Episode.-1 〜Family〜
血の臭いがする。
何かが焦げている臭いと、腐っていく臭いと、硝煙の臭いと、乾いた砂の匂いと、それから、それから .
俺は目を開けた。視界に入り込んだ赤銅色の髪と同じ色をした空が広がっていた。
自分が殺した死体に埋もれて、どれくらいこうしているのか・・・右足の怪我は、そんなに酷くない、と思う。変な方向に曲がって、弾も貫通しているが、歩こうと思えば歩けそうだったし、もう少しこうしていれば、すぐに修復が始まる。痛覚は、とっくの昔に切ってあるし、他人事のように俺は、便利な体だなぁと思った。
俺はもう一度目を閉じた。
音が聴こえた。
風が砂を巻き上げ通り過ぎていく音と、負傷者の呻き声と、死体達の間を這い回る虫の足音と、それから、それから .
「エイフラム!!」
呼ばれて俺は目を開けた。泣きそうな顔をした少女が、逆さまに俺を覗き込んでいた。
「・・・・・・・・・、何で?」
泣きそうだった顔が、みるみる呆れたような表情を浮かべ、次第に怒ったような顔に変わっていった。
「何で?じゃないよ!!もう、心配したんだから!!」
「・・・・・・・・・・・・心配?」
に死体の中から、引っ張り出されながら、聞き返した俺に、はこくりと頷いた。
「そうだよ!エイフラム、帰ってこないから心配して、探しに来ちゃったの!!」
予想もしなかった答えに、俺は暫く黙りこんだ。不死人なんだから、心臓さえあれば再生するし、もし死んだとしても、代わりなんていくらでもいるじゃないか。
「・・・・・・来なくていいのに・・・」
そう意味を込めて言った言葉だったのに、は「待ってるのは嫌いなの!!」と口を尖らせた。
それから、「歩けそう?」と俺に訊いた。俺が答える前に、は背後を振り返った。
「ユド、エイフラムいたよ!!手伝って、ヨアヒムもベアトリクスも!」
俺はギョッとした。まさか、みんなで来たのか?!ヨアヒムも?!!
俺の心の叫びを他所に、が手を振っている。
そのうち、寝転んだままの俺の視界に、ユド、ビーが順に映った。
「腕、貸せ」
有無を言わせず、ユドが俺の腕を肩にかけて立ち上がらせた。
「派手にやられたわね」
そう言って、ビーがユドの銃を受け取った。
立ち上がって、視線を上げれば、そこに馬鹿にしたようにヨアヒムもいた。ふん、と鼻で笑って、さっさと歩き出す。
相変わらずムカつく奴だ。嫌なら来なきゃいいだろうに。
「・・・・・・・・・何がそんなに楽しいんだ?」
ユドの肩を借りて歩く俺の隣で、さっきからがずっと笑っている。不審に思ってそう訊ねたら、は嬉しそうに口を開いた。
「だって、何だか家族みたいじゃない?あたし、親のことなんて覚えてないけど、そんな感じがする!」
「「はぁ?」」ビーとヨアヒムの声がハモった。俺も同じ気分だった。
「あのね、ユドがお父さんで、ベアトリクスがお母さんで、ヨアヒムとエイフラムが兄弟!」
「「何でこんなやつと兄弟なんだ」」
今度は俺とヨアヒムの声がハモった。互いに睨み合う。本当に、ムカつく奴だ。
「何で私が、こいつらのお母さんなわけ!?せめて、こいつらの姉さんでしょ!!?」
ベアトリクスも抗議の声をあげた。微妙に論点がずれてる気がするのは、俺の気のせいか?
俺の横で、ユドが苦笑するのが分かった。
「・・・じゃぁ、は何なんだ?」
「あたし!?う〜ん、あたしは・・・・・・?」
ユドの質問に、思いっきり驚いた顔をした後、は眉を寄せて真剣に考え出した。
自分は何のつもりだったんだろう?
「は、猫じゃねェの?黒と白のチビ猫」
「え〜!何、それぇ!?」
馬鹿にするように言って走り出したヨアヒムを、が抗議の声を上げて追いかける。その後姿をぼんやりと眺めていた。
ヨアヒムのブチ猫説に、最初はムカつきを覚えたけど、ヨアヒムの後を追いかけるは本当に猫みたいだと思った。
「・・・猫もありだな」
すぐ隣でぼそっと呟いたユドの声に、俺とビーが一瞬ギョッとして、それから可笑しくなって声を上げて笑った。
ユドも笑っていた。ビーも、ヨアヒムも、も。傷付いた腹筋が痛んだけど、そんな些細なことは気にならず、俺も笑った。
自分たちの手が汚れていることを忘れられた、そんな些細な出来事だった。
アトガキ
戦争が日常だった不死人たちに捧げる、幸せのストーリー・・・愛情は少々ユドに偏ってますけど。
この幸せが、たとえ仮初のものだとしても、それが今の僕をつくってるから・・・