Episode.-2 〜All light〜
「ユド、その鉢持って」
言われるまま、ユドは足元にあったハーブの植えてある鉢を持ち上げた。前を歩く彼女の隣に追いついてから、彼女に歩調を合わせる。
「よ、っと・・・と。ありがと」
バランスを崩しかけた彼女を空いた片手で支えてやる。
ユドが持てば軽いものだが、彼女には少し大きな鉢。自分が来なかったら、彼女はこの鉢植えを全部ひとりで片づけるつもりだったのだろうか・・・・・・彼女ならやりかねない。
「ん〜、ありがと。ユドのおかげで、日が暮れる前に片付いたよ。お茶でも飲んでく?」
空に向かって大きく伸びをして、彼女が訊いた。
「いや・・・・・・いい」
「え〜、いいじゃん!お茶ぐらい飲んでいきなよ?鉢植え運んでくれたお礼に、それぐらいさせてよ!!じゃなきゃ、意地悪ユドって呼んでやるっ!」
そう言って、彼女は強引にユドの手を引いて、緑に囲まれた小さな家の中へと連れ込んだ。そのまま、小さな部屋の、ユドにとっては小さな椅子に彼を座らせる。それから楽しそうに鼻歌を歌いながら、お湯を沸かし始めた。
彼女のこんな強引さにも、この小さな椅子の座り心地にも、もう随分慣れてしまった。
彼女と出会って、こうやって週に何度か彼女の家へふらりと訪れるようになって、どのくらい経っただろう。
「また、新しい絵か?」
壁に無造作にかけられた描きかけのデッサン画の中に、見慣れないものがあって、ユドは彼女の背中に声をかけた。
「あ、それ?この間、ユドに話した母星の御伽噺あったでしょ。あれをモチーフに描いてみたの」
言われて見れば、そこには根元がくっ付いた二本の木が描かれていた。なかなか上手いと思う。
彼女がポットを持って、笑う。
「でも、軟弱な話は、ユドはお気に召さなかったんだっけ?」
「・・・・・・生きていけるのなら、それでもいい、とフォローはした」
無邪気に笑う彼女がユドの前に、いつものカップを置く。
いつの間にか増えた、ユド専用のカップに、彼女は淹れたてのお茶を注ぐ。自分のカップにも注いで、彼女は腰を下ろした。
「何かさぁ、こうしてると、戦争やってるってこと、忘れちゃいそうだよね・・・・・・」
そうのんびりと呟いて、両手でカップを抱える彼女は、実年齢以上に幼く見えてしまう。化粧気がないから尚更だ。ちゃんとした格好をして、年相応の立ち振る舞いをすれば、ちゃんと20代に見えるのだが。
「・・・・・・・・・今も戦場で、誰かが死んでいるんだろうな」
「あ〜、やだやだ。本当は誰も死にたくも、殺したくもないだろうにさぁ・・・」
多分、彼女を実年齢以上に幼く見せるのは、その瞳だと思う。現に、そう言って瞳を伏せてしまえば、彼女は驚くほど大人びて見える。
「ここだって、安全なわけじゃない。何かあったら、逃げろ」
「あたしだって、自分の身ぐらい自分で守れるもん!」
そう言って、彼女は唇を尖らせる。
ユドは真剣に言っているのに、真剣になればなるほど、彼女とすれ違ってしまう気がする。言葉にすればするほど、すれ違っていくような気がして、いつもユドは無口になってしまう。言葉が足りなければ、伝わるものも伝わらないと分かっているはずなのに・・・・・・それでも、彼女と居られるこの場所が、ユドは好きだった。不死人でも兵士でもない、ただのユドになれるこの場所が、ユドは好きだった。だから、なくしたくなかった。
「は時々抜けてるから心配なんだよ」
「じゃぁ、ユドが守ってくれる?」
突然の言葉に、どんな言葉を返せばいいのか分からなくて、幾分微妙な顔をしていたら、彼女が身を乗り出して、ユドの顔を覗きこんだ。こういうことをするから、は年齢不詳になってしまう。
言葉に詰まっていたら彼女が破顔した。
「はいはい。大丈夫ですよ、ユドの帰ってこられる場所は、ちゃ〜んと、あたしが守りますから」
そう言って彼女は満面の笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ、きっと。ね、なんとかなるよ、ユド」
それが彼女との最後の時間だった。
戦禍に飲まれ、一面の焼け野原になった街には、彼女の消息も遺体さえも残ってはいなかった。
瓦礫が積み重なり、焼け爛れた木が炭化したようになっているその場所に、俺は独りで立っていた。
きっと。
必ず。
そんな言葉に力なんてないことを、ちゃんと分かっていたはずなのに。
俺は目を閉じた。次に目を開ければ、もしかしたら .
ほんの少しの希望と諦めを抱いて目を開けた俺の前には、一面の焼け野原と、ムカツクほどきれいな夕焼け空だけが広がっていた。
アトガキ
幸せは、とても些細なことで、とても脆いものだと思うのです。だからこそ、尊いんですけど。
いつも、あたしたちはすれ違う。分かり合えることなんて、永遠にないのだとしても、それでも、あたしは・・・・・・