「もしも、私がヒーローじゃなかったら、は私を好きになったかい?」


  唐突な彼の質問に、アタシは目を瞬かせた。
  咥えていたストローを離して、暫し彼を観察       特に何かに落ち込んでいる様子はないけれど・・・

  「どうしたの、急に?」
  「私とは、いったい何だろう、と考えてね」
  「それはまた・・・・・・随分と哲学的な・・・」

  言いながら、ちょっと考えるフリをする。
  だって、アタシの答えは、もちろん“YES”に決まっているんだもの。素直に言ってしまうのは、ちょっと・・・・・・面白くない。
  しかも、この質問は、アタシが彼を好きなことが前提だ。
  もちろん、その前提は間違っていないけど。彼がそう信じてくれていることは嬉しいけど・・・・・・ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ面白くない。



  「       じゃぁ、さ・・・」
  彼の顔を覗きこむ。

  「キースは、アタシが犬が苦手でも、アタシのこと好きになってくれた?」

  彼よりも、傍らに寝転んでいたジョンの方が敏感に反応した。
  ちなみにジョンの飼い主は、パチパチと瞬きをしただけだった。つまんないなぁ・・・・・・
  ジョン、ゴメンね。と、不安そうに見上げてくる、そのふさふさの毛並みを撫でて、アタシは再度彼の顔を窺う。

  「・・・は、ジョンのことが好きだろう?」

  ジョンと同じ表情で首を傾げる彼・・・飼い主が飼い犬に似るってこともあるのかしら・・・・・・

  「例えば。例えばの話」
  「う〜ん・・・・・・」

  ・・・・・・・・・・・・どうして悩むわけ?

  「難しいなぁ・・・・・・」
  「・・・・・・」

  腕を組んで、本格的に悩みだした彼に、アタシは悲しくなって、目の前のペプシをぐるぐると意味もなくかき回す。
  氷がたてる音も、なんだか悲しく聴こえる・・・・・・

  傍らのジョンが、申し訳なさそうにアタシの脚に尻尾を寄せた。
  まるで「それでも僕はのことが好きだよ」と言われているようで、余計に悲しくなる。
  君はご主人様より優しいね・・・ありがと。と、ふさふさの頭を撫でて、そう伝えた。



  「       駄目だ」

  彼の一言は、アタシの身体を硬直させた。
  ・・・・・・駄目って、何が?
  犬嫌いなアタシは駄目?
  犬が好きだから、アタシを好きになってくれたの?

  恐々とアタシは視線を上げた。


  「私には駄目だよ、

  彼は自分の言葉に、しっかりと頷く。
  「やはり、駄目だ」

  「駄目って・・・・・・何が?」
  犬嫌いなは駄目だよ。
  そう答えられるのを恐れながらも、アタシは尋ねることを止められなかった。

  「駄目だよ」
  真剣な表情で頷く彼。
  「犬が苦手ななんて、私には想像できないよ」


  「・・・・・・・・・・・・え?」

  「は、ジョンのことも、他の犬のことも好きだろう? そうじゃないなんて、私には想像できないよ」

  にっこりと笑った彼に、アタシは全身の力が抜けた。脱力と、安堵で。


  「・・・想像できないって・・・・・・それくらい、想像してよ・・・」
  「無理だよ」
  思わず漏れた言葉に、彼は首を振った。

  「うん、無理だね。だって、犬好きじゃないなんて、じゃないじゃないか!」


  「・・・え?」

  再び緊張しかけたアタシに、彼は頷きながら

  「それから。例えば、美味しいものが嫌いなも、時々ぼうっとしたり落ち込んだりしないも、
   些細なことで笑い転げたりしないも、それはもうじゃないんじゃないかな?」

  初夏の風のような爽やかな笑顔で同意を求められた。


  「そういったもの全部ひっくるめて、だろう? だから、そうじゃないなんて、私には想像できないよ!
   私は、が好きなんだから」

  「・・・・・・!!!」


  完璧な笑顔でそんなふうに言われて、顔が真っ赤にならない人っているっ?!

