「木星探査船が衝突?」
  【だからぁ、少尉も忙しいんだって】
  「だからって、家族のことを後回しにしていい理由にはならねぇだろうが?」
  軽いテンションの親友に、ついイラッときて口調が冷たくなったのは仕方ないだろう。
  そう思いながらも、電話の向こうで親友が唇を尖らせるのは容易に想像できた。
  「・・・あいつが軍に戻ったこと自体、俺は面白くねぇんだしよ・・・」
  【まぁ、カイウスの気持ちも分かるけどなぁ・・・・・・】
  言い訳がましい言葉に、親友の相槌も幾分諦めに似た気配を纏っていた。

  【でも、やっぱり“女王”は“女王”だな〜って思ったぜ。ブランクがあっても、あの“ソルブレイヴス隊”に配属されて、やっていけるんだから】
  「それも俺にとっては面白くねぇ・・・・・・」
  苦々しく呟いたカイウスに、パトリック・コーラサワー改め、パトリック・マネキンも苦笑を漏らした。
  【だよなぁ。カイウスは、さっさと諦めて辞めると思ってたんだろ?】
  「・・・・・・ああ」
  【カイウスの予想を裏切るなんて、やっぱり、さすが“女王”!!!】
  「・・・・・・おい。お前、俺を怒らせたいのか?」
  【まさか!! そんなわけあるかよ!!】
  急激に下がったカイウスの声のトーンに、パトリックが慌てて否定する。
  相変わらず感情の起伏がしっかりしていて、好感の持てる男だと思う       時々、いや往々にしてイラっとさせられることはあるが。
  【カイウスの怒りを買って無事だった奴がいないってのは、俺が一番よく知ってんだから! 怖いこと言うなよ〜!!】
  「・・・・・・分かったって。煩いから黙れ。ライがもう寝てんだよ」
  【あ。悪い悪い】
  一気に声を潜めたパトリックに、今度はカイウスが苦笑を浮かべた。

  【大方の予想を裏切って、すっかり夢中なんだ。愛しのライに】
  「裏切って、ってどういう意味だよ?」
  【いや〜、カイウスは妹一筋のバリバリのシスコンだったから】
  「うるせぇよ」
  小さく笑って、カイウスはライの寝顔を確かめた       大丈夫。
  ぐっすりと眠っている       再び、受話器の向こうの親友へと意識を向ける。

  「お前だって、愛しの奥様はどうしたんだよ?」
  【言ったろぉ? 木星探査船の破壊ミッションその他諸々で大佐は忙しいんだよ!】
  「大佐じゃなくて、准将だろ・・・」
  呆れて訂正しながら、カイウスは嘗ての同僚、カティ・マネキンの勇ましすぎる性格を思い出していた。

  「・・・カティは大佐から昇進してんのに、お前は准尉に降格してるって、どういうことだ?」
  【仕方ないだろぅ? 幸せすぎて働く気、しなかったんだから】
  「バカ。どっちが嫁か分かんねー」
  【いいんだよ! 俺は幸せなんだから!】
  「幸せ、ね・・・・・・」
  【もちろん、大佐も!!】
  「分ぁかったよ・・・」
  放っておけば再びヒートアップしそうなパトリックの声に、カイウスは小さく苦笑した。

  「ったく、煩いって言ってんのに・・・ライが起きちまうから、もう切るぞ」
  パトリックの声に反応したのか、軽く眉を寄せたライの寝顔を認めて、カイウスは受話器の向こうへ告げる。

  「・・・・・・軍縮した連邦軍でも、今回のミッション、問題はないんだろうな?」
  【おう!! そのために、大佐も、お前の妹も頑張ってんだから!!】
  「経過よりも結果だ。被害は出ないな?」
  【もちろん! 試験機から全部総動員、総戦力で軌道変えて破壊する! 破片さえ地球に落ちず、大気圏で燃え尽きるってよ!!】
  「了解した・・・感謝してるぜ」
  【?】
  「気にすんな。じゃぁな。しっかりやれよ」
  【おう!! 任せとけ!! あ、先に言ったけど、少尉も忙しいんだから大目にみ      
  向こうでまだ何か言っていたが、構わずカイウスは通話を切った。


  今はまだメディアには伏せられている、破棄されていた木星探査船の地球への衝突危機       これが発表されれば、市場は混乱するだろう。
  だが、無事に危機を回避するなら、値はすぐに戻る       今後の市場動向を予測して、カイウスは最善の対応を思案し始めた。

        いいんだよ! 俺は幸せなんだから!      .

