捕食者は2種類に分類されるのだという。
  普通の捕食者と、頭のいい捕食者と。
  例えばヘビ。
  普通のヘビは、睨まれて動けなくなったカエルを、自ら襲って丸呑みにする。
  頭のいいヘビは、自らは襲わずに、カエルを睨んだまま、じっと待つのだそうだ。
  恐怖に耐え切れなくなったカエルが、自分からヘビの口の中へ飛び込むことを知っているから      .


  なら、間違いなく、我らがボスは後者だ。
  獲物が耐えられなくなって、自ら飛び込んでくるのを知っている。

  そして自分は、その獲物なのだろう。

  捕食者は生まれたときから、食物連鎖の頂点に立ち続け、そして捕食される側は、ずっと喰われる悪夢に悩まされ続ける      .


  そんなことを考えてしまうのは、多分もう酔っているからだ。
  日付が変わろうとする時刻       飲めば飲むほど冷えていく今日の酒に、憂鬱な気分は晴れない。

  近付いてくる気配に、は溜息を飲み込んだ。

  今夜は顔を合わせたくなかった。だけど、ここで飲んでいれば会うだろうと知っていた       だったら、自分は本当は何を望んでいたんだろうか・・・・・・

  唸るような怒声が響くのを待ちながら、はグラスの酒を呷ったのだった。











かき集めて、積み立てて、崩すのは











  「ヴぉぉぉい!! !! てめぇ、しくじってんじゃねぇ!!」
  いつもなら、あらゴメンナサイ、などとワザとらしい謝罪の言葉が返ってくるのだが、
  今日のは気だるく、「反省してるわ」、とグラスを傾けながら呟いただけだった。

  スクアーロの眉間に皴が寄る。
  「てめぇ、調子に乗ってんじゃねぇぞ!!?」
  「悪かったわ・・・次は・・・・・・ちゃんとやるから」
  「ハッ!!」
  鼻で笑って、スクアーロも酒に手をつけた。

  「あのクソ議員の始末なら、俺がつけてきてやったぜ。感謝しなっ!!」
  「・・・余計な手を煩わせたわね・・・」
  奢るわ、と呟いてが次の酒を注いだ。
  「当たり前だ! ・・・てめぇのせいで、ヴァリアーの評判落とされたりでもしたら迷惑だろうがっ!!」


  昼間、はヴァリアーの仕事に出ていた。
  視察に訪れた汚職塗れの議員の暗殺。ヴァリアーに依頼してくるのが間違いだと思えるほど、簡単な仕事。
  新人の一番下っ端のザコ隊員にやらせるつもりが、自ら自分が請け負うと言い出した。
  ターゲットの視察先は観光地の傍で、自分の方が観光客に紛れ込める、と。
  なのに、失敗しやがった。
  が撃った銃弾は、議員の胸を貫きはしたが、後数センチ、命を奪うには遠かった。
  だから、スクアーロが救急搬送されるターゲットを、乗っていた車ごと切刻んで仕事を完了させることになったのだ。


  スクアーロは、ちらりとに視線を向けた。
  最近の、の様子が気になって仕方がない。


  「・・・てめぇがしくじるなんざ珍しいじゃねぇか? ・・・何か問題か?」
  「・・・・・・実は・・・って、私が話すと思う? 同じヴァリアーの、それも作戦隊長様に」
  「そりゃそうだ! 話すわけがねぇ! 俺たちヴァリアーは、仲良しごっこをしてるわけじゃねぇからな!!」
  いつもの軽口には到底及ばなくても、皮肉気に唇を持ち上げたに、スクアーロも笑みを浮かべた。
  「弱みを見せたらヴァリアー内でも容赦しねぇ! それが、ヴァリアーだ!!!」


  だが、内心は舌打ちをしたい心境だった。
  ボスの女       その呼び名に、何故かモヤモヤとしたものを抱えてしまっている。


  スクアーロは、またちらりとの横顔に視線を向けた。
  ボスの女       そう呼ばれても納得出来るだけのものを、彼女は持っている。
  容姿だけじゃない、殺しの腕前も含めて、とても魅力的な女だと思う。
  ボスの女       あのクソボスが気にするのも納得だ。
  こうなることが分かっていたら、の入隊を許可しなかったのに・・・・・・
  いいや。の腕は確かだった。女だという理由だけで不合格をつけるほど、腐った人間にはなりたくない・・・


  「・・・何? 作戦隊長さんも、何か苛つくことでもあった?」
  酒を注ぎながら尋ねてきたに、スクアーロは大袈裟に鼻を鳴らした。
  「何もねぇー!! あったとしても、てめぇなんざには言わねぇ!!!」
  「でしょうね」
  当然、と答えてグラスを呷るから、スクアーロは視線を引き剥がした。


  言えるわけがない。のことが気になって仕方がない、だなんて。
  訊いてどうしようというんだ       任務をしくじる理由が、何かあったんじゃないか、なんて。
  どうして、ヴァリアーへを推薦した跳ね馬が、今更訪ねて来て辞めろなどと言うのか、なんて。
  笹川了平は、の何なんだ、なんて。
  ボスの女なんて、たとえカタチばかりだけのものだとしても辞めてくれ、なんて      .

