「キャバッローネが、てめぇをご指名だ」

告げるスクアーロの後方で、XANXUSが微かな不機嫌を覗かせるのを感じた。

「ケッ!! てめぇなんざ、ヴァリアー最弱じゃねぇか!!」
納得いかないとスクアーロの顔が語っている。

どうして自分が指名されたか       理由なんて分かり過ぎて、は敢えて何も言わずに、鼻で笑った。

「ヴォぉい、!! てめぇ、またしくじったら、俺がてめぇをカッ消してやっからな!! 憶えとけ!!!」
「はいはい。そのときは、その空っぽの頭を風通しよくしてあげる、って私、前も言ったわよね?」
「ヴぉぉぉぉい!!!! 真面目に聞けっ!!!」

声を荒げたスクアーロを笑って、はさっさと踵を返した。

「問題ないわよ。ちゃっちゃと片付けてくるから」
「ヴぉぉぉぉぉぉぉおおい!!!!」

「・・・・・・ふん」

微かに聴こえた笑い声に、はひらひらと手を振って、キャバッローネの元へ向ったのだった。











知らないフリしてるの











「・・・随分と不用心じゃない?」

さっと室内に視線を走らせて、が挑発的な笑みを浮かべた。

「キャバッローネのボスが護衛も付けず、監視カメラも切らせるなんて」

そんな笑いは、彼女に全然似合わない。
他の奴らはどう感じているのか知らないが、俺にはその笑顔は随分と痛々しく見えてしまう。

「弛んでるんじゃないの? キャバッローネは。私が銃をぶっ放しでもしたら、どうするつもりなのかしら?」
「君はそんなことはしない」

ディーノの言葉に、が嘲笑を浮かべた。

「まだそんなことを・・・この間のこと、忘れたわけじゃないわよね?」
「あぁ。だけど、君は俺を撃ったりしない」
「そんなの      
「それに。キャバッローネとボンゴレは友好関係にある。利害だけじゃなく、長年の信頼と、俺とツナの個人的な友情もある。
もしも、ボンゴレの一部隊に過ぎないヴァリアーが、キャバッローネのボスであるこの俺に銃を向けるなら      

の浮かべていた笑みがスッと消える。
紛い物の表情だからこそ、笑っていた残滓すら残さずに。

      何が起こるかは想像に難くないはずだ。その惨劇に見合う理由が、俺を撃つための君には必要なんじゃないのか?
それに・・・・・・君は耐えられるかい?」

じっと視線を逸らさずに、を見つめる。
表情を消したその双眸は、出会ったあの時と同じ哀しい色で       唐突に視線が逸らされ、呆れた溜息が聞こえた。

「はいはい。あなたを殺したら、相当面倒なことになるのは、充分理解してるつもりよ。
へなちょこディーノでも、キャバッローネのボスだし、一応」

ディーノは命一杯情けなさそうに、顔を顰めてみせる。

「おいおい、“一応”って、何だよ? それに、ヘナチョコはもうとっくに卒業したつもりだぜ?」
「あら? だったら、卒業証書を見せてほしいわ」
「参ったな・・・・・・卒業式はバックレたんだよ。卒業写真は撮ったはずだけどね」

悪戯っぽく笑ったにつられて、ディーノも思わず笑った。
飄と肩を竦めて、が苦笑する。

「ったく。ここにいるのが私で良かったわね」
「?」
「さっきの発言。まるで、ヴァリアーがボンゴレの付属品みたいな発言、他のヴァリアーが聞いたら、今、笑えてないわよ」
「でも、俺は笑えてる」
「運が良かったわね、居たのが私で」
「いいや、運じゃない。俺が、君を呼んだんだから」

浮かんでいた笑みがの顔から薄れていく。
消えきらない表情を紛らわすように、が瞬きとともに深く息を吐く。

「・・・・・・・・・で? キャバッローネは、私に何をさせたいのかしら?」

ビジネスライクに投げられた視線と言葉に、それ以上を諦めて、ディーノは机の上に用意していた書類を手渡した。
ザッと目を通していくに、内容を簡単に説明する。

「最近ウチのシマに来た連中なんだが、そいつらがボンゴレの敵対ファミリーに資金提供しているみたいなんだ」
「確証は?」
「ない。だが、繋がっていると考えて間違いない」
「それで、キャバッローネが手出しをしない理由は?」
「困ったことに、そいつらはキャバッローネに対しては友好的なんだ。
・・・・・・まぁ、ボンゴレに敵対した時点で、キャバッローネは友好関係を築かないが、な。
ともかく、キャバッローネが事を起こすには、少々理由が弱い」
「・・・それで、ボンゴレの出番ってわけね」

読み終えた書類を返しながら、が憂鬱そうに視線を下げる。

「・・・・・・で、ヴァリアーが・・・というより、私が呼ばれた理由は?」
「ボンゴレの正規部隊だけで充分だとは思う。ただ、正規部隊だけで対処できない事態になったときのために、君を呼んだ」

言って、ディーノは書類の一部を指し示す。
そこには敵対ファミリーが派遣したと思われる用心棒の顔写真が並んでいる。

「さっきも言ったが、そいつらはキャバッローネには友好的なんだ。それが、突然ビルごと爆破されたりしたら      
ヴァリアーの華々しい常套手段の数々を考えれば、あながちそれが杞憂とは思えない。
      スナイパーの君なら、比較的大人しいだろう? それに君なら、出番がなくても周囲に八つ当たりしないだろう?」

