「これ・・・?」

  サイドテーブルに置かれていた写真立て       初めて見たような気がしたから、好奇心のまま手にとって、アタシはキッチンを振り返った。

  「ねぇ〜、見てもいい〜?」
  「うん? 何のことだい?」
  「写真〜」
  キッチンにいる彼に向かって答えながら、返事を聞く前に表示ボタンを押した。

  電源の入った画面に、数秒して人物が浮かび上がって       てっきり、彼が写ってると思い込んでいたアタシは、一瞬硬直して、それから画面を食い入るように凝視した。

  めっちゃ可愛い娘が写ってる。可愛い、綺麗、どの形容詞もオッケー。
  アイドルみたいな、目鼻立ちのはっきりとした美人顔に、キュッと引き締まったウエスト・・・
  いきなり撮られたみたいで、驚いたように振り返った瞬間。
  他にも、ボーイッシュな少女と真面目そうな青年、それから・・・オネエな人も一緒に写ってる・・・・・・けど、彼は写ってない      .




  「あぁ、その写真のことかい?」

  ペリエを手に現れた彼に、アタシは慌てて“次”のボタンを押し      .
  今度は彼も写っていたけど・・・一緒に、ごついオッチャンと、華やかな女性も写っていた。
  こちらの女性も、さっきの娘ほど可愛くはないけれど、濃い目に引かれたルージュが似合っていて美人に分類できる       うぅん、アタシは同じように化粧をしても、こんな格好良くないし・・・この女性も充分に美人だ。


  「上手く撮れてるだろう?」
  「・・・うん、そうだね」
  にっこりと微笑む彼に、アタシも必死でテンションを浮上させて頷く。

  “完璧な彼の隣に、完璧じゃないアタシがいてもいいのか”っていう命題は相変わらず答えが出ないまま、アタシの中に居座り続けてる。
  だからって、彼の隣に居たくないわけじゃなくて・・・・・・すっごく複雑。うぅん、本当はとっても単純なことのはずなのに。
  好きだから、一緒にいたい       それだけのことのはずなのに、アタシは未だに些細なことにぐだぐだと悩み続けてる。
  ぐだぐだ悩むぐらいなら、さっさと心を決めてしまえばいいのに・・・それすらも出来ない臆病者のアタシ。

  分かってる。アタシは勝手に怖がってるだけなんだって。


  これ以上彼を好きになるのが       だって、自分を見失いそうだから。

  これ以上彼中心で世界が回るのが       だって、彼を失ったら全て無くしそうだから。

  これ以上彼と一緒に過ごすことが       だって、それが日常になってしまうから。


  世界中の女の子たちは、どうやってこの恐怖と戦っているのか、正直教えてもらいたい!!


  「確か、他にも・・・ほら!」
  伸びてきた彼の指が“戻”のボタンを押して、画面に再びあのアイドルみたいな美人さんが浮かび上がる       うん、もう一回見ても、美人は美人だ。

  視線を持ち上げることで何とか気持ちも持ち上げて、それからナケナシの努力で口角も引き上げて、アタシは隣に腰を降ろした彼に尋ねる。


  「これ・・・・・・誰が撮ったの?」
  あぁぁ・・・本当は「さっきの綺麗な女の人、誰? この美人さんも誰? こっちの子も誰?」って訊きたかったのだけど・・・・・・

  ペリエを一口飲んでから、彼がアタシの手元を覗き込み、
  「タイガー君だよ」
  とサラリと言った。


  ん? “タイガー君”って、まさか“ワイルドタイガー”のこと?
  ・・・・・・ということは、もしかして?! これは、素顔を曝せないヒーローの皆様なのでは!!?
  アタシは改めて、写真に見入った。誰がどれかなんて分からないけど・・・・・・
  この華やかなお姐さまがブルーローズ?! いや、それにしてはちょっと年上過ぎないか・・・? メイクでそこまで誤魔化せる?
  じゃぁ、こっちの美人さんがブルーローズ!!? じゃぁじゃぁ、このオッチャンがワイルドタイガー・・・あぁ、でも、ワイルドタイガーが撮ったのに、写ってるわけ無いか・・・・・・じゃぁ、こっちの青年が・・・・・・・・・・・・って!!!


  「ちょ!! キース・・・!」
  「うん?」
  「あ、あのさぁ・・・近いんだけど・・・・・・!」
  「そうかい?」
  気にすることなく、彼は離れる気配もない。

  アタシが持ってる写真を覗き込む彼の顔が、すぐそこにあって。・・・・・・近い。正直、近すぎる!!
  一つの写真を二人で覗き込む距離感って・・・!!
  彼が身動ぎすれば、柔らかな金の髪が頬を擽るし、吐息どころか脈拍まで感じられそう      .