  目の前のペプシを、さっきよりも勢いよくかき回して、何とか落ち着こうとするけれど・・・・・・
  氷同士がぶつかる音も、何故か祝福の鐘のように聴こえてくるし・・・・・・・・・



  「・・・ひどいじゃん、キース・・・・・・」
  「ん? どうしてだい?」
  「アタシには、あんなふうに聞いておいて・・・!!」

  耳まで真っ赤に染めたままの文句では、大して効果はないだろうけど、言わずにはいられなかった。


  「・・・ヒーローじゃなくたって、好きに決まってる。って・・・そう思ったアタシが何だか、情けない・・・・・・」

  驚いたように目を丸くして、それから彼は満面の笑みを浮かべた。


  「・・・、私はとても嬉しいよ!」
  「・・・・・・どこがよ・・・」
  「嬉しいとも! そうだとも、嬉しすぎる!! がそんなふうに私のことを思ってくれているなんて!!!」

  いつもの笑顔の5割増しで彼の目尻が下がっているから、本当に心の底から喜んでいるらしい。
  放っておいたら、今すぐ飛んで行ってしまいそうだ・・・比喩じゃなくて、本当に。
  驚いたジョンが、さっさと自分のテリトリーへ非難していった。

  「ちょっ!! キース!!!」
  「ん? 何だい、?」
  「ちょっと座って! 落ち着いて!!」

  彼を椅子に押さえつけて
  「何でそんなに喜ぶわけ?!!」
  慌てて問えば、彼にギュッと抱きすくめられた。ついでに、寄せられた唇が首筋を掠めていく。

  「っ?! キース!!!?」

  悲鳴を上げて抗議するも、彼の腕は緩もうとしない。

  もう一度、嬉しそうに笑って、彼がアタシの頭に頬を寄せる。・・・・・・まるで、酔ってるときみたい。
  アルコールを摂取していないはずの彼の、この様子に少々面食らいながら、アタシにはなす術がない。


  「・・・キース・・・・・・?」

  頭の上で響く微かな振動は、彼が笑っているせいだ。
  そっと腕を伸ばして、彼の背中に回す。


  「・・・キース?」
  「何だい、?」

  幸せそうな彼の声に、ちょっと安堵。
  何であれ、彼は笑っているほうがいい。幸せなほうがいい。
  幸せなそうな彼といると、アタシも幸せな気分になる。幸せな笑顔を浮かべる、彼が一番好きだ。


  「ねぇ・・・どうして、そんなに喜んでくれるの?」
  「・・・」

  笑いながら、彼が腕を緩めてアタシを覗き込む。
  彼の瞳は、笑っているとき、一番優しい色になる。

  「だって、さっきの言葉は、はヒーローとしての私ではなく、私自身を好きだ、ということだろう?」
  「うん・・・・・・だけど、どうしてそこまで・・・?」
  「当然だよ!!そして、当然のことだよ!!!」
  「?」

  「。君は、私がヒーローじゃなくても、スカイハイじゃなくても、それでも、好きでいてくれるってことだろう?」
  「うん。もちろん! それは絶対!!!」

  そこは譲れないから、力強く断言したら、また彼がギュッとアタシをかき抱いた。


  「だからさ!! ヒーローであることは私のアイデンティティだが、それを失っても、君は私のことを好きだという!
    それを喜ばずに、何を喜べる?! あぁ、私は、君に出会えたことを、神に感謝する!! そうとも、感謝しよう!!!」

  「・・・・・・大袈裟だよ・・・」

  思わず苦笑した。
  だって、神様なんていないことは、この街で暮らす誰もが知っていることだから。

  「大袈裟なものか!!」
  だけど彼はそう言って、アタシを更に強く抱きしめた。



  「私も誓おう! もしもが犬嫌いになっても、犬嫌いなを私は愛す!! そして、愛そう!!」






よかった わたしたちの生は無駄にはならなかった
             >>>  君でいい 君がいい











 アトガキ
  このバカップルをどうにかしてください(笑)
  君と出会えて本当によかった・・・・・・

Photo by clef

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