【・・・僕は間違っていたのだろうか?】
「そう思うのか?」
【・・・・・・正直、分からない】
「あの女が自分からソレスタルビーイングを辞めるって言ったんだろ? そんで、干渉してくれるなって」
【ああ・・・】
「なら、気にすることはねぇだろう?」
【・・・そうだが・・・】
「おいおい、何悩んでんだ? トレミーを降りたのは、あの女の意思だぜ? 放っとけよ」
「僕もそう思う・・・その方が、彼女にはいいと思う・・・」
「もう戻るつもりがないのは、あの部屋の片付け様からも分かるだろ?」
「戻らない方がいい・・・彼女は、戦いなんかに参加せずに平和に暮らす方が相応しいんだ」
「分かんないぜ? なんたって、あの女は“女王”だからな・・・ソレスタルビーイングを辞めても、戦争を辞められなくて傭兵にでもなってかも知れないぜ?」
【・・・・・・】
「止めなよ。もしそうなら、彼女がトレミーを降りる意味がないよ」
「もしかすっと戻ってきたりしてな?! そんときはどうするんだ、刹那?」
「どうもしない。・が再びソレスタルビーイングに戻ることを希望するのなら、受け入れるだけだ」
「ヒュ〜!! 刹那は優しいねぇ!! まぁ、俺は皆がそれでいいって言うんなら、それでもいいけどよ?」
「・・・僕は、彼女には戻ってきて欲しくない・・・・・・彼女に戦場は似合わないよ」
「ッカ〜〜!! 刹那もアレルヤも優しすぎだろっ?!! 勝手にしてくれ・・・だがな、ティエリア。もしも、あの女がソレスタルビーイングの存在を公にするようなら 」
【その心配は無用だ】
「もしも、だよ! そんときは、容赦する必要ないぜ?」
【・・・分かっている】
「今んとこは問題ねぇんだよな?」
【ああ・・・その点は問題ない】
「だったら、彼女のことはそっとしておこう。その方が、彼女のためだよ」
【・・・・・・・・・ああ】
「俺たちに立ち止まっている暇はない。世界は、待ってなどくれないのだから」
4人のガンダムマイスターは、それぞれの想いを胸に秘めたまま、しっかりと頷いた。
振り向くことは許されない
「 ティエリア、聞いてる?」
【すまない・・・】
映像に過ぎないのに、申し訳なさそうに表情を引き締めたティエリアに、スメラギも頭を振った。
「いいのよ・・・そうね、今回は連邦軍に任せましょう」
質問にスメラギは自分自身で頷く。
口を閉ざしたティエリアの代わりに、イアンが溜息を吐いた。
「しっかりしてくれよ? ・・・・・・まぁ、気持ちは理解できんでもないがな・・・」
困ったように微笑むスメラギの隣で、イアンがもう一度深い溜息を吐きながら腕を組んだ。
「女王の不在はデカイが、もうそろそろ乗り越えなきゃならん」
【・・・分かっている】
「頭で解るのと、心で分かるのは別もんだ。たとえ、お前さんでもな・・・」
独り言のようにイアンは呟いた。
もしかすると、イアン自身、自分に言った言葉だったのかも知れない。
ガンダムのシステム開発を通して、彼女と共に作業する時間が一番多かったのはイアンだったのだから。
イアンの呟きに、スメラギがティエリアを振り返った。
「ティエリア。あなたがそこまで彼女に固執するなんて、予想してなかったわ・・・」
【ああ・・・分かっている】
自分でもそう思うからそう答えたのに、スメラギは困ったような笑みを濃くした。
「それは・・・・・・知っているからなんでしょ? 彼女がトレミーを降りた理由を」
【・・・・・・・・・】
「それくらい分かるわよ。そして、その理由を口外しないと約束した・・・・・・だけど、本当は迷っているんでしょ?」
戦術予報士として優秀過ぎるスメラギには、やはり読まれていたかと、ティエリアは苦渋と感嘆を覚えた。
「彼女が、がトレミーを去った理由を黙ったままでいいのか って」
【・・・・・・】
「 それは、ティエリア・・・その理由を明かせばが今もソレスタルビーイングにいたかもしれないと、そう思っているからなの?」
「そうなのか?!」
スメラギの鋭い問いに、だが、ティエリアは静かに首を横に振った。
【いいや、それはない。たとえ僕が理由を明かしたとしても、彼女はトレミーからいなくなっただろう・・・】
