「駄目だ駄目だ、面白くねぇ! 美化しすぎだろぉ!!?」
  ぶつぶつと呟きながら、カイウス・は映画館を振り返った。
  だが自分と一緒に出てくる人々の顔は満足気なものが多くて、カイウスは自分の意見が少数派であることを理解した。
  「ちっ・・・・・・平和になったってことか」

  地球連邦新政府のプロパガンダの一環として製作されたこの映画は、成功といえる興行収益を上げている。
  世界情勢も落ち着きつつあり、人々に娯楽を楽しめる余裕が出来たのだ。
  それは喜ばしいことだと、カイウスにも理解できる。

  「・・・・・・“史実を元にした”って、俺が見た機体はあんなんじゃなかったぞ・・・レジーナも出てねぇし」
  ぶつぶつと不満を漏らしながら、カイウスは連れに目を向けた。
  「お前に見せるために来たようなもんなのに、お前は劇場が暗くなった途端に寝ちまうし」
  カイウスの文句に、同伴者はキョトンとした顔で瞬きをする。
  分かっているのかいないのか       カイウスは溜息を吐き出した。

  「肝心のお前が寝て、どうすんだよ!? そうだろ、ライ」
  膨れてみせたカイウスに、ライは楽しそうな笑顔をみせた。











闇渦は止まることなく











  「せっかく仕事も休んで出てきたんだし、何か上手いもんでも食ってこうぜ?」
  車を避けて入った店内を歩きながら、カイウスが呟いた。
  「せっかくなら、レジーナも来られれば良かったんだがなぁ・・・」
  例え仕事が休みでも、映画『ソレスタルビーイング』を観ると聞けば来なかっただろうが       嫌そうな顔をする妹を想像して、カイウスは小さく苦笑を浮かべた。

  木星探査船・エウロパは地球に衝突することなく無事に破壊された、と政府より発表された。
  だが、無人のエウロパが再度、地球突入コースへと軌道修正したことをカイウスは知っている。
  エウロパの破片までは破壊しきれず、あわや大量の破片が地球に降り注ぐところだった、ということもカイウスは知っている。
  さらに、破壊し尽くされたはずの破片の一部が地球に到達した疑いがある、ということも小耳に挟んでいる。
  すべて、パトリックとの“雑談”で得た情報だ。
  軍のさらに上層部、カティなら、もっと詳しいことを知っているだろうが、話を聞くのは無理そうだ。
  パトリックによると、カティは最近構ってくれないほどに忙しいらしい。
  (カティがパトリックのように、すでに退役した元軍人にペラペラと内部情報を話すとは思えないし)
  そういった諸々のせいで、レジーナのいるソルブレイヴス隊も忙しいのだそうだ。
  そのせいなのか、それともわざとか、相変わらずレジーナは家に寄り付かない。
  それどころか、最近は帰ってきてもどこか様子がおかしい。


  「いい兆候だと思ったんだがなぁ・・・・・・」

        ねぇ、兄貴・・・兄貴は、アタシが生まれた時のことって、何か覚えてる?      .

  先日、唐突に尋ねられた。
  驚いた。
  まさか、そんなこと訊かれるとは思っていなかったから。
  けれど、思い返してみれば、自分が妹にそんな話をしたことは無かったし。ということは、彼女は誰からも聞いたことがないんだ、と気付いて思い出せる限りのことを話した。
  母が娘の誕生をとても喜んでいたこと       もちろん自分も。
  名前は母がつけたこと       “女王”なんて大それた名前には驚いたが、綺麗なアメジスト色の瞳に納得したこと 。
  この世を去るまでの短い時間だったけれど、母が本当にレジーナのことを愛していたこと       それ以降は母以上に自分が       等等を話して聞かせた。

  ちゃんと伝えられたと思う。
  レジーナも、ずっと黙って聞いていたし。
  だが、それ以来、レジーナはさらに家に寄り付かなくなった。
  まったくワケが分からない。


  「・・・・・・何か悩んでるよな・・・レジーナのやつ・・・・・・」
  首を捻りながら、カイウスは騒がしくなってきた店を出て、道路沿いを歩き出す。

  隠していることは、多々あるだろう。
  言ってないことも沢山あるだろう。
  肝心なことは、特に口にしないタイプだ。
  だから、今日だって語ろうとしない妹のことを少しでも知りたいと思って、さほど興味のない映画にまで足を運んだのだ。
  アロウズを倒すために活動したソレスタルビーイングの軌跡を描いた史実に基づく物語       期待はさほどしていなかったが、それでも何か、消息を絶っていた4年間のことを知ることが出来るのではないかと思ったのは事実だ。

  クラウス・グラードを半ば脅すようにして聞き出せたのは、レジーナがというコードネームでソレスタルビーイングに参加しており、カタロンで活動していたクラウスとは中東で顔を合わせた、それだけだ。
  彼女とカイウスにしか乗りこなせない(操縦だけならアーサーでも出来るだろうが)と呼ばれた、彼女と自分のかつての愛機が戦場を飛びまわるのを多くの戦友が目撃していた、それだけだ。
  おそらく、彼女はソレスタルビーイングの一員として、に乗って戦っていたのだ。
  だが、それだけだ。
  彼女がソレスタルビーイングで何を想い、どう過ごし、何故ソレスタルビーイングを辞し、どうして再び地球軍に志願したのか、その辺りのことは何も分からない。
  彼女が語らないからだ。
  語らないのなら、カイウスに無理に聞き出す術はない。
  語られないのなら、カイウス自身が推測し、調べるしかない。
  何故帰れないほど忙しいのかについても、情報収集に精を出すしかないではないか。


