アーサーは溜息を吐いた。
溜息を吐く機会が増えたと思う。
(・・・それでも、目の届くところにいてくれる分、心配は少ないのかも知れないけれど・・・・・・)
そう自分自身を慰めながら、目の前の扉をノックをした。
返事はない。
最初から期待していないので、そのまま扉を開けた。
充分な広さのある部屋なのだが、床には足の踏み場に困るくらい書類が散らばっている。
「入るよ?」
出来るだけ踏まないようにしながら、机へと向う。
机の周辺にも、書類やらファイルやらが積まれている。
うっかり触れて崩してしまわないように注意しながら、アーサーは足を進めた。
「・・・・・・何か、手伝おうか?」
「あぁ、アーサー・・・・・・・・・大丈夫、一人で出来るわ」
片っ端から書類に目を通していた人物は、やっと部屋に自分以外の人間がいることに気付いたようだった。
アーサーの申し出を、肩を竦めて断わり、再び書類へと視線を向ける。
出来る、と言うなら、出来るのだろう。
寧ろ手伝ったりしたら邪魔になる。そういう人だということをアーサーは知っている。
ちらりと置かれた書類に目を落とせば、機密だの重要だのと書かれたものばかりだ。
アロウズのMS開発部から戻って以来、ずっとそれらの書類を読みふけっている。
膨大な量だが、8割方読み終わったらしい。
次々と書類をめくっていく。
めくる、という表現がぴったりな速さだが、これで書かれている内容を理解していっているのだから、その集中力と能力はさすがと言うしかない。
彼女の集中力を妨げないように注意しながら、アーサーは放りだしてあった書類を手に取った。
内容は、アロウズの新型MSの設計図、疑似太陽炉の理論検証、それから見ただけでは何をするのかも分からないような数式の羅列や何かの部品の設計思想 ぺらぺらとめくりながら、内心で溜息を吐く。
(・・・僕は正直、もう見たくもなかったよ・・・・・・姉貴は、そう思ってないのか・・・?)
自分は、もう嫌だった。
軍人であることも、死の商人であることも、全て嫌だった。
だから、あの時、姉貴を守ろうと思ったのだ。
姉貴も自分と同じように、いや、自分以上に苦しんでいるのだと、そう思ったから だから、あの人と決着をつけるのは、自分の役目だと腹をくくったのだ。
姉貴には、絶対にさせてはならないと .
(・・・・・・それは、僕の思い過ごしだったんだろうか・・・・・・・・・)
「・・・・・・・・・何かあったの?」
アーサーは思考を打ち切って頷いた。
「僕の彼女から連絡があった。今、中東に向ったらしい・・・・・・スイールの国境線に連邦軍が部隊を駐留させたらしくて、それを取材に行くって」
「スイールの国境に連邦軍・・・・・・・・・スイールに対する牽制ってとこかな・・・」
アーサーも頷く。
「おそらくね・・・中東の状況はアロウズの情報統制がかかってて、なかなか外に漏れてこないからね。報道カメラマンとしての血が騒ぐらしいよ」
「それは・・・心配ね?」
アーサーは肩を竦めてみせた。
「タクマシイ人だから、大丈夫だとは思うけど。とにかく、連邦政府が中東で動いてるのは確かみたいだ」
「・・・アザディスタン王国は、正規軍が乗り込んできて暫定政権が樹立したわ」
アーサーは思わず口笛を吹いた。
「〜〜〜それは知らなかった・・・・・・けど、随分、思い切ったことをしたもんだね?」
「連邦・・・アロウズは、暫定政権を中心に、中東各国を解体、再編するつもりらしいわ・・・」
アーサーはその精悍な顔を思いっきり顰めた。
「それは・・・・・・ちょっと調子に乗りすぎだと思うのは、僕だけ?」
「少なくとも、アタシもそう思う」
そう言って、姉貴は溜息を吐き出した。
淡い金の髪をかき上げて、目頭を押さえる。
「・・・目を通してて思ったんだけど、アロウズの兵器開発には、予想以上の資金が流れ込んでる・・・」
「・・・・・・アロウズにパトロンがいるってこと?」
「まず、間違いなく。アロウズの規模と予算、一国のGDPどころの話じゃないわ・・・・・・これじゃぁ、調子にも乗るわね・・・」
呆れたように椅子に沈み込んだ姉貴に、アーサーも苦笑を浮かべた。
「・・・とりあえず、社が姉貴に提供できる施設、目途がついたから。必要なものがあれば、遠慮なく言って欲しい。準備させるから」
「ありがと・・・残念ながら、遠慮してる余裕はなさそう」
そう言って姉貴はリストを取り出した。
いつの間に作ったのか、準備の良さに呆れてしまう。
「・・・了解。日付が変わる前には、全部揃えとくよ」
「よろしく頼むわ・・・・・・ああ、それから、もう一つ、お願いしていい?」
「何なりと。僕に出来る以上のことを、姉貴にならしてあげるよ」
アーサーは、笑って肩を竦めた。
冗談に聞こえただろうが、もちろん、アーサーにはその覚悟がある。
「王留美を調べて欲しいの・・・・・・王家よりも、王留美、彼女自身が何を考えて動いているのかを」
「王留美ね・・・オッケー。彼女のことは、僕自身個人的に気に入らないし、社にとっても気に入らないしね。任せてよ」
「ありがと、アーサー」
微笑んだ姉貴に、頷いて踵を返した。
油断して、積み上がったファイルを崩しそうになりながら、何とか出口まで辿り着いた。
閉める扉の向こうで、姉貴が携帯端末を取り出すのが、ちらりと目に入った。
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