「さん!!!」
声と一緒にぶつかってきた体を抱きとめて、は苦笑を浮かべた。
たった2年。
それだけしか経っていないはずなのに、随分と大人っぽく綺麗になったと思ったのだが、どうやら買いかぶりすぎだったらしい。
存在を確かめるかのように、ぎゅっと強く何度も抱きしめられる。
「わ〜い!!! 本当にさんです!!!!!」
純粋な喜びが伝わってくる。
自分だけ着艦を拒否しようかとか、コックピットに立て篭もろうかとか、今更どんな顔をすればいいのかとか、ウダウダと悩んでいたことが馬鹿らしくなるほどの喜びようだ。
気付けば自然と笑顔になっていた。
「・・・相変わらずね、ミレイナ」
「はいです!! お久しぶりです!!!」
にっこりと微笑みながらも、離すものかと腕を絡めてくるミレイナに苦笑して、は顔を上げた。
「そうだね・・・久しぶり」
こんな形で再会するとは、思っていなかったはずだ。
だが、それでも暖かく迎えてくれたことに、心の奥が熱くなった。
何も言わずにトレミーを去ったのだ。恨まれて当然なのに、冷たくされて当然なのに なのに、こんなにも優しい。
「まさか、あなたがいるとは、さすがの私も予想してなかったわよ? 」
「女王・・・・・・連邦軍に入るなんて、何考えてんだ?」
呆れ顔なスメラギとイアンも、けれど笑みを浮かべている。
何も尋ねずに、まるで2年間の空白がなかったかのように いいや。そんなはずはない。きっと尋ねられるだろう。
そのとき、自分は本当のことを全て話すのだろうか いいや。尋ねられないだろう。
自分の居場所は、もうここ―ソレスタルビーイング―にはないのだから。
「ほらな! 俺の言ったとおりだったろ?!」
聴こえた声に、は視線を向けた。
軽薄な調子で皮肉気な笑みを隠そうともせず、ロックオンが、にやりと笑った。
「“女王”は、所詮“女王”だってな!!」
「・・・さんの前で、そんなこと言わなくても・・・」
困ったような微笑を浮かべて、アレルヤが嗜める。
「じゃぁ、陰でこっそり言えばいいのか? それこそ可笑しいだろうが?」
「そうだけど・・・・・・」
「構わないわよ。だって、その通りだもの」
肩を竦めて口を挟めば、ほらなとロックオンが唇を吊り上げ、アレルヤが苦笑した。
変わっていない。
ソレスタルビーイングを去ってから2年。
なのに、ここは何も変わっていない。
先遣艦隊の援護に、ソルブレイヴス隊は間に合わなかった。
友軍を誰一人救うことが叶わなかった。
そして、ソルブレイヴス隊が到着するより一足先に、先遣艦隊を援護していたソレスタルビーイングと遭遇した。
何とかELSの撃退には成功したが、ソルブレイヴス隊は一時的にソレスタルビーイングの母艦であるプトレマイオスに着艦を余儀なくされた。
未だ人類はELSに対して有効な対抗策を持てないままだ。
だが、ELSの大群はすぐ傍まで迫っている。
時間がない。
現状を変えられるのは、もしかしたら人類を超えた存在 イノベイターとなった刹那・F・セイエイなのかもしれないが、ELSの発する強力な脳量子波の干渉によって彼は今昏睡状態にある。
そんな状況で、再びソレスタルビーイングの、かつての仲間と再会した。
この再会は偶然で、けっして仕組まれたものではないはずだ。運命なんて元々信じていない。
けれど、は嬉しかった。
その仲間の中に二度と戻ってはいけないと分かっていても。
ここにいない人に会いたいと心がざわめいていても。
思い残すことなんて、もうないと思っていたけれど、これで本当に .
