「眠そうだね」
大きなアクビを漏らしたアタシを、彼が肩越しに振り返った。
「ん〜、眠いけど・・・」
「まだ頑張るのかい?」
「・・・・・・も少し、頑張る・・・」
呟いて、アタシは再びテレビに焦点を合わせる .
「思うんだけど、無理をして観る必要あるのかい?」
「だって・・・せっかく借りたのに、勿体ない・・・・・・」
言いながら、落ちかけた瞼を、何とか持ち上げる。
「・・・・・・あれ・・・この二人、いつの間に仲良くなったの・・・?」
「途中を早送って、最後だけ観たら駄目なのかい?」
彼が苦笑する気配を感じながら、アタシは落ちてくる瞼を必死で開けて、ストーリーを追いかける。
TATAYAでせっかく借りてきた話題の新作映画なのに、観ないで返却するなんて勿体ない そう自分に言い聞かせながら、必死で観ようとすればするほど、睡魔が襲ってくる。
「・・・・・・ねぇ、キース・・・」
気付けば舟を漕ぎかけていた頭を持ち上げて、アタシは隣に座る彼に話しかけた。
「何だい?」
とっくに飽きているのか、彼が画面からアタシへと視線を向ける。
「何か話して・・・じゃなきゃ、このまま寝ちゃう・・・・・・」
「
・・・」
「ちゃんと観てるもん・・・だから、何か話して」
ちょっとの沈黙もキツくて、アタシはぼんやりした頭を振って、何とか睡魔を追い出そうとする。
「
、今日観なくても・・・」
「駄目! 明日朝一番に返さなきゃ、延滞料金取られるの!」
ギュッと目頭に力を入れたアタシに、呆れたように彼が笑う。
「無理するくらいなら、払えばいいのでは?」
「ダメ! だって、次借りるの待ってる人いるかも知れないじゃん!? コレ、今話題だし!」
「だったら、私が返しに行こう。空を飛んでいけば、ギリギリでも間に合うだろうから 」
「それはダメ!! だったら、延滞料払う!!!」
ははっと彼の笑い声。
「 は面白いね」
何か彼に言い返したいのに、それを纏めることすら出来ない寝惚けた自分の脳みそ 何かがカタチになる前に、勝手にアタシの口が言葉を紡ぐ。
「じゃぁ・・・キースだったらどうする?」
「そうだね、今から返しにいくよ」
「そうじゃなくて・・・」
深く考える前に、というか深く考えることなんて出来ずに、アタシの口が勝手に言葉を紡ぐ。
「キースが、この映画の、主人公だったら・・・?」
「ん? 私なら、こんなダサい革ジャンは着たくないなぁ」
「そうじゃなくて・・・・・・」
思わず笑った。
笑ったら、ちょっとだけ頭が現実に戻って来て、アタシは自分が彼に何を尋ねようとしているのかを理解した。
理解したら、訊くのが躊躇われて、アタシは曖昧に口を閉ざした。
「
、そうじゃなくて?」
彼が、口を閉ざしたアタシにその続きを訊く。
今更口にしたことを無かったことには出来なくて。
かと言って、誤魔化せるほどに頭は働いてなくて。
「 ?」
再度促されて、アタシは渋々口を開いた。
「・・・・・・・・・仲間か、世界か、どっちか選ばなきゃいけないとしたら?」
彼が小さく片眉を持ち上げた。
映画から派生した他愛もない質問だとしても、いくら何でも配慮にかけていたと思う。
多くの一般人にとってはifでも、彼にとってはそうじゃない。
我らがヒーロー、スカイハイ。
誰かを助けるために、彼は空を飛び、悪と戦っている。
彼にとっては“仮定”じゃない。起こるかもしれない“現実”だ。
「難しいね、そして難しいよ。私にとっては、どちらも同じ大切なものだからね・・・」
う〜ん、と唸って、彼は腕を組んだ。
「私の命か、世界の平和か、と言われたら、問題なく世界平和を選べるのだが・・・」
「え?!」
ん?と彼が首を捻った。
