鉄を引く。
それでも、敵の攻撃は緩むことがない。
「後方より適増援部隊! 6です!!」
「波状攻撃・・・!!」
ミレイナの報告に、アニューが再び絶望の混じった声を上げる。
スメラギは、ぐっと握る手に力を込めた。
こんなところで、負けるわけにはいかないのだ。
衛星兵器は未だ健在で、いつ次弾を発射するとも分からない。
自分たちは、ソレスタルビーイングは、それを放置しておくわけにはいかない。
「この程度の戦術っ!!!」
ぎりっと唇を噛んで、スメラギは顔を上げた。
打つ手はあるはずだ。
そうでなければ、自分がソレスタルビーイングにいる、戦う理由がない!
スメラギが必死に手を考えているうちに、敵新型機の放ったランチャーが、トレミーに中った。
激しい衝撃が、クルーを襲う。
「・・・くっ、GNフィールドがっ!!?」
簡単に破られるはずのないフィールドが破られたことに、ラッセが驚きの声を上げる。
素早く被害状況をフェルトが確認する。
「直撃・・・第3格納庫です!!」
「パパ!!!」
思わず、ミレイナが悲鳴を上げた。
第3格納庫、そこにはイアン・ヴァスティがいたはずだ。
詳細を確認しようとしていたフェルトも、焦った声を上げる。
「第3格納庫への通信不能、映像も出ません!!!!!」
スメラギは、咄嗟に沙慈・クロスロードへと目を向けた。
イアンの無事を確かめたい。このままでは、作戦の遂行に支障が出る。
今、フェルトやミレイナがブリッジを離れることは出来ない。
この戦闘に関係なく、作戦に支障なく、ブリッジを離れることが出来るのは、マリー・パーファシーと沙慈・クロスロードだけ。
もし、イアンに何かあったとき、女性のマリーでは対応出来ないかもしれない。
スメラギは、一瞬でそこまで考えると、沙慈・クロスロードに向って口を開いた。
「クロスロード君、至急、第3格納庫の様子を見に行ってもらえる?」
「え?」
戸惑う沙慈に、スメラギは思わず語調を強めて叫んだ。
「イアンの無事を確かめて!!」
「あ、分かりました!!」
慌ててブリッジを飛び出していくその背中を頼りなく思いながら、それでもスメラギは、唇を噛み締めてブリッジに留まったのだった。
衝撃の大きさを物語るように、歪んで重たくなった扉をこじ開けて、沙慈は赤ハロとともに第3格納庫の中へ足を踏み入れた。
「あ・・・・・・ひどい」
思わず沙慈は呟いた。
第3格納庫内は重力を失い、砕けたコンクリート片が室内を漂っている。
宇宙用のスーツを着ているから問題はないが、おそらく酸素濃度も危険域だろう。
粉塵で見通しの悪くなった室内に、沙慈は目を凝らした。
「沙慈、沙慈」
赤ハロの呼ぶ声に、沙慈は宙を漂うイアンを発見した。
「イアンさん、しっかりしてください!! イアンさん!!!」
駆け寄って呼びかければ、うっすらとイアンが目を開けた。どこか傷ついているのだろう、酷く辛そうだ。
「オ、オーライザーの、調整は、終わった・・・・・・」
「オーライザー?」
必死に何か伝えようとするイアンの視線の先を沙慈は振り返った。
刹那・F・セイエイの乗るガンダムとよく似た色合いの、戦闘機があった。
「こいつを、ダブルオーに・・・・・・」
「そんなことより、早く医務室へ!!」
自分の体を省みず、機体を気にするイアンに、沙慈は声を荒げた。
理解できない。
焦っていた。
イアンを救いたかった。
沙慈の心を見透かしたように、イアンが必死に言葉を伝えようとする。
「わしのことは、いい・・・オーライザーを、届けるんだ・・・そうでないと、わしらは、全員、やられる・・・・・・」
「イアンさん・・・・・・・・・」
「守るんだ・・・みんなを・・・・・・仲間を・・・」
「イアンさん!!!」
意識を失ったイアンに、沙慈は悲鳴を上げた。
