「本日より君の部隊に配属になる・・・・・・これでも一応、不死人だから、遠慮せずに使ってくれ」
  「え、っと、、です。よろしくお願いします?」
  幾分可笑しな挨拶をして、ペコリと頭を下げた彼女を部下に持つことになる、それが始まりだった。
  何か納得のいかないように首を傾ける、と名乗った彼女の横で、開発所の教官がため息をついた。の態度は、明らかに上官に対する部下としての軍人の挨拶ではなかったから、当然だろう。
  死体から不死人を作る過程で、軍人としての素養は教えこまれるものの、もともとの体の持ち主の性格か何かが反映されて幾分個体差はでる。それでも、ここまで軍人らしくない不死人は滅多にお目にかかれない。おそらく、もともとの体の持ち主は軍人とは正反対の人間だったのだろう。
  内面だけでなく、の外見もまるっきり軍人らしくなかった。サイズの合わないぶかぶかの軍服は彼女を一層弱そうに見せていたし、何よりも疑問に思うほど幼かった。外見は15、6ほどに見えた。
  がにっこりと微笑んだ。笑うとさらに幼く見える。
  「大丈夫だよ、きっと。なんとかなるって、ね、ユド?」
  教官が心底呆れた顔で、ため息をつくのが見えた。
  にっこりと微笑むの顔を見つめながら、俺は、例えこの体を失っても、を守ろうと思った。











   春夏秋冬、君を愛す











  「・・・ねぇ、ユド。『連理の枝』って何?」
  ユドは暫し黙り込んだ。それから、まるで言葉を選ぶように、ゆっくりと口を開いた。
  「・・・・・・よくは知らない。二つの木が根元で一つになってる木のことらしい。母星の御伽噺だ」
  「ふぅ〜ん・・・・・・寄生して寄りかかって生きてる軟弱な話?」
  そう答えたあたしに、ユドは暫く固まった。頭の悪いあたしにも、ようやく何だかマズイコトを言ったらしいと分かった。
  「あー、まぁ、それでも生きていけてるなら、それでいいのかも・・・?」
  言いながら、自分が何を言いたいのか分からなくなってきて、最後は疑問系になってしまった。あれ?と首を傾げると、ユドが笑ったのが分かった。
  「もう、笑わないでよ!」
  こっちは真剣に言ってるのに、ユドにちゃんと届いてるのか、時々すごく心配になる。身長の高い彼とは、あたしよりもずっと長い時間を生きている彼とは、見てるものが違う気がする。
  「もう・・・・・・ユドの意地悪っ!!」
  珍しく、声を上げて笑い出したユドに、あたしはそう言って、明後日の方向を向いた。ユドに言葉が通じなかったことへの憤りと、笑う彼が何故か嬉しくて、あたしは彼をそっと横目で伺っていた。
  優しい色の瞳で笑う彼が、あたしは堪らなく好きだった。











  どうして今、そんなことを思い出したのか     それは多分、彼にもう言葉が通じないと気づいてしまったから。
  どんなに叫んでも、この声はもう届かない。
  肉塊に埋もれたその瞳は、記憶と寸分違わぬ色をしているのに、そこにの姿は映っていない。
  大好きだったあの低い優しい声で、今にも名前を呼んでくれそうな、そんな期待さえ抱かせるように瞳の色は以前のままなのに、そこにの姿は映っていない。
  「・・・・・・・・・ユド・・・」
  「ぐぁ・・・・・・・・・あ」
  の声に答えるように、醜い肉塊が知性の欠片もない音をたてた。
  「ユド、一緒に帰ろ?」
  探して、探して、やっと見つけたのに・・・・・・
  差し出したの手を、嘗てユドだったものは獣が喉の奥で唸るような声を漏らして、暫く様子を伺うようにを見つめた。
  「ね、ユド     
  うおーん     の声を掻き消すようにユドが吼えた。同時に振り上げられた腕だったであろう肉塊は、条件反射でよけただったが、絡みついたケーブルが鞭のように迫ってきた。
  避けきれずにケーブルが当たった場所から、コールタールに似た黒っぽい液体があふれ出していることは見ないでも分かった。ついでに、傷口がぱっくり割れている感触もあったから、塞がるまでしばらく時間がかかるかもしれないと他人事のように思った。
  さっきとは逆の腕が振り上げられ、以前のユドからは想像さえできない緩慢さで振り下ろされるのを、は両手で今度はしっかりと握った。握った肉塊は、の手の中で腐臭を放ちながら崩れていった。