  「他にも、タイガー君が送ってくれたものが・・・ほら!」

  アタシの手ごと写真立てを操作するのは、正直反則だ。
  彼の指にされるがまま、アタシの指はアタシのものであることを放棄した。

  それから、そんな満面の笑みを、こんな至近距離で発するのは、絶対反則だ。
  すでにアタシの心臓は、勝手に鼓動を速めてる。

  「ほ、ほんとだ・・・うわぁ、これも可愛い・・・・・・」
  「?」
  「いや、あのね! オネエさんの着てるピッチピチの服のことじゃなくてね?! こっちの、この娘のことで・・・・・・」

  あぁぁ・・・至近距離過ぎる彼のせいで、アタシの脳内は大パニック状態だ。
  言うつもりのなかった言葉が零れ落ちる・・・

  「そうじゃなくて、この娘だけじゃなくて、皆美人で・・・ってそうじゃなくて、化粧のコツって何かな、とか・・・」

  あのね!! 今更だけど!! 別にアタシ、キースとのこの距離が初めて、ってわけじゃないのよ!!?
  ただ・・・そう!! 大抵、この距離になるときは、それ相応の流れというか、その・・・心の準備をする時間があるわけで!!
  そういうのも全部すっ飛ばしてこんなにいきなり距離を詰められちゃったら、もう、どうしていいのか分かんないのぉ!!!!!!

  「えぇっとね?! そうじゃなくて、別に嫉妬とかしてるんじゃないからね! 言っとくけど・・・!!!」

  あぁぁ・・・もう、パニックです。何を言ってるのか自分でも、もう・・・・・・

  「可愛くっていいな、っていうか、えっと、キースと並んで写ってて羨ましい・・・じゃなくて!!! あーもう!!!!!!」

  とうとうアタシは諦めた。
  もう、無理だ。
  はい、もうどんな言葉で取り繕っても無理です。
  今、本音出ちゃいましたから。もう無理です。諦めましょう。




  「・・・・・・?」
  まだ隣に、至近距離にいる彼を恐る恐る窺って       青空みたいな瞳と、同じくらい優しく微笑んで、キースがアタシを見つめていて、アタシの心臓は確かに一瞬鼓動を止めた。


  「

  爆笑されてるか、失笑を堪えてるか、それとも呆れられてるかと思ってたから・・・・・・・鼓動以上に硬直したアタシに、彼は優しい眼差しを注いでる。

  「が心配するようなことは何もないよ。
   そんなふうに彼らを見たことはないし、私が愛しいと思うのは君だけだ・・・・・・・・・分かるかい? そして、分かってくれるかい?」

  何も言えなくなったアタシの、真っ赤に染まっているだろう頬を突いて       彼は立ち上がると、さっさと上着を羽織った。


  「さぁ、!」

  「・・・・・・何?」
  まだ回復していない脳みそで、アタシは何とか彼に尋ねる。
  そんなアタシに、彼は微笑んだまま手を指し伸ばす。


  「出かけよう! 準備はいいかい?!」

  「・・・・・・何の?」
  彼の手に引っ張られながら、アタシは何とか彼に尋ねる。
  そんなアタシをエスコートするように、玄関へと連れ出しながら、彼が楽しそうに笑う。


  「今日の記念に、君と私を写真に残そう!!」

  その言葉で、やっと彼の言葉の意味を得た。

  さっきのアタシから零れた本音を、彼はしっかり受け止めてくれていた。
  あぁ、もう。やっぱり、完璧な、最高の、恋人だと思う。
  悩むのは、やっぱり無駄だ。アタシは、彼から離れることなんて出来ない。別れることなんて、きっと無理・・・


  「さぁ、出かけよう!!」
  「ちょっ、ちょっと待ってって!!?」

  靴を引っ掛けながら、やっと回復してきた脳みそで、アタシは慌てて彼に尋ねた。

  「写真撮るだけなら、別に出かけなくても・・・」
  そう言ったアタシに、彼がウィンクして嬉しそうに笑う。

  もう、それだけで、アタシはこんなに幸せになれる       そんな魔法を使えるのは、世界中でキース、あなただけだと、確信するよ・・・

  「せっかくなら、最高の1枚にしよう!! そうだろう、! もちろん、そうに決まっている!!」






きっと望んだのはさよならだった
             >>>  幸せすぎて 怖いから











 アトガキ
  妄想が止まりません・・・・・・
  あぁ。だけど、今更、写真が嫌いだなんて言えるわけない・・・・・・

Photo by clef

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