  「本当、誰に似たのか頑固な奴だからな・・・・・・」
  唸りながら、カイウスは点滅を繰り返す信号を横目に、足早に道路を渡った。
  水飛沫を器用に避けて、カイウスは交差点の角の店から新聞を一つ買い上げた。
  広げてみるが、特に変わった事件は載っていない。エウロパの破壊についても、知っている以上の情報はない。
  溜息を吐いて、カイウスは新聞をゴミ箱に突っ込んだ。

  「さてと。気分変えて、旨いもんでも食いにいこうぜ?!」
  再び歩き出したカイウスの背後で、車が派手にゴミ箱へと突っ込んだ。
  「おいおい・・・・・・」
  カイウスも足を止めて振り返った。
  さっきまで自分がいた場所に、車が突っ込んで白い煙を上げているのだ。
  運よく新聞売りのおばちゃんも、運転していた人間も大きな怪我はないらしいが、一歩間違えばカイウスとライも巻き込まれていたかもしれない。


  「なんだって、今日はこんなに騒がしいんだ?」
  溜息を吐きたくなった。
  今日は周囲が本当に騒がしい。
  乗った電車が扉を開けたまま走り出したり、入った店の隔壁が突然降りてきたり、散水栓から水が噴出したり。
  車が突っ込んできたのだって、今日何度目だか分からないほどだ。
  冷静にホームに飛び降りたり、自販機を蹴倒して空間を確保したり、タイミングよく避けたりしているので問題ないが、ここまで続くと呪われているような気がしてくる。
  そんな記憶はないのだが、もしかすると気付かないうちに魔女を手酷く振ったりしたのだろうか       そんなことを考えて苦笑を浮かべたカイウスの足元で、突然何かが裂ける音がした。
  不気味な音とともに、アスファルトの道に亀裂が走っていく。
  「・・・・・・マジかよ・・・」
  さすがのカイウスの顔も引き攣った。
  ライをしっかりと腕に抱いて、カイウスは地面を蹴った。

  瞬間、地面から蛇が鎌首を持ち上げるかのように、太いケーブルが姿を現した。地中に埋められていた電線や通信ケーブルだ。
  激しくのたうつケーブルを掻い潜り、飛び越える。
  不運にも暴れるケーブルに足を取られたり、切れたコードに当たった人の悲鳴が聞こえる。
  一際大きなケーブルが、スパークを散らして暴れながらカイウスたちに迫ってきた。
  これも持ち前の運動神経と、軍で培った反射神経と、がっちり掴んでいる強運で避けきったカイウスだったが、安心するのはまだ早かった。
  着地したそこへ、再び車が突っ込んできたのだ。
  しかも、運転席には誰もいない       無人車だ。

  「冗談だろっ?!!!」
  思わず叫んだカイウスだったが、すぐに体をぐっと深く沈め、次の瞬間には、全身のバネをフルに使って、空へ向かって飛び上がった。
  店先の庇を片手で掴んで、体を持ち上げ       その足元に、轟音とともに車が突っ込んだ。
  衝撃に揺れる柱に合わせて、カイウスは地面に飛び降り、今度こそ溜息を吐き出して背後を振り返った。

  暴れまわっていたケーブルは切れ、今は動きを止めている。突っ込んできた無人車も、それ以上動く気配はない。
  足を取られて転倒した人たちが、打ちつけた部分を押さえて呻いていたりはするが、命にかかわるような怪我をした人はいないようだ。
  そのことに、安堵の息を吐いて、カイウスはライに目を向けた。

  「・・・・・・おい、大丈夫だったか?」
  一連のアクションの間、腕に抱いていたライが目をまわしているんじゃないかと今更心配になったのだが、無用だったらしい。
  カイウスの腕の中で、ライは小さなアクビをしていた。
  さすがにカイウスも、これには呆れの混じった笑いを向けた。
  「お前・・・将来、大物になるぜ・・・・・・」
  丸みを帯びた柔らかな頬を指で押して呟いて、ふと、カイウスは眉を寄せた。


  「まさか・・・・・・お前がやってるんじゃねぇだろ?」

  カイウスの呟きには答えず、ライは再び安心したようにアクビをして、眠たそうに瞬きをした。
  じっと自分を見つめるカイウスの指をぎゅっと握って、目を閉じる。
  その顔は幸せそのもののようで      .

  「・・・・・・お前が原因か? ・・・・・・ライアン・・・」

  カイウスの腕の中で、今度こそ赤ん坊       ライアン・は小さな寝息を立て始めていた。
  「まさか・・・・・・・まさかな・・・・・・」
















     serenade / 黒と赤に縋る より 「闇渦は止まることなく」

Photo by clef

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