早く戻って来い。待ってるぞ .
端末に表示されたメッセージを見て、は微笑を浮かべた。
データは即時削除するようにしている。が、このメッセージは消せそうにない。
(・・・・・・これくらい、いいよね?)
もう何度も眺めたメッセージから顔を上げて、は車窓から空を見上げた。
見えるはずないのも分かってる。
それでも、ラッセを想うとき、ラッセがいるだろう宙を見ている自分に気付く。
(らしくない、本当に自分らしくない・・・でも、決して嫌じゃないから、不思議・・・・・・・・・)
端末に目を落とし、もう一度微かに微笑んでから電源を落とした。
車が、ゆっくりと止まる。
は舞台に上がる女優のように、一度目を閉じて深呼吸をした。
開けられたドアから降り立つ。
今から演じるのだ、レジーナ・を .
「お待ちしてました。レジーナ・さん、ですね?」
かけられた声に、視線をその人物へと向ける。
「アロウズの新型MS開発主任のビリー・カタギリです・・・先日のパーティーでお会いしましたね」
差し出された手を取って、意識して笑みを浮かべて頷いた。
「ええ。覚えていて頂いて光栄です。今日はよろしくお願い致します」
「さすが、としか言いようがありません。アロウズの技術力は素晴らしいですね」
一通りMS製造施設を案内されてから、そう告げた。
「ありがとうございます」
穏やかに微笑んで、ビリー・カタギリが答える。
否定しないあたりが、アロウズの現在の勢いを物語っているようだ。
「正直、我社がアロウズのお役に立てるのか・・・自信がなくなりました」
通された部屋でソファに腰掛けながら、そう口にした。
「そんなことはないでしょう・・・失礼かと思いましたが、あなたのことを調べさせていただきました」
「まぁ・・・お恥ずかしい」
「いえ、素晴らしい経歴をお持ちです。恥ずかしがることなど何もない」
向かいのソファに腰を下ろしたビリーが微笑みを浮かべる。
「羨ましい限りです。開発者としてだけでなく、兵士としても、あなたは優秀だったようですから」
「昔のことです・・・・・・羨ましいと仰いましたが、どうしてそうお思いに?」
問いかければ、ビリーの瞳に陰が落ちた。
「・・・僕には、MSを開発するしか、手がないんです」
「手がない?」
「それが僕の、復讐、なんです」
「復讐・・・・・・・・・」
(・・・・・・そのきっかけを作ったのは、アタシか・・・)
スメラギ・李・ノリエガがいた場所を刹那に教えたのは自分だ。
スメラギをソレスタルビーイングに連れ戻すために だから、彼は、スメラギを、刹那を、ソレスタルビーイングを憎んでいる。
先日のパーティーでの一件も聞いている。
ソレスタルビーイングが潜入していると警備兵に通報したのも、目の前に座る彼。
本当に、間の悪い、哀れな男だ。
「あぁ、すみません。つまらない話を・・・」
沈黙をどう受け取ったのか、慌てて苦笑を浮かべたビリーに、優しく微笑んでみせる。
「・・・・・・それは、何に対する復讐なんですか?」
一瞬、驚いた表情をしたビリーはすぐにその顔を苦笑に隠した。
「あなたもご存知でしょう? ソレスタルビーイングを」
「ええ、もちろんです・・・ただ、彼らが現れた時には、すでに軍を離れていたものですから、報道された程度にしか・・・」
「僕は、ソレスタルビーイングを徹底的に滅ぼしたいんです」
「・・・・・・」
「そのためには、ガンダムを倒さなければならない。
僕はガンダムを倒せるMSを開発するために、ここにいる・・・・・・あなたは、違うんですか?」
ビリーの鋭い眼差しに、内心で息を詰めた。
暗い、暗い、復讐者の眼差し 彼に、こんな目をさせたのは、自分だ。
口先だけで、何とでも言うことは出来る。けれど .
「守るため、です」
「ほぅ・・・・・・・」
「大切な人が傷つかぬように、命を落とさぬように・・・・・・そのためです。いけませんか?」
目の前に座る男は、にやりと唇を歪めた。
「いいえ、問題ありません。あなたが兵器開発すれば、ソレスタルビーイングの滅びも早まる。
そうすれば、戦闘で命を散らさずに済む兵士もいるでしょう・・・・・・実に合理的で、あなたらしいと思います」
そう言って、目の前に座る男は微笑を浮かべ口調を和らげた。
「"女王"の帰還を歓迎しますよ・・・実は、先日もソレスタルビーイングに、してやられましてね。
疑似GNドライブを搭載した水中用MA6機とMS2個小隊、それに新型のMSを配備し、
さらに静止衛星軌道上の部隊と連携したというのに、ソレスタルビーイングにまんまと逃げられましてね・・・」
「まぁ、そんなことが・・・」
(大気圏外へトレミーが離脱したときの・・・・・・)
驚いてみせると、ビリーは肩を竦めて頷いた。
「ええ・・・これだけハイスペックな新型を投入しても落とせないとは・・・・・・」
そう言いながら、どこか嬉しそうにビリーが笑った。
「でも、それもこれまでです。ライセンスを持つ友人のカスタム機を仕上げたところなんですが・・・出番があるかどうか」
「・・・どういう意味でしょう?」
訝しげに問い返すと、ビリーは再び、にやりと笑った。
「彼らは、宇宙に逃げたつもりかもしれませんが、それは間違いです。宇宙には、アロウズが待ち構えている」
「・・・・・・・・・」
「それに、宙にはアレがある・・・・・・・」
「アレ?」
暗い目をして、開発主任・技術大佐のビリー・カタギリが宙を仰ぎ見るようにして、口を開く。
「統一政府に仇なす者どもに与える天からの雷 神の裁き・・・・・・
もしかすると、あなたの開発する機体も出番がないかもしれませんね。残念です」
そう言って、彼は微笑を浮かべた。
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