「あ、テッちゃん!まずいまずい!!絶対、失敗する〜〜!!」
  「自業自得だろ?」
  「あ〜〜〜〜もう、やっちゃえぇ!!とうりゃぁ!!!」
  気合を入れて右袖をまくり、覚悟を決めてコテを返したのだが、その結果を見て思いっきり迷惑そうに三嶋が呟いた。
  「・・・・・・・・・ねぇ、何で俺のも台無しになるわけ?」











   蛍火











  「・・・・・・いい加減、ひっくり返すタイミングくらい分かるようになってくださいよ?」
  スラムの片隅にある〈閂亭〉     お世辞にも綺麗とはいえない佇まいのお好み焼屋     のバイトであるススキが溜息をこぼした。バイトだから当然なのだが、綺麗に丸く焼き上げていた三嶋用のお好み焼を、無残な状態にしたに碧眼の瞳を向け、呆れたようにもう一度溜息をついた。
  「もう!テッちゃんもススキ君も、アタシがヘルプってんのに、手伝ってくれないのが悪い!!」
  断言と共に、は修正されかけていた三嶋の分のお好み焼をぐちゃぐちゃと壊した。
  「・・・・・・あ、俺の豚玉・・・・・・」呟く三嶋の声を無視して、は自分の型崩れしたボロボロのイカ玉と一緒にコテでぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
  「タネ追加!」当然のように命じられたススキが億劫そうに立ち上がりアルミボウルを抱えて戻ってくる。
  「・・・・・・何で、いつも俺のばっかり巻き添えに・・・・・・」嘆く三嶋の呟きは完全にシャットアウトして、は豚玉とイカ玉だったものの上にタネをぶちかけた。その荒い手際に、同じ鉄板を使っているテッちゃんこと鉄郎は、そっと巻き添えを喰らわない位置まで自身のお好み焼を移動させた。の大雑把なやり方にタネがあちらこちらへ飛び散り、お世辞にも綺麗とはいえないカウンターがさらに汚れる。
  「あぁぁ、また・・・誰が掃除すると・・・」
  蜂蜜色のくすんだ金髪の頭をかかえて、ススキが呟く。
  「掃除は万年バイトのススキセイタ君のお仕事で〜す。寧ろ、やりがいがあっていいんじゃない?」
  おどけて右手を挙げて答え、にやりと笑ったに、ススキはがっくりと肩を落とした。白人系のきれいな顔には、諦めが浮かんでいる。ステロタイプな金髪碧眼だが、ススキセイタは正真正銘の日本人だ。
  1970年代に起こった〈遺伝子産業革命〉以降、出生前の遺伝子操作によって子供の容姿や性格、能力等を選択できる生殖ビジネスが一般化した。そうすると、何故か日本人の親たちの多くが取り付かれたように白人系の子供を欲しがった。その結果、今の日本には金髪碧眼の日本人の若者が溢れかえってしまった。そんな数多くの日本人の一人が、ススキセイタだ。
  金髪碧眼のススキに比べれば、三嶋行祐は今どき地味すぎるくらいの暗めの灰褐色の髪をした青年だ。所謂ヘタレという種類に分類されるタイプで、実際、三嶋の性格はどこか浮世離れしていて、でも何故か放っておけない雰囲気もあり、何だかんだ周囲の人間が手を貸してしまう不思議な奴だった。ちなみに、生活に直接関係ないある一面では恐ろしいほどの強運の持ち主なのだが、その能力がそれ以外のことにおいて発揮されたところを見たことがない。寧ろ、平生は運の悪い方だと思う。
  も、ススキと比べれば地味な容姿に分類される。日本人特有の顔立ちに、痛んだ毛先だけが蜂蜜色の黒髪をもつ彼女は、それでも三嶋よりは派手だった。竹を割ったような性格で、豪胆に笑い、ユーモラスに喋った。その分、根暗そうな三嶋よりも華があった。
  そして鉄郎     彼は最も人目を惹く存在だったが、このスラムでは寧ろ彼の個性は埋没する。メタリックなシルバーグリーンの鱗を帯びた筋肉質で長い腕も、顔の左側半分を占める爬虫類特有の鱗も、琥珀色の虹彩と縦に長く切れた瞳孔も、異形の遺伝子改造中毒者〈トランスジェニック・ジャンキー〉や遺伝子変異者たちが集まるこのスラムでは、そこまで珍しくもない。ここスラムは社会から弾き出された者の生活の場であり、ここ閂亭はそんな連中が集まる溜まり場だった。寧ろ、三嶋やのような存在が異端な場所だったが、既に常連客と化している彼らに注視する者はいない。
  「ほい、完成〜!スペシャル・もんじゃもどき!!ススキ君も三嶋君も食べて食べてっ!!!」
  「・・・・・・スペシャルって、さんが作ったらいつももどきが出来上がるんですけど・・・」
  「・・・・・・・・・俺の、豚玉・・・・・・」
  お好み焼だったものの残骸に得意げにソースを塗るに、ススキと三嶋が僅かばかりの突っ込みを入れる。が、はまったく取り合わずに、自分の割箸を割って手を合わせた。
  「うむ。今日も美味しそう・・・いっただっきま〜す!!!」
  鉄板の上のお好み焼の残骸に直接箸をつけて、は口へともどきを運ぶ。文句を言っていた三島とススキも(ススキはバイト中の筈だが)箸を伸ばす。
  「俺の肉・・・」
  「早いもの勝ちだろっ!?」
  「ススキ君、向こうのテーブル呼ばれてるよ」
  「水はセルフでっ!」
  「この馬鹿バイトがっ!!!」
  「店長に怒られてやんの。店長、今日のも最高!」
  「・・・・・・俺の、豚玉・・・」
  賑やかに鉄板を囲む横で、鉄郎は悪くない気分に浸っていた。悪くない、全然悪くない。そう思っていたその横から延びた箸が、鉄郎が綺麗に焼き上げたお好み焼を切り取った。
  「一口ちょ〜だい!!」
  言ったのと、口の中へ入れたのと、どちらが早かったか     丁寧に焼かれていた鉄郎のお好み焼の最初の一切れが、の口の中へと飲まれていった。
  「ヤバイ!やっぱり、テッちゃんのお好み焼が一番美味しい!!」
  「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜おい、・・・」
  うっとりと感想を口にするに、漸く衝撃から立ち直った鉄郎が凄みの利いた声で名を呼ぶが、当の本人は聞いちゃいない。口の中に広がる幸せを噛み締めている。そんなの様子に、三嶋までもが鉄郎のお好み焼へと箸を伸ばす。
  「・・・あ。ほんとだ。テッちゃんの、旨い」
  ぼそりと感想を呟く三嶋に対しても、何故かふつふつと怒りが湧いてくる。
  「〜〜〜お前ら、食べ物の恨みは深いって言葉、聞いたことあるか?」
  「いやね〜テッちゃんたらっ!!お好み焼なら、ほら、目の前にこんなに沢山っ!!」
  悪びれる風もなく笑顔を振りまくが、目の前のもどきを指し示す。
  「素で3人前の分量で作ってあるから・・・」
  もそもそと鉄郎が作ったお好み焼を咀嚼しながら、三嶋も鉄板を侵食しているもどきを指し示す。
  「ね?だから、テッちゃんも遠慮しないで、アタシのスペシャルもどき焼きをご賞味あれっ!!!」
  幾分大袈裟にもどきを進めながら、にっこりとが微笑んだ。鉄郎は深々と溜息をついた。のペースに巻き込まれたら、何を言っても聞きやしない。
  「・・・・・・勝手にしろ」
  「やったー!!テッちゃんのお好み焼食べていいって!!」
  溜息とともに呟いた言葉に、嬉しそうに反応したが、さっそく鉄郎のお好み焼へ右手を伸ばした。