その襟首を掴んで揺さ振りたい衝動をぐっと抑える。
「私の命と引き換えに世界が平和になるというのなら、後のことは他のヒーローに任せて、私は世界の幸せを選ぶだろうね。そうとも、選ぶに違いな 」
「駄目ぇ!!!」
「?!!」
アタシの我慢はそれが限界で。
アタシは思わず彼の肩をガッシリ掴んでいた。
「駄目!! 絶対駄目!!! それだけはやめて!!!!!」
「???」
驚く彼に構わず、アタシは彼の肩をガクガクと揺さ振る。
「キースがいない世界なんて、平和じゃないよ! キースがいなくなったら、全然幸せじゃない!!」
「・・・“もしも”の話じゃないか・・・・・・それに、私はそう簡単にこの命を天秤にかけるつもりはないよ・・・・・・」
困ったような笑みを浮かべて、大空と同じ色の瞳がアタシを覗き込む。
「大丈夫さ! 私は負けない。そうとも、負けるはずがない!! だから、これは有得ない"もしも"の話なんだよ・・・?」
そう言って、安心させるかのように笑った彼の瞳の奥に、だけどアタシは見つけてしまった。
気付いてしまった。
彼は自分の命を懸けて戦ってる。
いつだって、真っ直ぐに、本気で だから、これは“もしも”の話なんかじゃない。
明日訪れるかも知れない、“未来”の話だ。
「・・・何も心配する必要はないさ。そうだろう、?」
「・・・・・・・・・」
アタシはギュッと彼に抱きついた。
気付いてしまった。
分かってしまった。
だけど、アタシにはそれを止められない。
だって、アタシと出会う前から、彼はみんなのヒーローだったし。何よりも、彼自身がヒーローで在りたいと、そう願っているのだから。
有得ないくらい真っ直ぐで。驚くほど真面目で。愛おしいほどに不器用で そしてアタシは彼が大好きだから。
だから、アタシはそんな彼を止めることが出来ない。
「?」
強く彼の肩に顔を埋めて、アタシはキツく目を閉じる。
「」
優しい彼の声に、涙が溢れそうになるのを堪えて、アタシは抱きついたまま・・・・・・だけど、どうしてもこれだけは知っていて欲しくて、噛み締めていた唇を開く。
「・・・・・・キースがいない世界なんて・・・たとえ天国のような場所だったとしても、アタシは望まない・・・」
彼がギュッとアタシを抱き締め返す。
「知っているよ・・・言っただろう? 私は簡単にこの命を差し出したりしない、と。何故なら、私もと一緒に居たいからね」
黙ったままのアタシを慰めるかのように、彼が優しくアタシの背を撫でる。
「私も、のいない世界なんて望まない! そして、望んでいない・・・・・・だから、この命を懸けて、この世界を守りたいんだ」
どうしようもなく切なくなって、アタシは彼にしがみつく腕を強くした。
いつの間にか流れ出したエンドロールに彼が小さく苦笑した。
「結局ほとんど観なかったけど・・・これ、明日返すのかい?」
「うん。明日朝一番で返す」
「延長しないのかい?」
頷くアタシに、彼がもう一度苦笑する気配がした。
「・・・・・・・・・ねぇ、キース 」
優しい彼の胸に額を押し付けて、アタシは願う。
「 だったら、負けないで。絶対に 」
「あぁ。誓うよ」
「・・・それと、もう一つ約束して」
「何だい?」
「・・・・・・明日の朝、ちゃんと起こして」
頭の上で、彼が笑う気配がした。
それから、分かったというように、アタシの頭上に、そっと彼の唇が舞い降りた。
(誓うよ・・・君に約束しよう。ずっと一緒にいるために )
ただ一つ、守れなかった約束
>>> 君さえ笑っていられるなら、私は
アトガキ
Photo by clef
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