ねぇ、あたし・・・・・・誰かの思い出に残れるかな?
  ・・・贅沢かな、不死人にそんな願い・・・・・・
  でも、願ってもいいですか、神様・・・・・・・・・誰かの、愛する人の、そして愛してくれた人の思い出になれることを・・・











   類似点











  「・・・エイフラム?」
  「あー。・・・・・・・・・・・・えっと、そうだ。?」
  夕暮れの錆びた空と同じ色の髪が目にとまって、久しぶりに懐かしい名前を呟いていた。それに反応して、髪と同じ赤銅色の瞳がこちらを振り返った。
  振り返った人物が自分の名前を口にするのに暫くの間があったこと、呟かれた名前が自信のない疑問形だったこと、その2点がはとても気になってしまった。
  何度も一緒に死線を潜り抜けたというのに忘れられてしまった、と言うよりは、もともと覚えてすらいなかったのか。
  昔からぼうっとしていて、人の名前を覚えるのが苦手な奴だったと思い至って、相変わらずなエイフラムのやる気の無い雰囲気にの口元に笑みが浮かぶ。
  「ねぇ、ねぇ、お茶ぐらい飲んでく時間あるんでしょ?あたしの借りてる部屋、すぐそこなんだ」
  人通りの多い道の真ん中で立ち止まっていたエイフラムの腕を引っ張って、人波みの外へと連れ出した。
  「お茶なんて・・・・・・」
  「飲む必要ない?」
  その返答があまりにも予想通りで、はついつい口元に笑みを刻んだ。
  「いいじゃん!別に変わらないんなら、飲んでも」
  言いながら、エイフラムの腕を引っ張って、歩き出す。大した抵抗もせず、引っ張られるままに任せている彼の態度を了解と受け取ることにする。
  細い角を幾つか曲がって、ごみごみした坂道を半分ほど登ったところにある、五階建ての鉄筋造りの通りに面した三階のその部屋まで階段を駆け上がった。
  ドアを壊す勢いで部屋の中へエイフラムを引っ張り込む。
  何故か服のあちこちを泥埃で汚しているエイフラムを、部屋に入ったところで放り出し、は恭しい仕草で、一つしかない椅子をエイフラムに勧めた。
  「どうぞ、お客様」
  そう言って、悪戯を楽しむように笑って、「お湯沸かしてくる」とはエイフラムに背を向けた。何の歌だか知らないが、楽しそうな鼻歌が聞こえてきた。
  一人残されたエイフラムは、このまま帰ってしまおうかとも一瞬考えたのだが、結局、勧められた椅子に腰を落ち着けた。
  部屋の中をぐるりと見回してみる。
  一人用の椅子とテーブルとちょっとした収納棚、それらの家具でいっぱいになる程度のダイニングキッチンと、隣の部屋は寝室だろう、それとバスルームとで構成されるごくありふれた安アパート。
  その部屋が普通のアパートと違っているのは、部屋中に所狭しと並べられた鉢植えの数々と、鉛筆で描かれた簡素な絵が散らばっているところ。
  鉢植えに植えられているのは、よく見かけるような花の苗ではなく、エイフラムには名前さえ分からない植物たちで、どれも青々とした葉を茂らせている。
  壁にかけられた、根元でつながってる二本の樹を模った絵を何となく眺めていると、突然、目の前に湯気の立ち上るカップを差し出された。
  「はい、ハーブティ。ちょうど、エイフラムの真後ろのハーブで淹れたやつ。頭がすっきりするよ」
  言われて後ろを振り返ったが、似たような植物がいくつもあって、どれがの言ったものかエイフラムには判断がつかなかった。
  がたがたと木箱を運んできたが、よいしょとその箱に腰を下ろした。机に比べて微妙に低い箱に座り、自分のお茶の入ったカップを両手で抱えて持つは、年齢不詳に幼く見える。
  久しぶりに再会したときは、まるで成長したかのように以前よりも大人っぽく見えて、不死人でも歳を取れば変わるのかと驚いたのだが、エイフラム自身が自分が変わったとは全く思えなくて、少し戸惑ったりもしたのだが、こうやって今、熱いお茶に息を拭きかけているを前にすると、 昔とどこが変わったのか分からなくなって、やっぱり不死人は変わらないんだと、エイフラムは少し安堵のようなものを感じた。
  「ねぇ、エイフラム・・・・・・あれから、誰かと再会した?」
  戸棚からクッキーを取り出し、ばらばらと机の上にぶちまけながら、昨日の夕食何食べた?と訊くのと変わらないテンションでが訊ねた。
  ばらまかれたクッキーを食べるわけでもなく、手の中で弄びながら、と変わらないテンションでエイフラムも答える。
  「ビーとはこの間会った。トゥールースで」
  随分な有様だったビーが思い出されて、エイフラムは彼女と別れたことをほんの少し後悔した。
  でも、ビーと別れたのはトゥールースから随分離れた街だったし、彼女から置いていけと言ったのだから、自分が悩む必要はないんじゃないかとエイフラムは考えることにした。終わったことを悩むのは馬鹿らしい。
  「あ、もしかして、トゥールースの大火?やっぱりあれ、ベアトリクス絡みだったんだ・・・美人な魔女って、ベアトリクスかなって・・・・・・大丈夫なの?」
  「さぁ・・・・・・でも、ビーだから」
  トゥールースとビーから、トゥールースの大火     魔女狩りと云う名の不死人狩りから街全体が炎に包まれたその事件をは結びつけることが出来たらしい。の質問に、ビーが焼け爛れた皮膚よりも、焦げた金髪を気にしていたことが思い出されて、答えにならない返事をした。
  「そうだね、ベアトリクスは強いから、きっとまた、ね」
  そう言ってがちょっと悲しそうに、優しく微笑んだ。
  エイフラムの答えは、ビーは不死人だから大丈夫だろう、という意味だったのだが、どうやらはその言葉をちょっと違ってとらえたようだ。
  訂正するのも面倒くさくて、エイフラムはカップを傾けた。少し刺激のある味がして、喉の奥がすっとした。
  「ヨアヒムとは?」
  の質問に、左手の中で弄んでいたクッキーが音を立てて割れた。
  眉を寄せた俺を見て、が声を立てて笑った。
  「そうだよね、エイフラムが生きてるのに、ヨアヒムが死んでるわけないもんね」
  一頻笑いが収まってから、は一口お茶で喉を潤して、口を閉ざした。
  暫く黙ってから、ぼそりと呟いた。
  「・・・・・・・・・・・・ユドとは?」
  「別れてそれっきり」
  エイフラムもぼそりと呟く。
  「そっか・・・・・・」
  「探さないのか?」
  なら、待ってないで、自分から探すと思ったから、思ったままをエイフラムは口にした。
  「探すよ、待つのに厭きたら」
  そう言って笑ったは、とても大人びて見えた。
  (もしかして、って俺より年上?)ふとそう思った。
  「それで、二人でこんな感じの部屋に住むの」
  「へぇ・・・・・・」
  どんな顔をすればいいのか分からなくて、幾分微妙な顔をしていたら、が身を乗り出して、エイフラムの顔を覗きこんだ。こういうことをするから、は年齢不詳になってしまう。
  「大丈夫、そのときはエイフラムも呼ぶから!ベアトリクスも、ヨアヒムも、みんなみんな一緒に住もうよ?!」
  「・・・・・・ヨアヒムは呼ぶな」
  ぶすっとした顔でいうと、がまた声をあげて笑った。
  みんなでまた一緒に生活する     戦場にいたころをどうしても思い出してしまうだろうし、実際にそんなことをしたら目立って仕方がないと思うのだが。
  (それもいいかなぁ・・・・・・)
  珍しくそんな風に思った。
  「大丈夫、ちゃんと呼ぶから!そのときまで、ちゃんとこの惑星のうえにいてね?」
  約束だからね、そう言って笑ったの言葉をエイフラムは珍しく覚えていたのだが、と再びこの惑星で出会うことは二度となかった。