  「・・・なぁ、テッちゃん」
  「ん?」
  「・・・気のせいかも知んないけどさ・・・」
  「何だ?」
  少々躊躇いながら、三嶋が口を開いた。
  「・・・今日のさん、何ていうか・・・ちょっと変じゃねぇ?」
  三嶋の言葉に、鉄郎は片眉を上げた。
  「・・・なんつーか、妙にテンションハイって言うか・・・・・・いや、気のせいかも知んないけど・・・」
  カウンター越しに店長に皿を運びながら、何か喋っては笑い声をたてているの後ろ姿を見ながら、三嶋が首を傾げる。
  「・・・いつも、テンション高めの人ではあるんだけど・・・なんつーか、無理してる・・・ってのは違うな。何か、色々マズイ感じがするんだけど?」
  三嶋の視線を追っての背中を眺めながら、今日の彼女を思い出してみる。     確かに。ちょっとテンションは高い。軽く一発決めてハイになってるジャンキーに見えなくもない。普段から高めなので、判断は曖昧だが。
  「・・・マズイ、か・・・」
  「いや・・・俺の気のせいかも知んないけどさ・・・・・・なんつーか、そんな感じがしただけっつーか・・・」
  曖昧に言葉を濁して首を傾げる三嶋に、鉄郎も爬虫類特有の瞳孔を細めた。
  正直、今日の彼女がおかしいかどうかの判断に迷う。この面子にが加わってまだ日は浅く     こんなに打ち解けて昔なじみのように振舞っていることの方が不思議なくらいだ。
  鉄郎もの違和感を感じていたが、三嶋も同じものを感じていたらしい。(鈍ちんのススキもかどうかは甚だ疑わしいが)
  テンションが若干高いとかいう、そんな分かりにくいものではなく、もっと別の、もっと分かりやすい違和感。それが何か、掴めずにもどかしい。まるで、読めるはずの文字が突然読めなくなってしまったような、何か気味の悪い違和感     .
  「     あいつ・・・・・・!?」
  「え、何?」
  「     いや。何でもない・・・・・・」
  洗い場で食器を洗い出したをみて一瞬声をあげた鉄郎だったが、問い返した三嶋に対してはどこか爬虫類めいた温度を感じさせない声で、そう返事を返した。腑に落ちないものを抱きながら、三嶋は鉄郎の細められた琥珀色の虹彩をぼんやりと眺めていた。






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