さっきからずっと・・・もうかれこれ1時間ぐらい、アタシはドアの前で待っている。
「・・・・・・・・・」
中に人がいる気配はないから、まだ帰って来てないのだと思う あの電話から、すでに2時間以上経っているのに。
「・・・・・・遅い・・・」
メッセージを聞いて走って来たのに。
待ち疲れて、アタシはずるずるとドアに寄りかかったまま腰を落とした。
すまない、。今日のデートはキャンセルして欲しい・・・本当にすまない・・・ .
留守電に残されていたメッセージよりも、その声音に驚いた。
いつもと同じ声音で言ったつもりだろうけど、全然違った。まるで地球が滅びたことを告げるような、そんな感じ。
今日のデートが中止になることよりも、彼のその声に慌ててしまった。
「・・・・・・もぅ・・・」
デートの約束が変更になることは、それほど珍しいことじゃない。
彼はヒーロー、スカイハイなんだから。
急な呼び出しでデートが中断されたり、予定が変更になったりすることは今までもあった。だけど .
「・・・・・・もぉ・・・」
そんなときはいつだって、置いてきぼりをくらった犬みたいなしょぼくれ方をする彼が、今日の電話は何だか違ったから。
無性に心配になってしまった。
「・・・・・・ん〜」
唸って、膝に顔を沈める。
元々、彼とのデートのために空けてあったから、何時間ここで待とうとも問題はないのだけど。
ただ待つだけの時間というものは、何故こんなにも遅々としてるんだろう?
ちらりと時計を確認して 最後に見たときから、まだ5分も経過してない。
「ん〜・・・・・・」
唸って、アタシは携帯を取り出す。
彼が伝言を残した時間 まるで、アタシが電話に出れないことを狙ったかのようで。
そのことがアタシの不安をさらに煽る。
会えない そう、彼は言った。
彼が、ヒーローであることと同じくらい、アタシのことを大切に想ってくれていると、自惚れでもなく知っている。
そんな彼が“会えない”と言った。
だったら、きっと彼はアタシに会いたくないんだろう。
だけど、アタシは彼のその気持ちを無視して、半ば無理矢理押しかけてる。
それが正しいかなんて分からないけど。
もしかしたら、そのせいで彼に嫌われるかも知れないけど。
それでも、放っておけないって思った。
だから、来た。
「・・・キースぅ・・・」
彼がいつもの“キース・グッドマン”らしくない。
それだけで、アタシはこんなに不安になる。
彼はアタシの世界の中心になろうとしている。そのことに不満などあるはずがない。
だけど、時々無性に不安になる。
こんなふうに。
彼に出会う前のアタシは、こんなに弱い女のはずじゃなかったのに・・・・・・
たった一人の男に、振り回されるような女じゃなかったはずなのに・・・・・・
でもそれが不快じゃないのは、彼だから。
彼以外の誰にも、アタシはこんな弱い自分を見せたくなんかない。
「・・・・・・キース・・・」
「 ?」
「キース?!!」
慌てて顔を上げれば、待ち望んでいた彼の姿。いつもと同じ姿の彼が、いた。
いつもと同じはずの綺麗な金髪が幾分くすんで見えたのは、きっと彼の表情が沈んでいる気がしたから でも、それもアタシの気にし過ぎだったかのように、すぐに笑顔の下に隠される。
「、待ってるなんて!?」
嬉しそうな笑顔。
演技が出来るような人じゃないって分かってる。だから、彼がアタシの訪問を喜んでいるのは事実だ。だけど .