       砂と枯野の惑星に追いやった
  惑星へ往く囚人たち     .
  ベアトリクスが唄っていた歌。ちょっとしか聴いていなかったはずなのに、覚えてしまったらしく、気づけば口ずさんでいて、キーリは彼女のことを思い出して、ほんの少し悲しくなった。
  けれど、すぐに沢山の彼女との思い出が胸に溢れてきて、今度はその温かさに涙があふれそうになった。以前は、悲しみの方が大きかったけれど、今は少し違う。
  (ベアトリクスは、ちゃんと私の胸の中にいるよ・・・・・・)
  胸の中で呟いたら、彼女が微笑んだ気がした。
  「よし」
  鉢植えのハーブたちに水をあげ終えて、キーリは顔を上げた。
  そうだ、今日はお店の料理に、このハーブを添えてみよう。
  そう考えると何だか一日の始まりが楽しくなった。
  開店にはまだ時間があるけれど、キーリはお店に置いてあるラジオのスイッチを入れた。いつも首から下げていたのより、少し新しいタイプのラジオ。固定してある周波数から、懐かしい音が流れ出す。
  (大丈夫だよ、ベアトリクス、兵長・・・・・・私、頑張ってるよ)
  「よし」
  もう一度、さっきよりも大きな声で呟いて、キッチンへと向かう。
  朝日の射し込む窓際に置かれた椅子からのぞく、赤銅色の髪     .
  「おはよう。今日はハーブティにしようか」
  彼が少し微笑んだ気がした。キーリも優しく微笑む。
  それだけで今は幸せだから     神様、ありがとう     .











Episode −3






Photo by 水没少女