   耳に残ったパトリックの言葉に、カイウスは知らず知らず、深く溜息を吐いていた。
  心の底から幸せの真っ只中にいるパトリックと、どうしても比べてしまう       カイウスの心に反応したかのように、ライが微かに体を動かし、眉を寄せた。
  安心させるようにその頭を撫でれば、眉間の皴も徐々に緩んでいく。

  「・・・・・・幸せか?」
  柔らかな髪を撫でながら呟いた問いに答えて欲しい人は未だ帰らず       ただ、夢の中にいるライが小さく微笑みを浮かべていた。











この手はいつか離れていく











  「遅い!!」
  「       仕事。仕方ないでしょ」
  そう言い捨てて、レジーナ・ことは羽織っていた上着を脱ぎにかかった。

  トレミーを降りた後、は兄であるカイウス・の元に身を寄せている。
  本当は、カイウスたちに会うつもりは無かったのだが、運の悪いことに居場所を知られてしまった。
  その後すぐ、カイウスによってレジーナの戸籍がちゃっかり姓に復活していた。
  レジーナ・は過去に2度も死んだことになっているから、姓に戻すのは難しくて、だから代わりににしておいた。その方が楽だったから       というのは、カイウスからの事後報告だ。

  も諸々の面倒事から逃れたい気持ちがあって、そのままカイウスの元で世話になっている状況だ。
  “世話になっている”と言っても、自身の生活の中心は再入隊した連邦軍にある。
  給料だって、軍から貰っている。
  自分の生活について、カイウスに文句を言われる筋合いはないはずだ。


  「仕事って言っとけば、逃げられると思ってんのか?」
  「・・・・・・兄貴・・・」
  「仕事よりも重要なことがあるんじゃねぇのかよ?」
  答えないに、いつもなら諦めの溜息を吐くカイウスが、今日は違った。

  を見つめたまま、綴じられた書類を取り出した。
  その書類の表紙を見て、の顔色が変わる。

  「お前が医者嫌いだって言うから、代わりに俺が一緒に行った」
  「兄貴・・・・・・」
  「お前が何を嫌いだろうが関係ない。ただ、それにライを巻き込むな」
  書類をの前に押しやって、カイウスは今や真っ青を通り越して白くなっている彼女を見据えた。

  「今日、結果が出た」
  ただただ立ち尽くすに、イウスは書類の中を見るように促す。
  「もっと別のことも調べてやろうかと思ったが・・・・・・さすがに止めた」

  「・・・・・・・・・もう、見たの・・・?」
  書類に向かって伸ばされた彼女の指が震えている。
  明らかに中を、結果を見ることを躊躇っていた。
  「ああ」
  カイウスの返事に、彼女は顔を上げた。
  その顔に浮かぶ表情に驚きを覚えながら、カイウスは口を開いた。

  「問題なし」

  「・・・嘘」
  「異常もなし。健康だったぜ」
  「嘘・・・」
  呟いて、彼女が書類       診断書をめくる。
  そこに書かれている内容を確かめるように何度も目を走らせて       突然の膝から力が抜けた。
  ふらふらと床に座り込みながら、は思わず口を覆った。

  「・・・よかった・・・・・・本当に・・・よかった・・・・・・」
  堪えきれずは涙を零した。
  これでもう何も心配しなくていい      .

  ぽろぽろと涙を落とすをカイウスは驚愕の思いで見つめていた。
  彼女の顔に浮かんでいたのは、恐怖だった。
  そして、今は心からの安堵       これほど彼女が感情を露にしたことがかつてあっただろうか       カイウスは突如、理由の判らない不安を覚えた。


  「・・・・・・レジーナ、お前は何を恐れてんだ・・・・・・?」
















     serenade / もう世界には戻れない より 「この手はいつか離れていく」

Photo by Microbiz

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