はっきりと否定したティエリアに、スメラギが眉を寄せた。
「だったら どうして、あなたは・・・・・・?」
「ティエリア、お前さん、純粋に女王のことが気に入ってたからか?」
【確かに、彼女は大変興味深い人間だったが・・・・・・】
ティエリアは僅かに苦笑を浮かべた。
【僕が・のことを気にかけるのは・・・・・・未来は自分たちの手で作り出すものだと知ってしまったからなのか 】
「・・・・・・・・・」
「・・・どういう意味だ?」
ティエリアは、その顔に小さく自嘲の笑みを浮かべた。
【もし、あの時 僕の出した結論が違えば、ここまで傷は深くなかったのではないか、と・・・・・・】
ティエリアの言葉に、スメラギが溜息を吐き出した。
「・・・・・・ラッセと、フェルトか・・・」
スメラギの溜息を訳して、イアンも溜息を吐き出した。
・がトレミーを、ソレスタルビーイングを去ってから、もう2年になろうとしている。
だが、二人は未だにの存在を引き摺っているように見えた。
表面的には過去のことだと、乗り越えたふうを装っているが、時にそれが痛々しいようにさえ見えてしまう。
の名前を口にしない。
まるで、名を呼ばないことでがいなくなった傷を庇うように。
誰だって、そう簡単にのことを忘れることは出来ない。何かの拍子に、ふっと彼女のことを考えることがある。
それでも、時が経つに連れて、他のクルーは・がいないことを受け入れた。
がいないことを受け入れ、彼女が去った傷を認め だから、こうして彼女の話をすることが出来る。
過去の彼女の思い出を語ることが出来る。
だが、あの二人にはそれが出来ない。
・を姉のように、家族のように慕っていたフェルト・グレイス。
そして、と恋仲だったラッセ・アイオン その二人にさえ、は何も告げずに去った。
そのショックが、ラッセとフェルトにはまるで昨日の出来事のように残っているのだろう。
ラッセとフェルトのことを思い遣って、の名前が会話に上ることは少なくなった。
二人が、彼女の名を聴くことを望んでいないことが分かるから だが、同時に彼女の存在を強く望んでいることも。
そうしているうちにも、傷は少しずつ癒えていく。時が流れて けれど、二人の傷は今も悲鳴を上げ続けている。
「・・・・・・まぁ、うちの女共を見習えとは言わんが・・・・・・」
溜息を吐くイアンに、スメラギもティエリアも苦笑を浮かべた。
イアンの妻であるリンダ・ヴァスティと娘のミレイナ・ヴァスティは、これまたが去ったことを違う意味で認めていない二人だ。
リンダなどは、あの柔らかな笑顔でにっこりと微笑んで「大丈夫。さんは必ず戻ってくるわよ」と口にする。
有無を言わせぬその笑顔に、イアンをはじめ他のクルーも何も言えないでいる。
「何にしろ、私たちが立ち止まっているわけにはいかないわ・・・過去じゃなく、未来を見つめないと 」
【ああ。ソレスタルビーイングに沈黙は許されない、振り返ることは今すべき優先事項ではない】
「だな。とりあえず、ロックオンの方は潜入、順調なんだろ?」
イアンの言葉に、スメラギは頷いた。
「ええ。今はテロを未然に防ぐことを第一に考えましょう。ソレスタルビーイングは、いつだって人手不足なんだから」
明日の世界のために、ソレスタルビーイングは彼女を忘れることに決めたのだった。
「蕾が膨らんできたですぅ!!」
ミレイナはにっこりと微笑んだ。
鉢をぐるりと一回転させ、上下からじっくりと花を観察して、そっと指を伸ばす。
優しく触れた蕾に、ミレイナは満面の笑みを浮かべた。
「頑張るです!」
ミレイナは鉢をそっと机の上へと戻した。
一番綺麗に見えるように位置を直して、一歩下がってその出来ばえを眺めて、ミレイナは大きく頷く。
もう一度、花に向かってにっこりと微笑んで、ミレイナはスカートを翻した。
「ばっちりです!! さんが帰ってくるまで、ミレイナが責任もってお世話するです!!!」
serenade / もう世界には戻れない より 「振り向くことは許されない」
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