いつかこの大地に、この赤くざらついた大地に還る日を迎えられるのなら、大地を両手で抱き締めて、あたしはその日を笑顔で迎えられるかな?
  いつかこの空に、この灰色に煙る空に     もし、あたしに魂がまだあったとして     溶ける瞬間を迎えられるのなら・・・・・・体を包む風を感じて、あたしはその時を心静に迎えられるかな?
  ねぇ、エイフラム・・・・・・そんな小さなことに幸せを感じて涙するような、そんな日が、あたしたちにも訪れるのかな?
  この星と、この空と、全部繋がって、静に、静に、溶けてあって・・・・・・











  「・・・ねえ、ユド、訊いていい?どうして、あたしたちは人を殺すの?」
  の突然の言葉に、その場は一瞬凍りついた。
  どうして?って、その質問自体が意味を成していない、と思う。
  だって、俺たち"不死人"は人を殺すために作られたわけで、だってその不死人なわけだから、それを疑問に思うってのは変だろ。
  普段からそれほど良くはない気分がさらに下降した気がして、俺は思考を中断して煙草を取り出した。
  横目でちらりと見れば、訊いたは、ユドの答えを真剣に待っている。
  ユドのほうは、困ったように眉を寄せた。
  「元々は利権をめぐって・・・という意味でなく、か?」
  言葉の途中から苦笑を浮かべたユドの答えに、は頷いた。
  「うん、そうなの。あたし、ずっと疑問に思ってたの。どうして戦うの?って」
  「そんなの考えるなんて、馬鹿じゃねぇの?殺られる前に殺る、が基本だろ?・・・俺等、死なねェけど」
  どうして?とさらに首を傾けたに、ヨアヒムが馬鹿にしたように言った。ご丁寧なことに、最後に嘲笑までおまけして。
  「そうなんだけど・・・・・・」唇だけでそう言って、は俯いてしまった。何だか無性にイライラして、俺は煙草に火をつけた。
  「は何故、戦ってるんだ?」
  俯くに、低いけれど優しい口調で問うたユドに、は困ったように目線を泳がせた。
  「わかんないの・・・・・・本当はね、あたし、誰も殺したくないんだ・・・でも、戦場に出ると、すっごく怖いの。おかしいよね?あたし死なないのに・・・・・・でも、怖くて怖くて、あたしは引き金を引いちゃうの」
  「やっぱり、殺られる前に殺る、じゃねぇか」
  ヨアヒムが再び馬鹿にしたように笑った。
  本当に鬱陶しい奴だ。黙れ。
  「少し黙ってろ」とユドに実際に言われて、ヨアヒムは不満げに口を曲げた。
  「・・・・・・でもね、でもね、後になって、今日殺した人には家族がいて、大事な誰かがいて、その人のところに帰りたくて、でも、あたしたちと戦ってて、その人たちも怖くて怖くて、あたしに銃を向けたんじゃないか、って思うの」
  言いながら、の声は徐々に小さくなっていき、最後はまるで呟くようだった。
  ユドは、時々ふとした瞬間にみせる優しいような切ないような、よく分からない表情を浮かべ、俯いたの頭に軽く手を置いた。
  それから、の短い髪を音がしそうな強さで掻き混ぜるように撫でた。
  「は優しいな」
  「・・・・・・弱い、の間違いじゃねェの?」呟いたヨアヒムを俺は睨んだ。黙っとけ、馬鹿。
  俺の視線に気づいたヨアヒムが、「ったく、何だってんだよ・・・・・・」と呟いて舌打ちをした。
  ヨアヒムと俺のやり取りを完全に無視して、ユドが、の頭をぽんと軽く叩いて言った。
  「の言う通りかも知れない・・・・・・本当は誰も、誰かの命なんて奪いたくないだろう。でも、俺はに怪我を負って欲しくない」
  「・・・・・・ねぇ、ユド。この戦争って、終わるのかな?"敵"を全部倒したら終わるのかな?・・・・・・でもさ、"敵"って誰なの?自分以外は全部"敵"になっちゃうの?」
  唇を噛んでが訊ねる。
  何故かその言葉が俺の胸を締め付けた。
  「、少なくとも俺たちは敵じゃない」ユドが言った。
  「ヨアヒムは分かんないけど、な」ユドの言葉に俺が、そう付け足した。
  言おうとしていたようなことをユドに先に言われて、少しだけ、ちょっとだけ悔しかった。もちろん、それだけじゃなかったけれど。
  ヨアヒムは思いっきり不快感を露にした顔をしている。ユドが軽く笑った。
  が慌てて「そんなことない、ヨアヒムも仲間だよ」とフォローしているが、ヨアヒムはの言葉を鼻で笑うと、唇を歪めた。
  「ったく、何言ってんだよお前等?殺したくない、がココで通用すると思ってんのかよ?仲間だなんて、本気で思ってんのかよ?!」
  馬鹿にした調子で話すこんなやつが仲間だなんて、俺だって思いたくもない。俺は不機嫌に煙草を揉消した。
  「綺麗事なんて、口でならいくらでも言えるさ。お前等、分かってんのか?俺も、ユドも、そこのムカツクやつも、見た目は幼くてもだって、みんな不死人なんだ!『怪我して欲しくない』とか『誰も殺したくない』とか、頭の沸いたこと言ってんじゃねぇよ!!」
  言いながらイライラしてきたらしく、ヨアヒムは最後は声を荒げて、目の前にあった椅子を蹴り倒した。派手な音をたてて、椅子はゴミになった。
  がヨアヒムから隠れるように、びくりと一歩ユドの背中に身を寄せた。
  「ヨアヒム、お前は殺してきたものが何か分かってるのか?」
  静かなユドの声とは対照的なヨアヒムの耳障りな声。
  「分かってるさ、敵だろ?兵士か?それとも人間だ、とでも答えればいいのか?」
  開き直ったようにヨアヒムが言った。
  「・・・・・・その奪った命、お前はどうやって償う気だ?」
  「『償う』?はっ?!俺が何で、そんなもん償わなきゃなんねぇんだよ?!」
  「・・・・・・・・・いつか分かる日が来る、きっとな・・・」
  吐き捨てたヨアヒムに、ユドはそれだけ答えた。
  「ねぇ、不死人になる前のこと、覚えてる?」
  「は?・・・・・・んなもん、覚えてるわけねぇじゃん」
  に、妙なことを訊ねられ、ヨアヒムが変な声を出した。
  それから、(少し考えたようだったが)そう答えた。
  俺も頷く。そんなこと、殆ど覚えちゃいない。
  「ねぇ、あたしたちが殺してきた人たちって、本当にあたしたちの知らない人なのかな・・・・・・もしかして、不死人になる前の友達とか、いたりしなかったのかな・・・?」
       友人だったかもしれない人、知り合いだったかも知れない人を俺は     .
  そんな風に考えたことなんて無かった。
  そうじゃない保障なんて、どこにもなかったというのに。
  死ぬときの記憶なんか残ってなくてよかった、と思ったことはあっても、記憶がないことを不安に思ったことはなかったのに。
  足の下から自分という存在が、ガラガラと崩れていくような気がした。
  「・・・・・・エイフラム、ごめん、変なこと言った・・・」
  いつの間にか煙草の箱を握りつぶしていた。その手の上からそっと温もりが触れて、俺は我に返った。
  泣きそうな顔をしたが、俺の手に触れていた。
  「・・・・・・・・・なんでもない」言ってから、会話になっていないことに気づいた。
  まぁいいや、そう思うことにして、俺はの手から抜け出した。
  抜け出してから、不死人の手って意外に温かいんだなと思った。自分の体温はいつも低めだから、不死人は皆そうだと思っていたから、の温もりが少し意外だった。
  その温もりに触れていたいような、これ以上はダメだという思いと、いろんなものが交じってぐしゃぐしゃになりそうで、俺は潰れた箱から煙草を取り出した。
  「もし、そうだとしても・・・だったら、俺等にどうしろっていうんだよ?!償えってのか?!」
  叫んだヨアヒムの声が少し辛そうに聞こえたのは俺の気のせいだろう。
  「ヨアヒム、俺は     」「出撃だ!!」
  テントの外から聞こえた声に、皆のスイッチが切り替わった気がした。
  俺たちを戦場に呼ぶ声と同時に、ユドは机に立てかけてあった銃を掴んで歩き出している。さっきまでのユドとは別人のように。ヨアヒムもそれに続く。
  もちろん俺も、咥えかけた煙草を置いて、代わりに銃を掴んでいる。頭の中は空になり、ただの戦争の道具になる。
  さっきの戦闘で生き残ったやつらが炭鉱に逃げ込んだのは知っていた。やっぱり、皆殺しにすることでこの戦争を終わらせるつもりらしい。それしか戦争を終わらせる道がないのなら、俺はいつもと変わらず敵を倒せばいいだけだ。
  「・・・・・・・・・戦うしかないんだよね・・・・・・」
  の小さな呟きが聞こえた。
  そのの手に握られているのも、人を殺すための道具なのに、人を殺すことを躊躇っている。
  俺は無性に、悲しくなった。
  そんな感情、とっくに失くしたと思っていたのに。
  俺は、スイッチの切り替わらない心を抱えたまま、再び戦場へと一歩を踏み出していた。