「・・・・・・そう。だったら、いいわ」
伏せていた顔を上げたとディーノの視線が合って、驚いたようにの瞳が一瞬揺れた。

      それと、とちゃんと話したかったんだ」

揺れた瞳を隠すように、瞼を閉ざした彼女を見つめる。

「君に、謝りたかったんだ・・・・・・に」
「!? あなたまだ      

睨むように目つきを鋭くしたに頭を下げる。

「すまない、俺がヴァリアーに入るのを止めていれば・・・」
「キャバッローネ、いい加減にして!!」
「悪かった、俺があいつらを・・・」
「ディーノ!!!」

机を叩く音との声が響いた。
燃えるような目で、がディーノを睨んでいる。

「いい加減にして!! 何度も何度も・・・!!
ヴァリアーにいることも、何もかも、私は自分で選んで決めたのよ!!
私は、何も後悔なんてしてない!!!」

「俺が嫌なんだ!! 俺が、後悔してるんだ!!!」
ディーノはを真正面から見つめた。
互いに睨みあうようにして、その瞳を見つめあう。

「俺のせいで、君をこんな運命に巻き込んだ。俺は、君の重荷を背負うべきだ」
「・・・は? ちょっと、なぁに? 自己憐憫にでも浸りたいの?」

馬鹿にするように、少し引き攣ったように、が嗤う。

「違う。でも、今は君にそう取られても構わない」

が嗤いを消した。
揺れる瞳を見つめたまま、伝わって欲しいと思いを込める。

「日本に戻ることが無理でも、平和な世界に戻ることが無理でも       それでも、君はもっと幸せになっていいはずだ。
いつまでも、こんなことを続けていちゃ、いけない」
「私は別に・・・・・・」
「自己憐憫に浸っているのは、君の方じゃないのか?いつまで自分自身を許さずにいるつもりだ?」
「そんなこと・・・・・・」
「じゃぁ、何で君は銃を選んだ? どうして、そんなものを使い続けてるんだ?」
「違う、これは単に・・・・・・」
「違わない。本当は、君は後悔してる       そうだろ?

いつもは余裕という仮面の下に隠していても、ディーノはずっと知っていた。
ずっと気付いていた。
彼女が、が、が傷ついていることに。

睨む力を無くした瞳をは逸らし、動揺を鎮めるように深く深く息を吐く。
そして、彼女は何とか表情の欠片を貼り付けて、唇を吊り上げる。
けれど、その笑みは挑戦的というよりは、どこか泣き出しそうに不安定で。

「依頼された仕事はきっちりこなすわ。それが、今の私のプライドだから」
「・・・・・・・・・本当は、君に人殺しなんてさせたくない・・・!」

「・・・・・・・・・・・もう遅い」

まるで自分自身を嘲笑うかのように、が唇を歪める。

「話は終わりでいいかしら? 」
「・・・・・・君がその・・・XANXUSと・・・」
「なぁに? ヴァリアーの外にまで、噂、広まってるの?」

否定しないに、胸の真ん中が痛みを訴えた。

「俺は君のことを      
「あなたは、私の“今”に責任を感じているだけ」

皮肉気に唇を吊り上げて、が肩を竦める。

「責任を感じて、後悔してる。それだけ」
「・・・・・・」
「本当は、あなたが責任や後悔を抱く必要すらないんだけど、ね」
、それは違      
「あぁ。そうね、違うわね。私が死んでいたら、少なくともあなたはこんなにも責任を感じないで済んだでしょうね?」
      ?!!」
絶句したディーノに、は浮かべる笑みを濃くした。

「そうでしょ? キャバッローネ」

反論を許さないその口調と表情に、ディーノは悔しさを奥歯で噛み締めた。
そんなことはないと、そう言ってしまえない自分が悔しかった。
そんなことを彼女に言わせていることが悔しかった。

だけど今は、何を言っても彼女には届きそうに無くて       ディーノは溜息を飲み込んで顔を上げた。

「・・・今回の作戦だけど、正規部隊の総指揮を取る人間を紹介しておくよ」
内線電話で入ってくるように伝えて、ディーノはの顔を窺った。
相変わらず全然似合わない笑みを浮かべた彼女       その顔が、入ってきた人物を見て僅かに曇るのをディーノは見逃さなかった。

「彼が、今回の作戦の指揮を取る・・・・・・以前、顔は合わせているはずだ」
再び痛んだ胸を無視して、ディーノは告げた。

「よろしくな、!!」
眩しいほどの笑みを浮かべて差し出された手を無視して、がディーノを睨む。

「・・・・・・どういうつもり?」
「以前、君との顔合わせのつもりでヴァリアーへの遣いを頼んだ・・・・・・初対面じゃないだろう?」
ディーノの言葉に、の眉が不機嫌そうにピクリと跳ねる。
知っていて敢えて尋ねる自分も相当に人が悪いと思う。だけど、こうでもしなければ、彼女は      .

「極限に忘れていた、それが遣いの用件だったのだ!!」

一点の曇りもない笑顔を浮かべたままの笹川了平に、とうとう耐え切れずにが溜息を漏らす。
腰のホルスター内の銃の重さを確かめるように触れて、がディーノを睨んでいた視線を外す。

、極限に頑張      
「話は終わりでいいわね」
了平の言葉を遮って、がディーノに背中を向ける。

「これ以上は、時間の無駄だから」

まだ何か言いたそうな了平に、にっこりと微笑を浮かべて拒絶の意を示して、はさっさと踵を返した。

「・・・・・・それでも俺は       君はもう許すべきだと、そう思うんだ」

には届かないと分かっていても、ディーノはそう呟かずにはいられなかった。





















アトガキ
あまりにも間が空きすぎて、ヒロインの性格を忘れてました・・・
その気持ちに、その悲しみに、その好意に、その痛みに。全てに鈍感なフリをする・・・

Photo by 水没少女

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