彼の部屋の窓が見える距離まで来て、
「あれ・・・・・・?」
アタシは首を傾げた。
立ち止まって、もう一度確認 やっぱり、見間違いじゃない。
彼の部屋の電気が消えている。
「よいしょ・・・っと・・・・・・」
買い物袋を持ち直して、腕の時計を確認。
「あれれ・・・?」
携帯も確認。だけど、彼からの着信はない。
「・・・・・・キース・・・」
急にぶら下げた袋が重くなった気がして、アタシは溜息を吐き出した。
アタシから連絡したのが、だいたい1時間30分ほど前。
彼に会うために家を出たのが、約1時間前。
一緒に食べようと思って、途中のデリカで惣菜を買って、キッチンを借りるつもりで少々食材も買って、
ついでに新発売で気になってたスイーツも買って、調子に乗ってちょっとだけお酒も買って。
そんな感じで、るんるん気分でやって来たアタシが、灯りの消えた彼の部屋の下で立ち尽くしてから、おおよそ30秒。
「・・・・・・いないの・・・?」
見上げる窓は真っ暗で、そこだけぽっかりと穴が開いているよう。
荷物を持ち替えて、もう一度携帯を確認。
やっぱり、彼からの連絡は何もない。
急な呼び出しがあったのかも知れない。
アタシに連絡してる余裕もない、緊急な事件が起こったのかも知れない。
彼はヒーローなんだから、不測の事態で予定が乱れるのは珍しいことじゃない。
分かっていても、溜息が漏れるのは止められないし、下がったテンションを再浮上させるだけの気力もない。
肩を落とせば、持っていた荷物も大きく傾く。
「・・・・・・いないんだ・・・っと?!」
傾いた荷物が軽くぶつかった感触に慌てて袋を持ち直す。
「おっと・・・失礼」
「いえ、こちらこそ・・・」
会釈をして、アタシが開けた道を男性が通り過ぎていく。
歩道の真ん中で立ち尽くすアタシに危うくぶつかりかけたらしい。
遠ざかっていくスーツの背中を見るともなしに見送った。
心なしか足早なその男性が数軒先の階段を上がっていく。
光が漏れるドアの中へとその背中が吸い込まれているのを見届け、くるりと周りを見回せば、さっきの男性と同じように帰路を急ぐ人たち。
誰も彼もが幸せそうな笑みを浮かべているような気がする。
くるりと周りを見回せば、光が漏れる家々の窓。
大切な誰かの帰りを待っている光 .
温もりに包まれた優しい世界の灯 .
大切な人と過ごす温かな時間の証 .
もう一度見上げた窓は真っ暗で、アタシの胸にも同じ穴が空いた気がした。
「・・・・・・・・・」
何を期待しすぎていたんだろう。
分かっていたはずだ。
彼がヒーローだと知った時から。みんなと同じ、ってわけにはいかないってことぐらい。
ヒーローであることに誇りをもつ、そんな彼を好きになったのだから、たとえデートの約束が無効になるのも仕方ないと分かっていたはずだ。
それに。今日、たまたま二人の予定が空いていた、それだけのこと。
だから、部屋の灯りが消えてることも、彼がいないことも、今日会うこが出来なくなったことも、彼が悪いわけじゃない。
誰も、何も悪くない。
ただ、運が悪かっただけ、それだけのこと。
「・・・・・・・」
だけど、抱えた荷物をどうしたらいいのか分からない。
彼に会えることを喜んでいた自分自身をどう納得させればいいのか分からない。
部屋の窓が暗いことに、酷くショックを受けていることをどう慰めればいいのか分からない。
けど、ただ道に立ち尽くしているわけにもいかないから とりあえず、アタシは彼の部屋へ続く階段に足をかけた。
今晩、彼が帰ってくる保証なんてない。この料理が無駄にならない保証もない。
だけど、他にどうしたらいいのか分からない。
だから、アタシは自分のつま先だけ睨み付けて、彼の部屋へ階段を上がる。
「・・・・・・・・・」
ただ、彼の部屋の電気が消えているだけのこと、それだけのことなのに。アタシの心は底無しの闇に落ちたよう。
ここにはアタシを待ってくれてる光はないんだ、って。
ここにはアタシのための灯はないんだ、って。
なんて我侭。なんて傲慢。
灯がないのなら、自分で灯せばいいだけなのに。
光がないのなら、自分が彼を待つ光になればいいだけなのに。
そう分かっているはずなのに。分かっているはずなのに 勝手に期待して、勝手に落ち込んだアタシの心は、そんな前向きにはなれなくて。
「・・・・・・」
長くないはずの階段を、時間をかけて上りきって、アタシは預かっている合鍵を取り出す。
カチリとロックが外れる音を聞きながら、荷物をずり上げてドアを開ける。
彼が帰ってくるまでにアタシの心は持ち直すだろうか?
もしも浮上しないようなら、今晩は早々に帰った方がいいだろう。彼に会うことなく .
「!!」
「っ?!!」
「待っていたよ、!!」
突然灯った室内灯と、かけられた声に、危うく荷物を全て取り落とすところだった。
もうちょっとで、飛び上がって悲鳴を上げるところだった。
「驚いたかい? そして驚いてくれたようだね!!」
「・・・・・・キース・・・」
「そうとも! 私だ!!」
無邪気な笑みを満面に浮かべた彼が、玄関に大手を広げて立っている。
「を驚かせようと思ったんだ! 所謂、サプライズというやつさ!」
「・・・・・・サプライズ・・・」
「そうとも! だが、がなかなか来ないから、私は待ちくたびれてしまってね・・・・・・」
浮かべていた笑みを驚きに変えて、彼が慌てて手を差し伸べる。
「!? そんな荷物を沢山抱えて!! 言ってくれれば、私が運んだのに! ・・・あぁ、でも 」
アタシの腕から荷物を取り上げて、彼が優しく微笑む。
「言ってくれなくても分からなくちゃいけなかったんだね? だって、今日は、私たちの記念日だから」
「・・・・・・憶えてたの?」
「もちろんだとも! そして、もちろんだよ!!」
胸を張って彼が爽やかに笑う。
「私がに愛を伝えた日でもあり、が私を好きだと言ってくれた日でもある!
そんな大切な日を、私が忘れるわけがないだろう?
今日は、の誕生日の次に大切な日じゃないか!!」
「・・・・・・ずるい・・・」
「? ・・・?」
「・・・・・・ひどい・・・」
「?! ・・・?!」
「・・・キースの、バカぁ・・・・・・」
「?!! ?!!」
声を上げて泣き出したアタシに、彼は慌ててる。
日付を間違えていたかと慌て、合っていることに安堵し、アタシがどうして泣いているのか分からずに、右往左往していたが、
結局荷物を投げ出して、アタシをギュッと抱き寄せた。
「? いったいどうしたんだい?」
訊かれたって、アタシ自身にも、どうして泣いているのか分からない。
彼が記念日を覚えていてくれたことが嬉しいのか。
真っ暗だった部屋に灯りが灯ったことに安堵したのか。
アタシを無駄に不安にさせた彼が憎らしいのか。
たったこれだけのことでアタシの感情を掻き乱す彼に悔しいのか。
それとも、放り出された荷物の中身の惨状を思って悲しいのか .
(駄目・・・もう、一人には戻れない・・・・・・・・・アタシ、今やっと、気付いた・・・・・・)
忘れたくらいで止まる涙じゃなく
>>> 約束して、これ以上アタシを弱くしないって
アトガキ
Photo by clef
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