どうしたらいいのか、分からなかった。
イアンは、オーライザーを届けろと言った。
だが、イアンを放っておくことも、沙慈には出来なかった。
「クロスロードさん!!」
かけられた声に、はっと顔を上げた。
追いかけてきたのだろう、格納庫の入り口付近に、マリー・パーファシーの姿が見えた。
「・・・イアンさんを、医務室へお願いします。ハロ、手伝って」
「了解、了解」
沙慈は、自分がどうするべきか、分かったような気がした。
「・・・・・・遅い・・・!」
第3格納庫の様子を見に行かせた沙慈・クロスロードからの連絡がない。
不安になって、マリー・パーファシーにまで、第3格納庫へ向ってもらった。
それでもまだ、イアンが無事かどうか分からない。
「輸送艇の状況は?」
「予測戦闘空域を離脱するまで、0344です」
まだ時間がかかる。
輸送艇の護衛を任せたアレルヤがアリオスガンダムとともに戻ってくるのは、まだ先になるだろう。
どうしたらこの戦局を乗り切れるのか、どんな戦術をたてればいいのか、スメラギは眉を寄せた。
(いったい、何をしてるの?! イアンは無事なの?!!)
スメラギの苛立ちが通じたのか、ラッセの手元の通信機が鳴り、沙慈・クロスロードが映った。
【オーライザー、出します!!】
「おい、お前がっ!!?」
「クロスロード君!!?」
いきなりのことに、ラッセが驚き、スメラギも焦りを隠せない。
そんなブリッジの様子に構うことなく、沙慈は頷いた。
【イアンさんに言われたんです! ハロも手伝ってくれますから!!】
「・・・どうしますか、スメラギさん」
フェルトが辛そうにスメラギへと視線を向けた。
「・・・ティエリアとロックオンに、オーライザーの援護を」
「やらせる気かっ?!」
思わず振り返って、ラッセが声を上げた。フェルトも、スメラギを見つめたままだ。
二人が言いたいことは、理解できた。
スメラギは、ぐっと握る手に力を入れた。
動揺を隠して、口を開く。
「敵の波状攻撃は、まだまだ続くわ。この状況を打開するには、ツインドライブにかけるしかない」
(マネキンの戦術を打破るためにも・・・)
きっぱりと言い切った戦術予報士の言葉に、ラッセは視線を前に戻した。
「・・・そうだな、その通りだ」
「オーライザー、発進準備に入ります」
フェルトも、再びモニターに向き直った。
「・・・大丈夫、届けるだけなら、彼にだって出来るはずだから・・・・・・」
(今は、この戦いを生き残ることだけを考えて・・・・・・!!)
スメラギは、じっと視線を戦場へ向けたのだった。
【刹那!!】
「沙慈・クロスロード?!」
通信機から聞こえてきた声に、刹那は驚きを隠せなかった。
オーライザーに乗っているのは、イアンだとばかり思っていたからだ。
それが、まさか沙慈・クロスロードが乗ってくるとは、想像さえしていなかった。
【イアンさんに言われて、この機体を刹那に!!!】
沙慈の言葉に、刹那は表情を引き締めた。
今はこの戦場を生き抜かなければならない。その他は二の次だ。
「ドッキングする」
【了解、了解! オーライザー、ドッキングモード。オーライザー、ドッキングモード】
息を呑む沙慈に構わず、赤ハロのサポートでオーライザーが変形、ダブルオーへ合体していく。
「いける・・・」
モニターを確かめて、刹那が呟いた。
次の瞬間、確信を込めて、刹那はダブルオーの速度を上げた。
「ダブルオー、目標を駆逐する!!」
かかるGに、通信機の向こうで、沙慈の呻き声が聞こえた気がした。
「破壊する・・・俺たちが、破壊する!! 俺たちの、意思で!!!」
すべての想いを乗せた刹那の宣言が、戦場に響き渡った。
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