「メッセージを聞いてくれなかったのかい?」
「・・・・・・」
「いったい、いつからいたんだい?」
困ったように笑いながら、彼がアタシを引っ張って立たせる。
「知っていれば、すぐに戻ったのに」
「・・・・・・・・・」
「せっかくだから、どこか出かけようか?!」
「・・・・・・キース 」
だけど、アタシはその後を続けられなかった。なんて言えばいいのか、分からない・・・・・・
「ん? どこか希望はあるかな?」
「・・・・・・・・・あの 」
「遅くなってしまったけど、今からデートにしよう! 何か、美味しいものでも食べて 」
「キース!!!」
ギュッと彼の手を握る。
その腕を掴まえて、既に歩き出そうとしていた彼を引き止めて。
アタシは アタシは、無性に悲しくなった。だけど、アタシが泣くわけにはいかない。
それは違う。
それは違うんだ。
「?」
困ったような、戸惑ったような笑顔を浮かべた彼の腕を掴んだまま、アタシはぐっと唇を引き結ぶ。
そうしないと、アタシが泣いてしまいそうだった。だけど、それは違うから。
彼にかける言葉が見つからない それでも、アタシは口を開かなきゃいけない。
じゃなきゃ、ここまで来た意味がない。
アタシが彼の傍にいる意義がない。
「どうしたんだい、?」
「ねぇ! キース、アタシ帰る! 邪魔なら帰るから!!」
「?! 急に何を・・・」
「ごめん!! ごめんなさい!! アタシ、来ない方が良かったよね?! ごめんなさい!!」
「そんなことあるわけないじゃないか! 、私は・・・」
「だって!! アタシ、キースに無理させてる! そんなの望んでないもん!!!」
ハッと彼の顔が歪んだ。
そうだ。彼が無理してることくらい、アタシにだって分かるんだから .
「押しかけて、ごめんなさい・・・今日は会いたくなかったんでしょ?
ごめんなさい・・・メッセージも聞いた・・・だけど、どうしてもキースが心配で・・・・・・勝手ばかりして、ごめん・・・」
「・・・・・・」
「キースを一人にしたくなかったから・・・だけど、無理させたくないから・・・・・・」
あぁ。でも、なんて言えばいいのか、ここまで言っても分からない。
「だから・・・・・・」
泣いていいよ、なんて言えない。
だって、彼はきっとヒーローでいたいんだと思うから。市民の前でも、アタシの前でも。
「だから・・・・・・無理しないで」
そう繰り返すしかなくて。
「無理だけは、しないで 」
「」
握っていた手を逆に引かれて、アタシは彼の腕の中にいた。
「・・・ありがとう、」
「・・・うん」
頭の上から降ってくる彼の声に、アタシは素直に頷いた。
「・・・・・・心配させて、すまない」
「・・・・・・うぅん、大丈夫」
「・・・帰るなんて言わないで、一緒にいてくれないか・・・?」
返事の代わりに、アタシは腕を伸ばして彼を抱きしめる。
「・・・駄目だな、私は・・・・・・一人で耐えなければならないのに・・・」
そんなことない! そんなことないよ、キース!!
アタシを頼って! 頼りないけど、アタシがいるから!! だけど彼がアタシにそれを望んでいないことが分かるから、アタシはただ心で叫ぶ。
少しでも届けばいい、そう思って回した腕にギュッと力をこめた。
「・・・・・・・・・間に合わなかった・・・・・・私はヒーローだというのに・・・!!」
慰めの言葉なんて必要としていないことが分かるから、アタシは黙って彼の悲鳴を聴く。
少しでもその重荷が軽くなればいい、そう思って強くなる彼の腕に身を任せた。
「・・・助けられなかった・・・・・・助けられたはずなのに・・・!!!」
微かに震える言葉に気付かないフリをして、アタシはただ彼の背中に腕を回す。
落ちる水滴に気付かないフリをして、アタシはただ彼の鼓動に耳を澄ます。
そしてそっと、居ないはずの神様に祈りを捧ぐ。
(神様、お願い・・・彼をこれ以上、苦しめないで・・・・・・お願い、神様・・・・・・!!)
わたしの頬には雨が降る
>>> 止むまでずっと 傍にいるから
アトガキ
Photo by clef
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