待合わせの駅前広場へ駆けつけて あら、珍しい。
「キース?」
もう一度ぐるりと広場を見渡しても、綺麗な金髪も、爽やかな笑顔も、見つけられなかった。
アタシの目が、彼を見落とすはずがない。
いつもは、アタシが来る前に来ていることが多いのに・・・・・・念のため言い訳せていただきますと、アタシが時間にルーズなわけじゃなく、彼が完璧すぎるんです。
その証拠に、時計を見て ちょっと得意気な気分になった。
だって、時計の針は、待ち合わせの10分前。
いつも待ち合わせギリギリになるアタシが、珍しく時間に余裕を持って到着したんだもの。
たまにはアタシが彼を待ってもいいでしょ?
鼻歌を歌いながら、時計塔の下に陣取って、アタシはご機嫌に広場を見回した。
ここなら、彼がどこから現れようとも、すぐに見つけられる。
急いで来たために乱れた髪を整えながら、本日の服装も確認。3日前から悩んだ着こなしは、とりあえず無難なはず。
意識して、口角も少し持ち上げてみる。笑顔の方が彼だって嬉しいに違いないし。
背筋も正す。いつ彼が来てもいいように、ちゃんと姿勢よく待っていよう。その方が、少しはマシに見えるかもしれないし。
「よしっ!」
完璧な彼に少しでも相応しいように、可能な限り完璧なアタシを再現して、もう一度時計を確認 待ち合わせの5分前。
もうそろそろ来るかな? って顔を上げたアタシの目が、街頭テレビに釘付けになった。
キースだ。
我らがキング・オブ・ヒーロー、スカイハイ。
空を飛んでる。
え?
何?
画面の左上にはLIVE。
アタシは慌てて字幕を追う。
B地区で武装強盗が発生、犯人は人質をとり逃走、現在スカイハイが空から犯人を追跡中
迂闊に手を出せない、どうする、スカイハイ?! .
喧騒の隙間に聴こえたリポーターの声に、アタシは唇を噛締めた。
HERO・TVに気付いた人々が、徐々に足を止めて街頭テレビを見上げ始める。
ある人は面白そうに。ある人は興味なさそうに。
テレビの中の安全なショー。
だけど、あれはキースだ。アタシの大好きなキースなんだ。
完璧で、強くて、優しくて、時々抜けてる、本当に実在して、この街で生きてるキース・グッドマンなんだ!
マスクで隠してても分かる。
彼は今、とても真剣で、一生懸命に、犯人の確保と人質の救出だけを考えてる。
それを見ている人の思惑なんて関係なく、ただ純粋に自分のやるべきことだけを見つめてる。
「きゃっ!!」
おぉっと!! スカイハイ、大丈夫か?! 犯人の抵抗が激しいぞ!!! 思わず両手を握り締めた。
犯人が走る車から、まるで爆弾のような弾丸をスカイハイ目がけて撃ったのだ。それも何発も。
スカイハイには当たりはしないが、彼の横を炎が掠める度に、アタシの心臓が止まりそうになる。
スカイハイ、なかなか距離を縮められない!! これは厳しいぞ・・・っとぉぉぉっ!!!!!? .
「っ!!!?」
思わず口を覆った。
外れた弾丸が当たった建物のコンクリート塊が、スカイハイ目がけて落ちて 舞い上がる粉塵に画面が灰色に覆われた。
スカイハイが、キースの姿が、何も見えなくなった・・・
スカイハイ、ここでリタイヤか?! .
何も映さなくなったカメラが、犯人車両の映像に切換る。
ちょっと待ってよ!! キースは?! ねぇ、大丈夫なの?!! 大丈夫なんでしょ?!!!
おっと!! お待ちかね、タイガー&バーナビーの登場だ!!! .
無責任なリポーターが、待ってましたとばかりに声を張り上げる。
ねぇ、ちょっと待って!! キースは? スカイハイは? ねぇ、ちょっと!!!
ワイルドタイガー、一気に距離を詰めてきたぁ!!!
おっと!? 犯人がタイガーに気を取られている隙に、バーナビーが人質を救出ぅぅぅ!!! さすが、息もぴったりだぁ!!! .
煽るリポーターの声に、街頭テレビを見上げていた人々が歓喜の声を上げて、拍手をし、肩を叩きあう・・・
・・・・・・・・・ねぇ、キースは? スカイハイは?
みんなタイガーとバーナビーの活躍に盛り上がっている。
画面は、犯人を確保するワイルドタイガーと、人質に抱きつかれながらインタビューを受けるバーナビー・ブルックス・Jrの姿を映している・・・・・・・・・
・・・・・・キース、無事だよね? 大丈夫だよね?
アタシは立っていられなくて、体中の力が抜けたみたいに座り込んだ。
・・・どうしよう・・・どうしよう・・・・・・キース・・・大丈夫なんでしょ?
視線を上げても、HERO・TVはバーナビー・ブルックス・Jrの綺麗な横顔を映していて、スカイハイの様子を映してくれる気はなさそうだ。
・・・キース・・・・・・最悪の想像が頭の中を駆け回る・・・・・・嫌だ嫌だ! そんなことあるはずない!!!