  喉まで出かかった言葉を、スクアーロは酒で腹の底へと流し込んだ。


  「・・・・・・そう言えば、なんだぁ? 。てめぇ、日本人だったそうじゃねぇか?!」
  「あぁ、そのこと? 今更ね・・・まぁ、隠してたつもりはないんだけどね」
  「ヴぉぉぉぉい!! 隠してただろうが?! 俺は聞いてねぇ!!!」
  「ええ。そうね。言ってないもの」
  「ヴォォォォィい!!! それを“隠してた”って言うんだろうがっ!!!」
  スクアーロの怒声に、は肩を竦めて酒を注いだ。
  「おいおいおいおいおいヴぉい!!! 他にも隠してることあるんじゃねぇのか!!? 全部ゲロっちまえ!!!」
  「ないわよ、隠してることなんて。言ってないことはあるけど」
  「ヴぉぉおぉぉぉおい!!!!!!」
  気にせず、はスクアーロのグラスに酒を足した。
  「過去なんて、どうでもいいじゃない・・・未来だって、どうでもいいけど」
  「ハっ!!! 大事なのは“今”だけだ、とでも言うつもりかぁ!!!?」
  「別に・・・“今”だってどうでもいいって言ってしまえば、どうでもいいんだけど」
  「ヴぉぉぉぉぉい!!!」
  が初めて、視線をスクアーロに向けた。

  「そうじゃない? 命よりも尊いものなど存在せず、けれどこの生に意味がないのなら、生きてる“今”に執着なんて出来ないでしょ?
    なら、この身体だって同じこと・・・しかも、人殺しのヴァリアーだし? 何かを大切にするなんて、ちゃんちゃら可笑しいわよ」

  カラカラと笑って、はグラスを持ち上げた。
  氷の向こう側を透かして見るように、手の中でグラスを弄ぶ。

  「“今”は次の瞬間には“過去”になって、“過去”はいつだって綺麗なもので、“未来”も同じように眩しくって。
   でも、それは全部幻で、目が覚めれば価値のないガラクタ同然。そこにあったはずの激情だって、薄皮一枚隔てた向こう側。
   結局、喉もとを過ぎれば、何も感じない、意味のないものってことよ」

  歌うように語って、は弄んでいたグラスをぐっと呷った。
  琥珀色の原酒がの喉を滑り落ちていく。
  「・・・・・・・・」
  「平気よ。次は必ず殺るから」
  何が“平気”なのか      .


  「・・・ヴぉぉい、・・・てめぇ、だいぶ酔ってるな?」
  「あら? 飲まないとやってられないわよ」
  空になったグラスを振って軽やかに氷を鳴らして、は再びボトルに手を伸ばす。

  「止めとけ」
  ボトルを上から押さえつけたスクアーロに、が胡乱な目を向けた。
  「嫌。今日は飲むって決めたの」
  吐く息は酒の匂いが隠せないほどなのに、の瞳はまるで素面のようにしっかりとしていた。
  酔っていないはずはないのだが、その瞳に判断を狂わされて、スクアーロは押さえていた手を離した。
  「ありがと。スクアーロ隊長、優し〜い〜」
  酔っぱらいそのものという有様で茶化すようにがケラケラと笑いながら、自分のグラスに酒を注ぐ。


  「・・・・・・呼ばれてるのよ、この後」
  「?!!」
  「まぁ、別にこの時間でも不思議はないわよね・・・・・・だって私、ボスの女なんだもの」
  「!!!!!?」
  「飲まないとやってられないわよ、ほんと・・・・・・」
  呆然とするスクアーロに、は唇を歪めて、一息でグラスの酒を空けた。


  「・・・・・・ヴぉい。どういう意味だ・・・?」
  呆然とするスクアーロとは対称的に、は新な酒を注ぎながら、まるで他人事のような調子で肩を竦めた。
  「そのままの意味でしょ」
  「・・・ただの気まぐれじゃなかったのかよっ!!?」
  「さぁ・・・ボスの考えてることなんて、私に分かるわけないじゃない」
  何でもないことのように答えながらグラスを傾けるに、スクアーロの中でモヤモヤとしていたものが渦を巻き始める。

  「・・・・・・本気か?」
  「しょうがないんじゃない? 私は“ボスの女”だそうだから・・・・・・断る理由がないわ」
  「ヴぉい!!!」
  咄嗟にの腕を掴んでいた。グラスから滴が跳ねて、カウンターに小さな染みを広げていく。だが、そんなことに構ってなどいられなかった。
  今やスクアーロの中の渦は、明確な怒りという形を顕にしていた。
  なら、XANXUSの気まぐれぐらい、飄々と躱せるはずだ。いつものなら      .
  何故そうしない? 何故断らない? どうして諦める?


  「・・・、てめぇ、本気でボスの女になるつもりか?」
  「嘘に現実が追いつくだけのことじゃない。何か問題でも?」


  掴んでいたの腕を引いて、スクアーロは強引にその唇を奪った。


  この唇に牙をたてて所有の証を残せば、XANXUSも手を出さないだろうか       浮かんだ考えは、だが次の瞬間には消え失せた。
  「・・・クソッ!!!」

  「・・・・・・ごめん」

  「チッ!!」
  グラスを呷るスクアーロから、は目を伏せた。


  グラスに残っていた最後の酒を感情と一緒に流し込んで、腰を上げる。
  「・・・私、ヴァリアーを辞める気はないわよ・・・」
  「勝手にしろっ!」
  「・・・そうするわ」







       


  去っていこうとする背中を呼び止めていた。言える言葉など、何もないというのに・・・・・・

  「・・・・・・・・・てめぇは、それでいいんだな・・・?」
  「いいもなにもないでしょ?」

  振り向いたは、ゆっくりと挑戦的な笑みを浮かべた。


  「・・・それとも、ボスの女を奪う気? スクアーロ」
  「・・・・・・・・・」
  「冗談よ。いつもの、ね」
  そういい残して、は廊下の闇へと溶けていった。XANXUSがいる、その先へと向かって      .





















 アトガキ
  はい! お相手全員出揃いました!!!
  築き上げたものも、壊すときには一瞬で・・・

※ 重松清著「獅子王」より

Photo by 水没少女

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