「おい・・・・・・」
「ミレイナ?」
「どうしたの? キョロキョロして・・・」
「何だぁ?」
イアンの視線の先に目を向けて、アレルヤ、スメラギ、ロックオンも訝しげに首を捻った。
も、ずっと自分の腕に絡みついたままのミレイナへと視線を向けた。
キョロキョロと辺りを見回して何かを探していたミレイナが、難しい顔で首を傾げた。
「〜ん、どうしていないんですか?」
咄嗟に、ここにいないフェルトか、もしくはラッセのことを言っているのだと誰もが思った。
「ミレイナ・・・」
いるわけがない。会いたいわけがない 黙っているの代わりに、スメラギがミレイナに制止の声をかけた。
「二人で戻ってくるんじゃなかったですか?」
「?!!」
の顔が強張った。
だが、ミレイナの言葉の意味も、の驚愕の理由も他の人間には分からない。
「・・・ごめん。ミレイナ、うちの隊長捜すの付き合って」
有無を言わせぬ勢いでミレイナを引っ張って、が歩き出す。
その背中を見送って、スメラギは皆を振り返った。
だが、アレルヤは首を振り、ロックオンは肩を竦めただけだった。イアンも訝しげな表情のままだ。スメラギも黙って溜息を吐いた。
が言わないなら、後でミレイナに尋ねるか、もしくは、もう彼女のことを忘れるかのどちらかだ。
「・・・・・・一度も口にしませんでしたね、ラッセさんのこと・・・」
寂しげに指摘したアレルヤに、スメラギは再び溜息を吐いた。
「一応、ラッセには尋ねたのよ・・・会わないの?って」
「会いたくないってか・・・」
皮肉交じりに苦笑したロックオンに、イアンが肯定の息を吐いた。
「どんな顔をすればいいのか判らなくて、迷ってるんだと思います・・・お互いに」
アレルヤの言葉に、ロックオンが呆れたように肩を竦めた。
「だが、互いに口にしないってのは、まだ想い合ってる、って証拠だろう?」
頷く代わりに、皆は深い溜息を吐いたのだった。
あなたもわたしも傷つくのはこれで最後
「・・・・・・ミレイナ・・・・・・」
「何ですか?」
分かっていないミレイナの様子に、は溜息を吐いた。
先ほどの発言に、皆が不思議な顔をしているのは分かっていたが、上手い言い訳なんて出来そうになかった。
だから、何も言わずにミレイナを引っ張って姿を隠したのだが、肝心のミレイナがその理由を分かっていないらしい。
「・・・・・・リンダに、聞いたんだ?」
「はいです!!」
元気よく答えたミレイナに、は頭痛がする気がした。
「ミレイナは、さんが赤ちゃんと一緒に戻ってくるの、ず〜っと楽しみに待ってたです!!!」
ミレイナの言葉に、はとうとう頭を押さえた。
確かに。
リンダには相談した。
だって、トレミー内で妊娠・出産経験のある人間なんて、リンダしかいなかったのだから!
相談してよかったと思っている。
柔らかな笑顔と優しい言葉に励まされてなかったら、産む決意だって出来たかどうか分からない。
ライアンを産んだことは、人生最大の幸せだと思っている。だから、リンダに相談して間違いなかったと思っている。
だけど .
「早く戻ってくるです!! さんのお花だって 」
「ミレイナ」
足を止めて、は真正面からミレイナを見つめた。
この子はとても素直で、優しくて、だからきっと分からない。
「ミレイナ・・・アタシはもうソレスタルビーイングには戻らない」
「嘘です!! どうしてそんな嘘吐くんです?!!」
「嘘じゃない。決めたんだ。もう、戻らないって」
「嘘です!!!」
声を荒げたミレイナに、は気付いた。
ミレイナは分かってる。分かっていて、それでも どうやらが思っているよりも、ミレイナはずっと強くて、ずっと大人だったらしい。
「ミレイナ・・・・・・ごめん。アタシは、もう戻れない・・・もう、無理なんだ・・・・・・もう・・・・・・・・・・」
「分からないです!! 納得出来ないです!!!」
涙を堪えて、ミレイナがを睨んだ。
「戻って来るです!! だって、さんはソレスタルビーイングの仲間です!!」
「・・・・・・ミレイナ・・・」
「どうして無理なんですか?!! ミレイナのことが嫌いになったからですか?!! それともアイオンさんですか?!!」
ミレイナの言葉に、は苦しげに顔を歪めた。
「さん!!!」
「・・・・・・違う・・・誰のせいでもない・・・誰も、悪くない。ただ・・・・・・いいや、やっぱりアタシが悪い」
「そんなんじゃ分からないです!! 本当のこと言って欲しいんです!!!」
本当のことを言う? いいや、それは駄目だ。言えるわけがない。それは言えない。それだけは .
なら、どうする? なら、嘘を吐き通すしかない。ミレイナが納得するような嘘を .
「・・・・・・じゃぁ、言うわ。本当のこと」
は表情を消して、ミレイナを見下ろした。
「アタシはもう、ソレスタルビーイングを信じてない。ソレスタルビーイングの活動は実らない。全て無駄なのよ」
「?!! だけど 」
「仲間? 悪いけど、アタシはそう思ってない。ソレスタルビーイングにも、そこにいる人間にも、もう何も感じない。未練も何も、ね」
「だけど・・・・・・」
泣きそうな顔をして、ミレイナが縋るような瞳をに向けた。
「・・・…けど、アイオンさんのこと・・・・・・」
「もう、過去のことだもの。さっき名前を聞くまで、すっかり忘れてたわ・・・もう、アタシの中には、ラッセ・アイオンに対する何の感情もないわ」
涙を溢れさせたミレイナからは目を逸らした。
これでいいんだ。こうしなきゃ そう念じるように心で呟いていた。
そこに、彼を見つけるまでは .
表情を強張らせて立ち尽くす彼に、は震える唇でその名を呼んでいた。
「 ラッセ・・・・・・」
serenade / さよならのわけ より 「あなたもわたしも傷つくのはこれで最後」
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