今の放送は中継じゃなくて録画。
ほら、先々週も似たような事件あったじゃない? あの事件の再放送だったのよ、きっと。
キースは、単に遅れてるだけ・・・珍しいけど。
ほら、もうすぐにでも駆けてきて、「やぁ、遅れてごめん」とか言いながら登場するんだ。あの爽やかな笑顔で。
それか、アタシがキースに会いたいあまりに、デートの日付を一日勘違いしちゃったとか・・・
「キース遅い〜!!」って連絡したら「面白いな、そして面白いよ。デートの約束は明日だが、今日これから会ってしまおう!!」とか、そんな展開になっちゃう、とか・・・・・・
不安を払拭したくて、手帳と携帯を鞄から引っ張り出す。携帯で今日の日付を確認して、手帳を開いて・・・・・・間違いない。
今日のところに大きくハートマーク、その中に時間と場所・・・・・・もう一度、時計を確認。
30分オーバー。
完璧な彼が時間に遅れるなんて。
街頭テレビはとっくに番組を終えて、ブルーローズのCMを流してる。
あの完璧なキースが時間に遅れるなんて、まず有得ない・・・・・・握り締めたままの携帯は、震える気配も全くない。
キースの番号を呼び出して・・・・・・でも、かけることが出来なくて、アタシは再び携帯を握り締めるだけ。
だって、怖い。すごく、怖い。
思い浮かぶのは、最悪の事態ばかりだもの・・・・・・
もし、このままキースが待ち合わせにも来ず、連絡もつかずに、アタシの生活から消えたら、アタシは今までの幸せが夢だったんだと、そう思い込むのだろうか?
今まで過ごしたキースとの楽しい日々は綺麗な思い出にして、何事もなかったように朝を迎えるんだろうか?
今までの幸せは全て夢で、アタシの妄想だったんだと、そう自分に言い聞かせて毎日を過ごすんだろうか?
あぁ、でも駄目だ。
そんなのは、無理だ。
アタシの明日からキースがいなくなったら、アタシは、きっと死んでしまう。
心臓が脈打ち続けても、きっと何も感じない。
眼球が機能しても、きっと何も映らない。
お腹が空いても、きっと美味しいとは思わない。
だけど多分、アタシの身体は死ねない。後を追って自殺するだけの、そのエネルギーがアタシにはない。
彼を愛してる自覚はある。だけど、彼がいなくてもこの心臓は止まらない。
その事実が、とても疎ましい。
「キース・・・・・・」
電話かけてしまえばいい。「大丈夫? 心配したのよ」って言えばいいだけ。それだけ。
ただそれだけのことが、アタシにはとても重たい。
相手がキースじゃなかったら、きっとアタシは電話ができる。
彼の声を聞きたい。無事な声を聞きたい。なのに、現実のアタシは携帯を握り締めるだけ。
ただ、とにかく、怖い。
怖くて怖くて仕方がない・・・・・・
もうどれくらい、こうして携帯を握り締めて座り込んでいるんだろう・・・約束の時間は、もうとっくに過ぎてしまっていて。
ここでこうしていても多分、彼とは会えないのに・・・・・・
「・・・・・・・・・よしっ・・・」
意を決して、番号を呼び出す。もう一度息を吸って、発信ボタンを押して、携帯を耳に当てた。
耳元で鳴る発信音に、視線を上げて 吸い寄せられるように、その色は目に入ってきた。
光を弾く綺麗な金髪。いつもと同じような服装に、いつもとは違う額の絆創膏・・・・・・
慌てた様子で広場を見回し、けれどすぐにアタシを見つけて、初夏の太陽のような爽やかな笑顔がその顔に浮かぶ .
「キースっ!!!」
叫んだアタシが携帯を握っていることに気付いたのか、彼が自分の携帯を取り出し、同じように耳に当てた。
【】
「キース・・・・・・」
すぐそこにいるのに、わざわざ受話器越しに会話するなんて・・・・・・彼らしい行動に、何故か涙腺が緩みそうになる。
【、遅れてゴメン。そして、ゴメンナサイ】
「もぅ・・・・・・」
それ以上もう、何も言えない。言う必要なんてあるの?
【飛んで来たかったんだが・・・】
「・・・・・・バカ・・・そんなの無理でしょ・・・」
「連絡する時間を惜しんだのは間違いだったね・・・待たせて悪かった」
「・・・いいの」
受話器越しじゃない、直接キースの言葉を聴きながら、アタシは首を振る。
そんなこと、もう、どうでもいいの。
彼の傷にそっと触れる。
微かにキースが眉を寄せた。
たったそれだけのことが、こんなにも幸せだなんて。
「・・・?」
困惑気味のキースに、アタシは泣きながら笑った。
「いいの。ちゃんと、来てくれたから・・・それだけで・・・!!」
愛してる、を最期の言葉にしないで
>>> さよなら には早すぎる
アトガキ
Photo by clef
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