  いつもと同じ、空っぽの頭で、目の前の敵だけを倒せばいいはずなのに、ユドの、の言葉が頭の中をぐるぐる回っている。
  撃たれたやつに明日はないし、撃つ俺たちも不死人で、もちろん未来なんてない。
  分かってる、本当は、俺だって誰も殺したくない。きっと、誰だって、誰も殺したくないし、死にたくもないはずなんだ・・・・・・
  でも、撃たなきゃ撃たれる。いくら俺が不死人でも撃たれれば、(痛覚を切ってなきゃ)痛いわけで、やっぱり痛いのは嫌だった。
  確かに俺は撃たれても死なない。でも今、俺に必死の形相で向かってくる奴は、ただの人間だから俺に撃たれたら死んでしまうわけで     鼓膜が破れそうな距離で爆音が響いて、俺に向かってきていた兵士の頭が吹き飛んだ。
  「何やってんだっ!!」
  ヨアヒムの怒声が聞こえて、辺りに目をやれば、ちょうどユドが銃剣を敵兵士の胸から抜くところだった。その傷痕からは、俺たちとは違う、真っ赤な血が吹き出して。
  ユドが何か言ってる。「殺れ!殺らなきゃ殺られんだぞ!!」ユドの代わりに、ヨアヒムの声が鼓膜を振るわせた。
  坑道に逃げ込んだ敵兵に逃げ道などなく、何かが切れたように敵はめちゃくちゃに武器を振り回して俺たちに掴みかかってくる。俺に向かって、折れたナイフを振り上げた敵を、俺はどこかで見たことがあるような気がした。気のせいかも知れない。けれど、気のせいじゃないかも知れない。俺には分からない・・・・・・
  「エイフラム!!」の悲鳴が聞こえた気がした。
  そして俺は、向かって来た敵の額めがけて銃を構え     .











   トリガーをひいたのは・・・











Episode −1






Photo by 水没少女