  「ユド、もういいよ、ここに置いてって!!」
  あたしを抱えて走るユドに懇願した。けれど、ユドは変わらずあたしを抱えて走り続けている。
  ユドの耳にこの声が聞こえていることは分かっていた。ユドが聴こえないフリをしていることは分かっていた。
  「ねぇ、ユド、このままじゃ、みんな捕まっちゃうから!!」
  前を走るエイフラムとヨアヒムの背中が、さっきから少しずつ遠ざかっているのに、ユドが気づかないフリをしていることも分かっていた。
  あたしは思いっきりユドの顔面に、残っていた肘を叩き込んだ。
  ユドの腕が緩んだ隙に、あたしは自分の肩を使って、ありったけの力で彼のたくましい胸を押した。
  予定通り、あたしはバランスを崩してユドの腕から転がり落ちた。
  予定外だったのは、落ちた先に、幾分大きめでごつごつした石が、あたしの側頭部にぶつかる位置にあったことだった。鈍い音が響き、視界が歪んで、暗転した。
  「!!しっかりしろ!!」
  軽く揺さぶられて、視界が明るくなった。
  心配そうに見下ろすユドの顔     「ユド!!」エイフラムの呼ぶ声が聞こえた。
  意識が飛んだのは、ほんの数秒のことだったらしい。
  「エイフラム、先に行け!」ユドが叫んだ。
  ユドにどこか似ているエイフラムのことだから、きっと足を止めてあたしたちを待ってるに違いない。ダメよ、進まなきゃ・・・・・・じゃなきゃ、エイフラムも危険になるのに     .
  「先に行って!後で、必ず追いつくから!!」
  あたしも叫んだ。ちょっと声が掠れたけど、ちゃんと聞こえたはずだ、エイフラムにもユドにも。
  「ユドも。行って」
  あたしは、あたしを支えるユドに向かって言った。
  「できない」
  辛そうな声で呟いた、ユドの瞳はどこか置いていかれる子供のようで、置いていかれるのはどっちよ、と突っ込みたくなった。何だか可笑しくなって、あたしはちょっと笑った。
  「・・・あたしがいると、足手まといにしかならないから」
  「できない」
  繰り返すユドに、あたしは蹴りを入れてやろうかと思った。残念なことに、あたしの両足は炭化銃で吹き飛んで残っていなかったから、華麗な蹴りを見せてあげられなかったのだけど。だから、代わりに残った右手でユドの頬を張った。
  「ユドは、エイフラムとヨアヒムを守らなくちゃいけないんでしょ?償うんでしょ?」
  あたしは叩いたユドの頬に手を添えて言った。
  「あたしなら、みんなより体も小さいし、どこかその辺に隠れられるから。もう少し回復したら、追いかけるから、必ず」
  不安そうに見下ろしてくるユドに、笑顔を浮かべてみせる。ユドが嘘に気づいてることに、あたしは気づかないフリをする。
  ユドの手を握って繰り返す。
  「大丈夫だよ、きっと。ね、ユド。なんとかなるって!」
  「・・・・・・」
  ユドはあたしの肩に額をくっつけて、あたしの名前を呼んだ。ユドの重みが、何だか涙が出そうなくらい胸に響いた。
  「必ず、迎えに来る」
  「・・・うん。待ってる」
  最後に握ったユドの手は、名残惜しそうに、あたしの手をすり抜けていった。











  今目の前にいるのが、嘗てユドだったものの成れの果てだと思ったら、攻撃する気も自分の身を守る気も無くなってしまった。
  「・・・・・・・・・ユド」
  う、が、と呻き声を立てながら、嘗てユドだったものは、その本能が求めるままにの心臓     不死人の心臓に、その巨大化した指を埋めた。
  肋骨が軋み、砕ける音をは聴いた。
  「ユ、ド」
       
  ユドの声が答えた気がして、は微笑んだ。気のせいでも良かった。
  の心臓が、琥珀色の光を放つ石が、巨大な手によって引き出される。
  「だいじょう、ぶ・・・あたし、ユド、いっしょ、る、か・・・ら・・・・・・」
  心臓に繋がったケーブルが引きちぎられる音が聴こえた。
  世界がだんだん白くなる     (そっか、目を閉じれば世界って終わるんだ・・・・・・)
  そんなことには今更気づいた。
  ちょっと可笑しくて微笑んだら、いつか口にした通り、世界の終わりを笑って迎えられた人生に、満足感なんかがこみ上げてきた。
       多分、あたしは、きっと、幸せだった     .
  「いっしょ、に・・・・・・・・・」
  は、体の中心で、何かが砕ける音を聴いた。
  真っ白に霞んでいく世界の中心で、ユドが手を差し伸べて笑っているのが見えた気がした。











  いつか、あなたのこころが、この空へ溶けていける日が来るまで、あたしが傍にいてあげる
  その日が来るまで、あなたが消えてしまわないように、あたしがあなたを守ってあげる
  あなたが罪を重ねても、あたしが傍にいてあげる
  あなたのこころに、誰かの言葉が届くまで
  今はただ、あなたと一緒にいたいの
  この惑星の大地に、空に、還るときには、あたしも一緒だよ、ね、ユド・・・・・・・・・









Episode −2











Photo by 水没少女